1.9 Bijection 全単射
「あとちょっと報酬上乗せできませんか? 危なげな高位悪魔も退けたわけですし」
「ギルドカードに討伐記録が残っていないため、致しかねます」
「そうですか、残念だ」
カナリアoさんに笑顔で退けられ、リズィちゃんとマヒロ君のいるテーブルに戻った。だいたいの冒険者ギルドには飲食ができる酒場が併設されている。
「やっぱり大赤字だよ。まずいな」
「ルークンが倒したのに、記録が残っていないなんておかしくない?」
「最後に使った魔法は、冒険神マリノフの庇護下に入らないものだったから。冒険規定は守ろうってことだね」
リズィちゃんはふーん、といった様子でホットミルクを飲み干す。
「それは置いといて、ふたりとも入門クエスト完了おめでとう。これがその報酬」
「ありがとう。でもいいの? リズィなんて途中で気絶しちゃったのに」
「リズィちゃん達の仕事はダンジョン調査の護衛で、僕の調査は無事に完了した。あの悪魔は依頼とは別件だよ」
ふたりは高位悪魔の精神汚染で気絶していたと理解しているようだ。死んじゃったけれど惡魔を召喚して蘇生して貰った、というのを説明するのは大変なので、言及しないでおく。
「それにしてもルークン、一人でどうやって倒したんだ? 銅星3等級でレベルは高くないはずなのに」
「鈍いわねマヒロは。召喚魔法はマリノフ神の決まりから外れるって言ってたじゃない。レベルなんて関係無いんでしょ?」
「そういうこと。ただ、ギルドカードに載るようなスキルよりも、使うために考える内容は多いよ」
そして、術理は常に進歩しているから、どんどん新しい知見を取り入れる姿勢も大切だ。
「それじゃあ、リズィは家に帰るわね。ルークンもマヒロもありがとう。とても感謝しているわ。魔法を使えるようになったのはきっと、この冒険のおかげだから」
「ああ、また会ったらよろしくな。ところでリズィの魔法の威力は、普通になったよな。あの時はどうして…」
「悪魔が出現するようなダンジョンでは、色々なことが起こるものだと思うよ。リズィちゃん、元気でね」
マヒロ君を遮って別れの挨拶をする。リズィちゃんの魔法の威力が高かった理由は、はっきり説明しない方が良いだろう。
始めはリズィちゃんの潜在能力によるものだろうと考察していた。しかし、それは恐らく間違っていた。
後から考えた説は次の通り。
リズィちゃんには高位悪魔が封印されていたことが明らかになっている。僕の魔法陣により、その封印魔法の魔力を吸い出して魔法を使ったことで、威力が大きくなったと考えた。
魔力源の封印魔法は、魔法が使われる度に弱くなっていき、最終的には低位悪魔に誘起されて、高位悪魔が復活してしまった。
リズィちゃん蘇生の後は、封印魔法がなくなったため、普通に魔法が使われるようになった。つまり、僕がリズィちゃんの体外である杖に、魔力を取り出す魔法陣を描いため、封印魔法が弱まって悪魔が復活したと考えられる。
結果としてなんとかなったとはいえ、不用意に封印を破るなんて誉められたことではない。
「そうだマヒロ君。そういえば、召喚に興味があるって言ってたよね。暇なら家に来なよ」
「お、おう」
素早い切り替えで僕は立ち上がった。ダンジョンの次は召喚者の調査だ。
通りを歩いて僕の店に帰ってくると、棚に並ぶ薬瓶にマヒロ君が声を上げた。
「ルークンも薬屋だったのか!?」
「召喚士だけだと食べていけないんだ。マヒロ君のポーションには価格で勝てないけれど、結構評判あったんだよ」
応対のために置いてある店内の椅子に、カウンターを挟んで腰かける。
「ところで、マヒロ君がいた世界はどんなとこ?」
「へ? な、なんで…」
「僕は召喚士だからね。まあ、違うなら違うでも、これから行うことは変わらない」
「いや、違わないけど…」
イタズラがばれた子どものように俯くマヒロ君。別に隠すようなことではないと僕は思う。
ただ、王都から上がっている報告例を見ると、異世界から来たことを積極的に吹聴する召喚者は少ないらしいので、典型的な反応とまでは言えるだろう。
「最近、マヒロ君みたいな召喚者が増えているみたいで。ちょっとした聞き取りと、元の世界に帰れる状態かを確認しろって言われているんだ」
「帰れる状態、か。俺は元の世界に戻れないんだ…」
「それは、事故で死んじゃったの? 例えば、えーっと、くるまにぶつかったとか」
別エリアの事例報告を追いながら質問すると、目を開くマヒロ君。
「知ってるのか!?」
「王都で同じような報告例があってね。それで、こっちに来る前に神様に会った?」
「会った、小さい女の子の神様に。手違いで死んでしまったとか言われて、それでこの世界に転生することになったんだ」
「自分の容姿は以前と変わった?」
「死んだ時のままだよ、服もそう。学ラン、こっちでは無いだろ?」
やはり類例としてまとめられそうだ。
僕は魔力板に聞き取り結果を入力していく。
「ということは、何か特別なスキルを貰ったりはしたかな? あるいは高いステータスとか」
「それは、まあ…」
「それならマヒロ君は、簡単に送還できる状態にある」
超自然的に召喚された実在なので、送還には超自然的な魔力が必要だ。しかし、それを自分で身に着けているのなら、簡単に送還できる状態にあると言える。
「さっき言ったように、俺は元の世界では死んでるんだよ。…死ぬ直前の記憶もある」
「それは神様が間違った結果だから、自然な状態に戻るように送還すればいいよ」
「でも、神様は元に戻せないって」
「それはその神様ができないだけであって、僕たちにできない理由にはならない」
胡散臭そうな目が僕に向けられる。しかし僕は気にしない。その神様が嘘をついている可能性もあるし、いずれにせよ、僕たちはマヒロ君を送還することができるから。
せっかくだから説明しておこう。
マヒロ君は、この世界と簡単に行き来できない世界から、超自然的に召喚された。
マヒロ君が住む世界
↓
この世界
自然にはできないような一方通行の召喚を、超自然的な魔力で強引に実現している。この召喚は一方通行で、送還が保証されていない。ここが課題だ。
今回、ダンジョン入口の変換魔法を利用した合成変換を行い、別の送還ルートを確立する。合成変換については、今日ダンジョンに入った際に述べた通り。
ダンジョン内は外とは違う世界だ。そして、世界を2つ以上移動する時は、全ての世界が“簡単に行き来できる”性質を持つ必要がある。
召喚者が住む世界
⇅ ⇅
この世界 ⇅
⇅ ⇅
ダンジョンの中
マヒロ君が住む世界とこの世界が簡単に行き来できない場合、マヒロ君はダンジョンに入ることはできない。
マヒロ君が住む世界
↓ ⇅
この世界 ×
⇅ ⇅
ダンジョンの中
マヒロ君がダンジョンに入れるということは、超自然的魔力が影響して、以下の状態になっている。だから、この世界からマヒロ君の世界に帰れなくても、ダンジョンの中からなら帰ることができる。
マヒロ君が住む世界
↓ ⦅⇅⦆
この世界⦅⇅⦆
⇅ ⦅⇅⦆
ダンジョンの中
マヒロ君が住む世界
⦅⇅⦆
ダンジョンの中
この世界からダンジョンに入れるなら、合成変換の性質から送還が可能だ。僕たちの住む世界が終わらない限り、この性質は成り立つ。
「これで帰り道が確保できるから、後は過去に向かって送還すれば解決だね」
「過去に戻るって、そんな簡単に」
「そこで、マヒロ君の超自然的なスキルやステータスを魔力源にする」
繰り返すけれど、マヒロ君は普通には行き来できないような世界から無理やり召喚されている。この事実は、召喚はもちろん、その維持にも莫大な、無限ともいえる超自然的魔力が行使されていることを意味する。
今回の場合、魔力がマヒロ君のスキルとかステータスの形をとることで、召喚を持続させていると解釈される。
マヒロ君のいう神様みたいな存在が召喚者に能力を付与するのは、超自然的な魔力を付与して召喚を維持するため、という捉え方もできる。少なくともこの世界においては。
よって、マヒロ君のスキル、ステータスを魔力源にしてしまえば、大抵の問題は、その超自然的な魔力で強引に解決できる。
「元の世界に還りたくなったら、どこかのダンジョンでこの魔法陣に魔力を行使してね」
「ありがとう、でいいのか…?」
「無くしちゃったら、僕か他のエリアの術理院会員に言えばいいから」
マヒロ君はやっぱり胡散臭そうに首をかしげながらも、魔法陣を転写した特殊紙を受け取った。
「それから、いくつか僕の質問に答えて欲しい」
「まあ、答えられる範囲なら」
僕は王都のレポートを目で追いながら質問を考える。
「でんき、ってどんなものか説明できる?」