4.19 HPLC 高速液体色録装置
ポーションの調製は、ごく簡単に言えばお茶を煮出すのと同じだ。薬草に含まれる有効成分をマジカルエーテルに溶かし込めば、ポーションができる。
ただし、薬草は有効成分の他にもたくさんの成分を一緒に含んでいる。特にシーボルに渡されたような粗末な素材は、有効成分が少ない一方で回復阻害効果を持つ成分も含まれていたりして、そのままではポーションにならない。
薬草から有効成分だけを分離する手法はいくつかある。その中で、今回は高速液体色録装置を用いる。
薬草を溶かしたマジカルエーテルを合成スライムの入った筒に流すと、流れる途中で成分が分かれていく。
成分はそれぞれ異なる構造を持っていて、その構造の違いで、合成スライムとくっついて流れるのが遅くなったり、全然くっつかなくてそのまま流れたりする。
なお、合成スライム筒は魔力によって任意の物性を満足するので、成分を上手く分けられるように魔法で最適化して運用される。最適化の手法はたくさんあるのでここでは触れないけれど、例えば術理院のライブラリを利用した応答曲面法なんかが使いやすい。
試料に含まれる成分を分離できる原理に戻ると、それぞれの成分によって筒の中を流れる速度、つまりは筒から出てくるタイミングに差があるので分離ができるというわけだ。
光が虹になるみたいにきれいに成分が分かれるので、この分離法は色録法と呼ばれている。
ここでさらに、分離した成分に魔力光を当てると、どんな成分が入っているかが特定できる。
光学では光は様々な波長、ようは長さみたいなもので扱われ、その波長は例えば色として認識される。雨上がりの虹で、外側の赤から内側の紫へと、長い波長から短い波長の光が順番に見えるように。
虹を作るもとの光は白いけれど、これは実は、色々な波長の光が合わさっているものだと解釈できる。
でも、その辺の草に陽光が当たって映る景色は、いち面の真っ白にならずに色づいて見える。光の届かない夜には黒1色になってしまうのに、光で白1色になる光景は見られない。
この草が黄緑色に見えるのは、草に含まれる成分が、黄緑以外の光を吸収した結果だ。白い陽光から、赤や青に相当する波長の光が吸収されて、残った黄色と緑色の波長の光が反射された結果だ。
どの波長の光が吸収されるかは、物質の構造によりそれぞれ異なる。だから、成分の種類が知りたい時は、波長の分かっている魔力光を当てて、当たった後の光を調べる。
どの波長が吸収されたかが分かれば、どんな構造の成分なのかが分かる。そして、吸収された後の光が、吸収される前からどれだけ弱くなったかを調べれば、成分の量も分かる。
あと、成分によっては吸収するだけじゃなくて、水晶みたいに光の向きを変えたり、蜃気楼のように光を曲げたりもする。そういうのも含めて解析すれば、重要な情報はだいたい得られる。
「やっぱり、藥草の質がわるすぎるんだよ」
貰った薬草は有効成分の含有量が少なく、成分を抽出しただけではせいぜい銅星等級のポーションがいいところで、量もあまり作れない。
こういう場合は原料を良い物に変えるものだ。ただし今回は原料を変えられないので、不要成分を有効成分に変化させることを狙う。
薬草類を分析すると、有効成分ではないものの、構造がとても似ている成分が見つかることがある。
例えば、右手と左手のような形の違いだ。どちらも同じ手だけれど形の違いがあって、右手を回転させても、左手と同じ向きでぴったり重ね合わせることはできない。
ぴったり重ねられるのは、右手あるいは左手を、鏡写しにする対称操作だけだ。
そして、薬草の成分の中には、こういう鏡写しの関係の、片方しか有効じゃないよ、という成分もある。これらの構造を、術理院では鏡像異性体と呼ぶ。
鏡像異性体については、群の作用という解釈で、構造の入れ替えを表現する魔法を行使すれば有効成分が得られる。ある鏡像異性体について、右手系の成分だけを集めておいて、魔法で左手系に変換してあげるというわけだ。
ただし、この魔法はそれなりに魔力を使い、かなりお金もかかる。まあ、魔王の出現なんて滅多にないし、せっかくだから贅沢に行こう。




