4.18 Locality 近接作用
「やっぱりこんな草からじゃあ、普通にやってもポーション100個は無理だ」
僕の店に戻って受け取った薬草を分析装置にかけると、とても質が悪いことが確かめられた。有効成分を抽出するだけではなく、少し魔法で反応させた方が良さそうだ。
かなりの魔力が必要になるから、協力者を召喚して対応する。ただし今の僕だと、地界から惡魔を喚ぶことになる。
召喚の際の魔力放射は、魔力場を伝播して周囲に影響を与える。近接作用で街が壊滅するのは絶対に避けたい。
「……店の魔法陣は適切。これで安定に召喚できる」
僕の店は魔力伝播の遮断と減衰を表現する魔法陣で2重に囲われている。
店の内側を囲む魔法陣は双曲幾何、すなわち距離の定義を、中心から外側に向かって小さくなるように取ったモデルを採用している。
長さを測る時はものさしを使ったりするけれど、双曲モデルでは外側に行くにつれて、ものさしも一緒に縮んでいくので、円の外に出ることはできない。
だから、店の中から外への魔力は遮断され、魔力放射で街が壊滅することは防げる。
店の外側を囲う魔法陣は双曲線関数を表現している。これにより、音が遠くにいくと小さくなるように、光が弱くなるように、店内に入る魔力は減衰して弱くなる。
だから、店内の魔法は外乱を受けにくく、精密な魔力調整が可能になる。
「もう少しだけご協力頂けますか、姬樣」
「かしあありあは、何も構わないの」
《魔王城》の深層に残してきた惡魔を、僕は召喚した。
ポーションの調製を進めていると、来客のベルが鳴った。ドタドタと色々な足音が聞こえる。ずいぶんと大勢で何の用だろう。
ただ、奥の部屋から店舗に出ていっても誰もいなかった。
ドアを開けて表通りを覗いても同じで、遠響する足音たちの向こうに土埃が舞うのだけが見える。
「なんだ、イタズラか」
開けたドアを閉めようとしたところ、何かにもふと身体を押し転ばされ店の中に戻される。押し入ってきたのは、背中に御令嬢を背負い、小脇にメイドさんを抱えた兎獣人の女性だった。
覚醒したソフィーさんは、普段見るよりもさらに大きくて野性的な姿をしている。彼女は肩で息をしつつ、いつもと違う乱暴さでふたりを振り落とした。
「全覚醒まで使わされた~~ッ! もー、ルミルミっ! あの悪霊っ!!! どこまで追ってくんのッ!! ずっと《脱兎》してんのに~~~!!!!」
「私だって分かんないの! やっと王都の城から抜け出せたと思ったのに、何で《魔王城》で惡魔と間違われなきゃならないわけ! どこに目ぇついてんのよあの電波ドラ猫ストーカー!」
「ソフィー、お嬢様ぁ…! 静かにぃ…、静かにですよぉ…。声を拾われたらコトですからな」
僕は転んで打った腰を押さえながら店の扉を閉めた。メイドのUさんは、床にへたったままのルミさんを引き起こしている。
「しっかし店が開いてるとは行幸ぅ。どうせもぬけの殻と思いきや、店主がお戻りなら、どうもせぬ気とは言いますまい」
「それにしてもルークン、なんか雰囲気が違くない?」
「ちょっと色々あったんです」
ルミさんが鋭い。説明が大変なのでとりあえず話を逸らそう。さっきギルドで、猫獣人の屍王が分霊を撒き散らしていると聞いた。
「それより、いったいどうしたんですか? 猫の悪霊に追いかけられているみたいですが」
「どうもこうもないわよ…。《魔王城》に異変があってから、契約してる精霊たちも怖がって出てこないし」
ルミさんが長い銀髪をわしゃわしゃとかきながら、不機嫌そうに答える。
「《魔王城》にメイドを連れた惡魔が出たって知ってる? それが私たちだと信じて憑こうとしてくる悪霊がいるの」
「U者装備をパクりし惡魔がいるのにまずビックリ、次にその惡魔な者と間違われてがっくりですねぇ」
「あたしなんか魔王だとか思われてんだよ~っ! 兎獣人と猫のゾンビは全然違うのに~~~~~ッ! 」
ソフィーさんはダンダンと地団駄を踏んでいる。今にも床に穴が開きそうだ。
「ソフィー、お願いだから静かにぃ…! またいつあの窓゜の゛外に来゜ることかぁ゛…………!!!」
「あんたが一番うるさいのよ…!」
ルミさんがUさんの口を手で抑え込んだ。
窓の外には今のところ何も見えない。
「安心してください。まさか店の中まで追ってくることはないでしょう」
「ねぇ、変なフラグ立てないでくれる?」
「ポーション調製のために、さっき魔法陣を確認したばかりです」
店側の内側を覆う双曲モデルの魔法陣は断魔力系を表現し、店内の魔力が外の悪霊に検知されることはない。店の外側を覆う双曲線関数の魔法陣は魔力の減衰を表現し、もし悪霊が入ってきたとしても十分に弱化される。
「だからソフィーさん。そんなに怒らないで」
「イライラするイライラするイライラするんだよ~~~っっ!!! どーしたらいいっての~~ッ!?」
「U技《お茶をどうぞ》。本日はハーブティーでございますー」
「っっ…ユゥのは飽きたっっ!!! 誰かどーにかしてよ~、早くはやく早く~~ッ!!!!」
どこからともなく出されたお茶が一気に飲み干される。乱暴に投げ捨てられたカップはUさんが上手くキャッチしていた。
ルミさんが心配そうな口ぶりで話す。
「ソフィー、だんだん暴れ方が激しくなってるの。すごく辛そうだし…」
「覺醒中は感覺が銳く、氣が立ちやすいそうです。獸神の因子を眠らせればもどるはずですよ」
「全覚醒までしたらもー眠れないよ~~~ッ!」
「そういうときのための藥がありますから」
店の棚から瓶を取る。
「少し待っていてくださいね。原液はソフィーさんには效き目が强いので薄め」
「だから待てないってば~~~~ッ!!!」
奪い取られた瓶の中身は飲み干され、ソフィーさんはすぐに昏倒してしまった。床に沈むその骨格と顔つきが普段の状態に戻っていく。
「ちょっと! 大丈夫なの!?」
「寝ているだけみたいですよぉ。殺害の罪を被らず良かったですねぇ」
「まいったなあ、もう」
奥の居住スペースに寝かせたいところだけれど、甚大な魔力を持った姬樣がいるので説明が大変だ。
どうしようか迷っているうちに、Uさんがスタスタと奥に入っていってしまった。
「勝手知ったる店裏にゃあ、確かこっちに毛布がぁぇええ゛ええ゜えェィ!?」
「なになに!? どうしたの?」
ルミさんまで飛び込んでいったので、仕方なく後を追う。
寝そべりだらける惡魔とUさんの目が合う。
1拍。
ギギギと鳴る首が壁にメイド服を見つける。
1拍。
U者がワナワナと震えながら僕を振り返る。
1拍。
「やっぱりこのオチですかよぉぉぉ!!!!!」
「………はぁぁ、無駄に疲れた気がするわ」
「ユゥ煩いよ~~。せっかく寝てんのに何やってんのさ~~~ッ」
慟哭とともに崩れ落ちるUさん、深いため息をつくルミさん、それに眠りから覚めたソフィーさんをなだめるのに、かなり苦労することになった。




