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異世界召喚でわかる魔法工学  作者: M. Chikafuji
Chapter 4 一般の場合
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4.8 Jacobian 関数行列式



 その後、姫様と僕はボスモンスターとして、50階層に設置されることになった。《魔王城》は複数の入口が合流しながら深部に繋がる構造なので、50階層はいくつかあり、そのうちの1つということだ。



「ここは魂も薄くて眠いの。ボスが終わったら起こして」


「ボスをするのは姬樣ですけれど」


「代わりにやっといて…すぅ…」



 姫様はクッションに埋まって、フロアボス就任直後に就寝してしまった。こんな浅層で魔王よりも強いフロアボスがいたら問題になるので、代理を任されたのは好都合だ。


 さて、僕たちは第29代魔王から勇者を撃退する命令を受けた。命令に背けば首輪が締まって、僕が苦しい思いをすることになるだろう。


 ただし、何をもって命令に背くことになるのか、命令に背いたことをどのように検出するのか、正直良くわからない。どうせいつでも外せるので、今は着けたままでいいかな。



【定位置に到着したよ】


【では、50階層以下の勇者分布を同期します】



 視界に、〇が線でつながったグラフが表示された。木のように枝分かれしながら上方向に広がっている。



(ツリー)グラフか。丸が各階層で、赤い点が勇者だよね】


【私の職員権限で、ギルド所属の勇者動向は90%程度把握できます】


【王都のギルド職員が、魔王側で職権乱用したら不味いんじゃないの】


【手段など選んでいる状況ではないと言っているでしょう】


 よく確認してみると、グラフ中の階層に、黄色い点が付随している個所(かしょ)がある。


【黄色で強調しているのは召喚勇者です。多くは、どこぞの神か何かに由来する、超自然的能力を誇示していると想定されます】


【それで、特異点を生んでいる可能性があるってことね】



 神などによる超自然的な力は、僕たちの住む世界の法則に反する、超然現象を引き起こし得る。超然現象の頻発は、ダンジョン内の構造には特異点として反映される。この特異点を解消しなければ、大きな問題となる。


 今回の例では、《魔王城》の行儀が悪くなって、浅層で神話級モンスターが大量発生したり、《魔王城》の外にいきなり魔王が出てきたりといった事故につながる。


 特に避けたいのは、魔王を討伐して攻略する《魔王城》に魔王がいなくなるなど、事実上攻略不可能なダンジョンになってしまうことだ。



【後で根絶やすために、事前に特異点の分布を把握したい所です】


【わかった。魔法は僕が行使するから、細かい解析は任せるよ】



 勇者がやってくる前に片をつけてしまおう。


 特異点を見つける方法はいくつかあり、例えば発射した魔力光が消失する点を実験的に調べる方法や、魔法を使った際の応答から計算で調べる方法などがある。


 全ての階層を実験的に調査するのは大変だから、今回は魔法を用いて特異点を探索する。この方法では甚大な魔力が必要なので、寝ている姫様から提供してもらおう。


 魔法には、ある階層を、空間ごと新しい階層に移すような変換魔法を用いる。


 このとき、新しい階層の空間は、前の空間と少し異なるかもしれないので、そのズレをなくすように補正する必要がある。直感的には、空間全体を伸び縮みさせて新しい空間に()め込むイメージだ。


 特異点がある場合は、この伸び縮みを計算した時に、空間の広がりが0になってしまうのですぐにわかる。空間が小さくこんがらがったようになって行儀よく振る舞わなくなる、特異点の性質を利用した探索法だ。



【各階層に座標変換を作用させて応答を計算する。結構な魔力を行使するから、現地の勇者にはバレるかも】


【知られたからどうこうなる話でもないでしょう。いつでもどうぞ】



 僕はフロアボスの代行を任されていて、姫様の魔力を一部使用できる。正方形に重ねた平行4辺形の魔法陣を用いて、まずはこの階層に変換魔法を作用させた。


 続いて、他の階層にも順番に、同様の変換魔法を作用させる。この作業は、クレイトン+に手伝ってもらう。


【Using breadth()_first(優先)_search(探索)

【Using J_determina(関数行列式)nt_calculatio(計算)n】


 得られる魔力応答はクレイトン+にも渡るので、計算が得意な彼に一任し、僕は姫様から借りた魔力を行使しておけばいい。


 ただ、惡魔の身体のせいか消耗が激しいな。姫様ほどではないにしろ、僕も疲れてしんどくなってきた。夜のように寝ている姫様の隣に新しいクッションを広げて、計算が終わるまで僕も休憩することにしよう。











 特異点の分布が作成されるのを待っていると、下の階層から第29代魔王が上がってきた。



「よお、勇者が来るまで時間あんだろ」


「お疲れ様です魔王さん。その袋は?」


「差し入れの菓子だ。食ってみれば分かる」



 投げ渡された袋は透明な合成材で、中には拳より少し大きいくらいの、パイ生地のような物が入っていた。袋には何らかの文字と、内容物の断面を模した図案が描かれている。


 黄色と白の何かが包まれた、パイ風のお菓子のようだ。


 異世界の物品を取り寄せられる、あるいは精度良く生成できるとは、かなり行儀が悪い。



「姬樣が起きたら勧めてみますが、お気に召すかどうかは。僕たちの食性は獣人族(ヒューマル)とは異なるので」


「そんなもんか?」


 空間を見つめる魔王は僕を《鑑定》したのか、納得したように頷いた。


「それよか、何か凄え魔力を感じたぞ」


「浅層を確認するために、軽く魔法を行使しました。特殊な状態が多くあるようですね」


「軽く…!? その特殊な状態ってのは何だよ」


「説明は難しいのですが、姬樣が動きまわる感じに近いかな」



 そう言って、隣のクッションにうつ伏せで沈み込む姫様の、両手首にはめられた灰色のリングを触る。


 魔力の希薄な浅層ではこのように動けない姫様でも、僕たちの知る法則が通用しない、特殊な環境なら好きに動ける可能性がある。



「アリアは…一体何なんだ? レベルさえ分からねえし」


「姬樣は地界の惡魔で、単純なレベルで表現するなら、全勇者の合計より高いでしょう」


 僕たちの分類ではどんなに控えめにみてもランク18より大きいはずだけれど、数の定義に時間をとってもしょうがないので、ごく控えめに申告する。


「全勇者の合計…??? 最強じゃねえか!?」


「しかしながら、先ほど言ったように浅層は特殊な状態なので、レベルの大小はあまり意味を持ちません。1億の水滴と1つの海というか、そもそも数の比較そのものが成立するかどうか」



 超自然的な魔力の影響下では、僕の力で山のように大きな岩が持ち上がったり、姫様がそこら辺の勇者に負けてしまうといったことが起こり得る。


 特異点を有する、そういった行儀の悪い階層が、視界のマップに次々と表示されていく。むしろ、通常の階層の方が少ないくらいの分布だ。



「すごいな。神がたくさんいるとこんな影響力があるんですね」


「神、か。生命を弄ぶ奴らめ…!」



 顔を恐ろしげに歪めた第29代魔王から、真っ黒い瘴気が漂い始めた。今まで見てきた中でも、とりわけ不穏な感じだ。



「勇者達がこの階層にくるまでは、まだ猶予がありそうです。対策をするのであれば、クレインに相談してみると良いと思います」


「対策? お前らがその対策だろうが! 奴らの場所が分かるんなら、こっちに来る前に消せるじゃねえか」


「枝分かれの多い浅層へ行くより、ある程度の経路が合流したあとの階層で待っていた方が、疲れないと思います」



 特異点を有する階層は、こんなにも広く分布している。全部を網羅するのは、とてもしんどい。


 眠たげにクッションにもたれる僕は、魔王に首根っこを掴んで引き上げられた。



「そういう舐めた態度の奴が、みすみすレベル上げの機会を与えて、後でボコされるんだよ。上が特殊な状態だってんなら、そいつを利用して奇襲をかけろ」


「分か、り、ました。息、が」



 魔王は、僕に嵌められた首輪が作用するのを間近で眺めている。


 ややあってから作用は止められた。



「…ふぅ。目的は不明瞭ですが、神の力を行使する勇者たちの対策をしたいと、そういうことですね」


「ふん。サボったらまたシメるぞ」



《魔王城》に広く分布している召喚勇者に対して、その範囲を絞り込むような対応をしていくことになる。


 僕はクッションに魔力を行使して後ろを辿らせると、しんどい調子のまま浅層に向かった。




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