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異世界召喚でわかる魔法工学  作者: M. Chikafuji
Chapter 1 ある召喚者の場合
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1.6 Periodicity 周期性



 マヒロ君がコボルトリーダーの剣撃をかい(くぐ)り、胴を()ぐ。



「はあっ!」


「......行くわよクロちゃん! 教法《クイックステップ》」


「キュ!」



 呪文詠唱からの支援魔法を受けたクロヴィトル君が、高速でコボルトリーダーの股下を通り抜けながら斬撃を加えた。コボルトリーダーはバラバラになって消え、残った小さい魔石をマヒロ君がポケットにしまう。



「これで終わりだな」


「意外とあっけなかったわね。ルークン、早くしなさいよ」


 僕は出番が無さそうだったので、先に階層の間を繋ぐ階段を調べていたところだ。


「もうすぐ終わるよ」



 ダンジョンは基本的には階層構造で、イメージとしてはサクサクしたパイ生地(きじ)を思い浮かべれば良い。ただし、床や天井を壊しても階層を移動することはできない。各階にある“階段”を利用しないとダメだ。


 階層間を繋ぐ階段はダンジョン内でも特別な構造物で、うまく解析すればダンジョンの性質を分類できたりもする。



「もうすぐ終わるって、さっきからそればっかじゃない! 一体何やってるのよ!」


 リズィちゃんが(しび)れを切らして走ってきた。


「ダンジョンの階段をよくみると、決まった模様が繰り返されている、パターンを見つけることができるんだ。ダンジョンを形作る魔力が反映された、周期(Period)(icity)の高い模様のパターンを」


「ただの石にしか見えないわ」


「僕達の目では見えないくらい小さいんだよ。そこで、この機器を使う。このカンテラ部分で短い魔力光を当てて、当たった反射光がこっちの検出器に取り込まれて画像が取得できるんだ。拡大した画像の周期成分、要するに繰り返しの部分を抽出すれば、模様のパターンが分かるよ」



 説明を聞いて、リズィちゃんは首を(かし)げた。



「何を言ってるか分からないわ。それで、模様の繰り返しが分かったから何なの?」


「壁紙なんかと同じなんだけれど、ある模様を平面に周期的に()()めるやり方は17種類しかないんだ。どの種類かが分かれば、大まかにダンジョンの性質がわかる」



 ざっくり言うと、まず模様に対して、真っ直ぐ移動させたり、回転させたり、鏡写(かがみうつ)しにしたりする変換を行う。そして、同じ模様に重なるかどうかを調べる。


 それを重なり方の違いごとに分類していくと、17種類になる。


 ダンジョンを構成する魔力の影響度合いによって、模様のパターンが異なってくるので、ダンジョンの分類ができるというわけだ。


 厳密には対称性を表現する、群論(ぐんろん)という分野が絡んでくる。術理に興味のある方は、特に壁紙群の記載がある成書を参照されたい。



「ふーん、マップ作りっていっても、ただの地図だけじゃないのね」


「その通り。…よし、終わった」


 小型の解析機器に接続した魔力板の表示を見る。


「ん? 並進対称性なし? …5回対称性!?」



 17種類のどれにも属さないパターンだった。初めて見る。



「ちょっと! いきなり立ち上がらないでよ!」


「どうかしたのか?」


 リズィちゃん、それと歩いてきたマヒロ君に対して、僕は神妙に告げる。


「どうやら、僕達が潜っていたのは、自然に発生した普通のダンジョンじゃないらしいよ」


「ただのダンジョンじゃないってことは、…何かが起こるのか?」



 僕は少し考えてから口を開いた。



「…さあ?」


「これだけ引っ張っといてそれ!?」



 リズィちゃんの声が広く反響した。すぐに良い考察ができるほど、僕は優秀じゃないんだ。残念。











 3階層の途中で、クロヴィトル君が耳を立てた。



「キュ?」


 ややあって、警戒する僕たちにも何かの音が聞こえてきた。


「…誰か! 誰か助けて!!」


「何だあれ? …子ども、か?」



 剣を構えるマヒロ君が口走る。


 直線的な道を遠くから走ってきたのは、どうやら男の子らしい。年齢はリズィちゃんと同じくらいで、泥まみれの小さいレザーアーマーとショートソードを身につけていた。



「はぁ、はぁ……。マヒロ兄ちゃん…?」


「セオルか!? 何があったんだ!」


「大変なんだ! 変なモンスターが出てきて、先生が助けに来てくれたけど、このままじゃやられちゃうからって、俺だけ逃がされて! シーカもアミルも怪我して動けなくて!! 」


 セオル君は焦燥(しょうそう)した表情でマヒロ君にしがみつく。


「言われてたのに……子どもだけで、ダンジョンに行くなって!!」


「落ち着けセオル!」



 短いブロンドの髪にも泥がついていて、擦り傷がいくつもある。僕はマヒロ君に言って、セオル君にポーションを飲ませた。


 空になった小瓶を片手にうつむいて震える彼の前に、リズィちゃんが歩み出る。



「ルークン、マヒロ、すぐに助けに向かうわよ。セオル、案内しなさい!」


「リズィ・ロザリンド…? 何で落ちこぼれがこんなとこにいるんだよ!! マヒロ兄ちゃん! もっと強いやつじゃないと駄目だよ!! こんなんじゃおしまいだ!!」



 パニックになって叫ぶ彼の頬をマヒロ君が叩いた。乾いた音がダンジョンに響く。



「まずは落ち着け。みんなは必ず助ける。そのためにはお前が案内してくれなきゃいけないんだ。わかるな?」


「…うん、わかった。こっちだよ!」


「急ぐわよ。教法《クイックステップ》」


「落ちこぼれが魔法を!?」


「いいから行くぞ!!」



 僕が口を挟む前に事態は動いた。


 子ども達が走り出した後を、僕が追いかける形になる。


 冒険は自己責任が原則であり、救援に行くのは判断ミスだ。僕たちは入門クエスト中の冒険者パーティであり、普通に考えればギルドに情報を持ち帰るのが正しい。


 ただし僕は術理院会員でもある。


 普通じゃない構造のダンジョンに、変なモンスターが出現したというのはとても興味深く、詳しく調査しておきたい。


 ダンジョン内のモンスターは、普通は魔力の薄い浅層から濃い深層に進むにつれて、徐々に強くなっていく。だから、子どもでも潜れる階層に、大教会の先生が苦戦するようなモンスターが出現していること自体、不自然と言える。


 子どもたちの防衛を考慮すると相当なコストが掛かるけれど、せっかくの機会だ。救援に来ているという大教会の先生の協力も得られそうだし、少し無理して調査を続けてもいいだろう。


 どうにか前に追い付くと、マヒロ君が小瓶を(くば)っていた。



「回復ポーションだ。まだ数はあるから、今のうちに飲んでおこう」


「ありがとう、貰うよ」



 マヒロ君のポーションを飲んでみると、異様に身体が軽くなった。銀星等級のハイポーションと言って良い。



「さっきのと効き目が全然違うわね」


「出し惜しんでる場合じゃないしな」


「心強いけれど、僕たちは入門クエスト中だってことを忘れないでね」


 クロヴィトル君が先頭を走り、耳で察知した敵に斬撃を飛ばしていく。


「セオル君、隠し部屋には誰がいるのかな?」


「先生とシーカとアミルが!」


「モンスターは1体だけ?」


「そうだよ! 黒くてでっかい獣人族(ヒューマル)みたいなモンスターだ!! すぐに逃げろって言われたから、それくらいしか分かんねーけど」


「十分だよ、ありがとう」



 黒くて大きい獣人族(ヒューマル)みたいなモンスター。パッと思い付いて強そうなのは3種。ゴーレムなら幸運、オーガなら不運、デーモンを引いたら悲運だ。



「あれだよ、あの扉の向こうだ!」



 セオル君が小さく見えた扉を指差して叫ぶと、リズィちゃんは苦しそうに長杖を握りしめた。大教会徒に特有の、第6感というやつだろうか。



「胸がざわざわする...。嫌な予感がするわ...」


「それでも、リズィ、助けに行かないと!」


「銅星の冒険者にできることを、具体的に考えよう」



 状況を推定すると、動けない怪我(けが)を負った子どもがふたり。救援に駆け付けた大教会の先生が、ふたりを(かば)いながら防戦中。



「先生にポーションを渡して、できれば子どもたちを回収してくる。もちろん、自分の命が最優先だよ」


「わかった!」



 頼んだぞマヒロ君。元気な彼とは対照的に、リズィちゃんの顔色はどんどん悪くなっている。


 (なめ)らかな黒い扉が近づいた所で、僕たちはいったん止まった。



「セオル君とはここでお別れだ」


「お、俺だってみんなを!!」


 目を丸くしたセオル君が言い終わる前に、僕は耳打ちをする。


「君には冒険者ギルドに行ってもらう。……僕達が全滅したら、誰も報告できないからね」


「…っ」



 また、セオル君は恐らくギルドを仲介せずにダンジョンに入っているので、きっと冒険規定を外れている。難敵のいるクエストに同行させるより、事後でもギルドに行かせるのが良いだろう。


 僕はギルドカードの情報を特殊紙に複写した。



「この手紙をギルドに届けるんだ。道中は、十分に気を付けてね」


「…うん」



 念のために、僕の防衛魔法陣を持たせてセオル君を見送る。


 黒い扉に向き直ると、マヒロ君が開けて進もうとしている所だった。



「俺達も行こう!!」


「待って! クロちゃん、嫌々(いやいや)してどうしたの?」


「キュ…」



 首を振って足踏みするクロヴィトル君。


 部屋の入口が簡単に行き来できないようだ。この先は、このダンジョンとは異なる超自然的な空間、いわゆる“超階”になっていると言える。ダンジョンの自然法則から外れて変なモンスターが出現したことに、これで筋道が通る。



「クロヴィトル君は簡単に行き来できないみたいだ。ここで送還しよう」


「......ねえ、大丈夫なの? ダンジョンの様子、どんどんおかしくなってる...。今のリズィ達のいるところ、さっきと全然違うんじゃないの?」


「確かに、冒険神の庇護下からは外れるかもしれない」



 クロヴィトル君が光と消える隣で、僕の服の端を不安げにつかむリズィちゃん。僕は屈んで目線を合わせると、バッグから魔導書を取り出し、ページを開いて魔法陣を特殊紙に転写した。



「ただ、僕は術理院会員だ。今日は入門クエストだし、どんな手を使ってでも生還させるよ」


「......そこまで言うなら、ちゃんとリズィ達を守ってよね!」


「リズィにルークン、覚悟ができたなら進もう。手遅れになる前に!」



 赤字の覚悟は(すで)にできている。入門クエストで重傷者や死者の報告をすることが無いように。



 僕達は扉の先に進んだ。




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