1.5 Composition (写像の)合成
僕たちはダンジョンにつながる洞窟の入口に来ていた。
「ねえルークン、木にロープ巻いて何やってるの?」
「ダンジョンの入口は大きく分けて2つあるんだ。中と外が陸続きで繋がっているか、繋がってないか」
「繋がってないなんてこと、あるのか」
「モンスターがうじゃうじゃいて、罠とか宝箱まである不思議世界だよ? 家のドアを開けるのとは違うよ」
普通は、ダンジョンの内外は地理的に異なる。ちっぽけな洞窟に見えても、中に入れば何日もかけないと踏破できない広さがあることを説明する解釈の1つだ。
ただし、地形がそのままダンジョン化することもあるにはある。《世界樹》とかがそうらしい。
これから入るダンジョンが陸続きか、それとも繋がっていないかは、簡単な実験で明らかにできる。そのために僕は樹にロープを結んだ。
「で、そのロープの端を持ってダンジョンに入ろうってわけ? どうせ入れないんだから無駄じゃない? ロープが挟まってドアが閉められないのと同じよ」
クロヴィトル君を抱いたリズィちゃんは呆れたように言った。
「実験で検証することは重要なんだ。マヒロ君、せっかくだからやってみる?」
「まあ、そういうなら」
あまり興味がなさそうなマヒロ君に木に結んだロープを渡して、僕たちはダンジョンに入っていった。
結果、マヒロ君だけは取り残された。
僕たちは外で合流して、再びダンジョンに入った。
「ふふっ、マヒロったらバカみたいな顔で置いてかれてて笑っちゃうわ」
「キュー」
「人を馬鹿にしないと気が済まないのかよ。性格悪い女だな」
「もうダンジョンの中だから、遊ばないようにね。僕は死にたくないんだ」
僕は2種類の調査結果を記録する。1つはマヒロ君にやってもらった地理的な不連続性について。
もう1つは、マヒロ君が超自然的な召喚者であるかを判定した結果だ。
さっき、ダンジョンの外と中で、空間が繋がっていないことに触れた。異なる空間を行ったり来たりできるという事実は、魔法現象の発生を意味する。
具体的には、ダンジョンの出入口では、空間を往き来するための変換魔法が作用するようになっている。この変換魔法は、僕がクロヴィトル君を召喚した魔法と本質的に同じものだ。
図示するとこんな感じ。
・変換魔法
ダンジョンの外
⇅
ダンジョンの中
・召喚魔法
クロヴィトル君が住む世界
⇅
僕が住む世界
両矢印は、“簡単に往き来できる”ことを表す。
今、クロヴィトル君は、僕による変換(召喚)によって僕が住む世界に来て、そこからさらに変換を受けてダンジョンにいることになる。
クロヴィトル君が住む世界
⇅
僕が住む世界
⇅
ダンジョンの中
こんな風に2つ以上の変換が重なるとき、その全てが“簡単に往き来できる”性質を持つなら、次のような変換の合成ができる。
クロヴィトル君が住む世界
⇅
ダンジョンの中
この合成変換は、クロヴィトル君をダンジョンの中から直接召喚、送還できるという以上に、次の重要な意味を持つ。
僕が住む世界に召喚したクロヴィトル君を、異なる空間であるダンジョンの中から送還できる。
改めて図示すればこうなる。
クロヴィトル君が住む世界
⇅ ⇅
僕が住む世界 ⇅
⇅ ⇅
ダンジョンの中
実は、召喚対象を連れてダンジョンに入るには、このように全ての世界とダンジョンが“簡単に往き来できる”性質を持っていないとダメだ。
召喚対象が住む世界
⇅ ⇅
召喚士が住む世界⇅
⇅ ⇅
ダンジョンの中
召喚対象が住む世界
⇅
ダンジョンの中
合成変換が成立する場合のみ、召喚対象は僕たちの住む世界からダンジョンに入れる。これはとても重要な事実だ。
ところで、マヒロ君が召喚者だと仮定すると、次のようになるはず。
マヒロ君が住む世界
⇅ ⇅
僕が住む世界 ⇅
⇅ ⇅
ダンジョンの中
なぜなら、マヒロ君の世界から僕の世界への変換が簡単に往き来できないなら、変換の合成ができないからだ。下の図のように一方通行の変換になっている場合、僕はダンジョンに入れるけれども、マヒロ君は入れない。
マヒロ君が住む世界
↓ ⇅
僕が住む世界 ×
⇅ ⇅
ダンジョンの中
しかし何事にも例外はあるもので、神などによる超然現象の影響下では、マヒロ君と僕の世界が簡単に行き来できないとしても、マヒロ君がダンジョン入れるようになる。
すなわち、ダンジョンの入口で変換魔法を受ける際に、超自然的な魔力が介入する。これでマヒロ君がダンジョンに入れるようになる。きわめて強引な話だ。
マヒロ君が住む世界
↓ ⦅⇅⦆
僕が住む世界⦅⇅⦆
⇅ ⦅⇅⦆
ダンジョンの中
これらの違いは、ダンジョンに入る際の魔力応答を比較することで検証できるので、ちょっとした実験をしてみた。
まずはマヒロ君なしでダンジョンに入ってみる。
次にマヒロ君と一緒にダンジョンに入ってみる。
さっきロープを用いることで、マヒロ君なしのパーティとしてダンジョンに入り、魔力応答を確認した。
次に、マヒロ君と一緒のパーティとしてダンジョンに入り、魔力応答が先ほどと異なることを確認した。
僕はこれらの結果から、マヒロ君が異世界から超自然的に召喚された者であると結論した。
「...クン、ルークン! なにボーッとしてるの!」
「ああ、ごめんごめん。集中してると周りが分からなくなっちゃうんだよ。だから護衛が必要でね」
リズィちゃんの叱り声で我に帰る。
「まったく呆れるわ。マヒロとクロちゃんがいなかったら、絶対やられてたわよ」
長杖で示す方を見ると、コボルトが4分割されているのが見えた。
「リズィちゃんも彼らを支援できるように頑張ろう」
「どの口が言うの!?」
パーティのリーダーだというのに、いまいち僕の立場がよくないな。
探索の傍ら、僕はリズィちゃんが魔法を使う手伝いをしていた。
「できた! できたわ!」
「おめでとう」
色々試したところ、杖に魔法陣を描いてイメージを助けることで上手くいくことがわかった。さらに言えば、上手くいきすぎて魔法の威力がとんでもないことになった。
「ルークン。ダ、ダンジョンの壁が焦げてるけど、魔法がこんなに強いなんて聞いてないぞ…」
「高威力の魔法は、銅星1、レベルひと桁の魔法使いには使えないはずだ。今回描いた魔法陣には威力を増大させる効果はないから、不思議だね」
岩石でできた壁はガラス状になっている部分さえあった。かなりの高温に曝された結果と考えられる。
「リズィちゃん、こんなに魔力を使ったら疲れちゃうでしょ。次からはもっと抑えた方がいいよ」
「リズィは全然疲れてないわ! あと百回は大丈夫!!」
「えぇー、本当に?」
満面の笑みで宣言された。魔力切れで気絶してもおかしくないはずなのに、どういうことだろう。大教会徒に特有のやつかな? 秘められた潜在能力とか。
「とにかく、制御できないと杖が壊れるかもしれないし、抑え目に頼むよ」
「うるさいわね! わかったわよ!」
使えるようになった魔法を止められて頬を膨らますリズィちゃん。そんな彼女に、マヒロ君が不思議そうに尋ねる
「それにしても、何で今まで魔法が使えなかったんだ?」
「...リズィは呪い子なのよ」
「呪い子?」
「両親のどちらかが呪いを受けたりすると、子どもに受け継がれることがあるんだ」
リズィちゃんは両手で長杖を握りしめて、絞り出すような声でマヒロ君に答えはじめる。
「リズィのママは、昔は金星の魔法使いだったのよ。でも、ある悪魔を討伐した時に呪いを受けて引退したの。ママは、リズィが魔法を使えないのは自分のせいだって謝るの。駄目なママでごめんねって」
「リズィ、お前…」
「だからこそ、リズィは魔法使いになると誓ったのよ。教校でバカにされたって、冒険者なんて無理だって笑われたって、悪魔の呪いになんか負けてあげないのよ。リズィは誇り高きロザリンド家のひとり娘なんだから!」
「俺、リズィのこと誤解してたよ。生意気なだけの奴だと思ってた。ごめんな」
「ふん! マヒロがどう思うかなんて関係ないし、謝られても嬉しくもないわ。他者からどう思われようと、リズィのやることは変わらないもの」
「やっぱ可愛くねーな」
「なによ! 失礼ね!!」
言い合いが続く中、僕はクロヴィトル君に周囲を警戒してもらいながらリズィちゃんの呪いを考察する。
大教会では祈りを組み込んだ詠唱が普及している。これにより体内で増幅した魔力を、杖や魔道書から打ち出すイメージだと聞く。
リズィちゃんは一般的な詠唱では魔法が使えなかったので、体外で魔力を扱えるように魔法陣で工夫をした。
杖に転写した魔法陣は、リズィちゃんから出る魔力を拾い上げて光を発する機能だった。目的は、魔力を体外である杖で増幅して使うイメージを助けること。
普通、魔力を体外で増幅させる方法では、祈りの効果の大部分が失われるとされている。ところがリズィちゃんの場合、体外で魔力を使うことで、むしろ上手く魔法が使えた。
よって、体内に祈りを大きく阻害する因子、すなわち呪いがあったと解釈できる。
祈りの効果が薄いにもかかわらず魔法の威力が高いのは、リズィちゃんの潜在能力によるものと推察した。母親が金星等級の大教会徒には、そういうこともあるのかもしれない。
ふと、肩を叩かれた。
「ルークン、早く先に進もう」
「またボーッとしてるわ。本当に大丈夫なの?」
「キュー…」
生暖かい視線を感じる。
「リズィちゃんが魔法を使えるようになったんだし、もうちょっと尊敬の眼差しも欲しいよね」
刺々しさがない分は見直しされた、ということにしておこう。