4.7 GUI 視覚的に操作できる入力系統
僕が少し混乱している間に、魔鎧を纏う男性、第29代目の魔王が僕たちに近寄ってきた。
「悪魔系の上級モンスターか。お前ら、名前は?」
「墮落の地界は、かしあありあ。お世話するのは、ルーン」
クッションにもたれる姫様は、きっちりした黒い礼装にじっとりした目でだらりと答える。
「カシアアリア。アリアだな。どれ、ステータスは、っと、あれ、見えねえ」
「レディの祕密なの」
「クレイン、これはどういうことだよ。ステータス見れないぞ」
魔王の不思議そうな声に、クレインは金色の猫目で僕たちを観察して、コホンと咳払いをする。
「魔王様が弱いから言うことを聞かないのでしょう」
「あんだけ課金してガチャ回したのに、結局使えないのかよ!?」
「冗談です。世話係の方で試してみては」
「ルーンだったな。そういうユニットなのか?」
魔王は僕の方を向いて、空間を指で触るような動きをする。それを見ていた姫様は、灰色のリングを着けた手で僕の腕を引いて、クッションに一緒にもたれさせた。
「だから、レディの祕密なの」
「それより姬樣、ルーンって…?」
皆が何を言っているのか良く分からなくて口を出したら、いつもの僕の声とは少し違うようなニュアンスが感じられる。
「それより? そう。ルーンが構わないならいいの」
「おわ、ルーン、可愛い顔してえげつない能力だな…」
僕は、恐る恐る自分の身体を確認する。
黒を基調とした色合いで、装飾に赤色が差したエプロンが特徴的な装備を着用している。僕は似たようなU者装備を見たことがあり、確か、メイド服というのではなかったか。
クッションに当たる背面の新感覚には心当たりがあり、確か、羽と尻尾というのではなかったか。
僕の今の形質は惡魔で、メイドさんというのではないだろうか。
混乱の続く僕の前で、魔王が空間を指で触れると、僕の首に首輪が出現した。
「契約完了だ。アリアにルーン、ようこそ《魔王城》へ」
「《魔王城》のため、せいぜい良く働いてくださるよう」
「はたらくのは、や」
「状況をもう少し、聞く必要がありそうですね」
クレイトン+、いったい何やってんの、君は。
白いクッションに沈む姫様の夜のような髪を梳かしながら、どこかにいるクレイトン+と情報を交換する。
【僕に着けられたこの首輪、締まるやつでしょ。まだこんなの使われているんだね】
【今代魔王は隷属という関係について、私たちとは異なるイメージを持っているようです。この極めて野蛮かつ非効率な用具に代表されるように】
こういう懲罰的な首輪型魔道具は、1例しか見たことが無い。その事例は異世界出身のカミシマさんが保有する奴隷たちで、彼女たちは自分の意志で着けていた。
それはそれでわからないけれど、同意なく着けさせるというのも常識外れだ。
【先日の集団召喚でひとり先行召喚された面倒な例外、それが29代魔王です】
【それは良いとしてさ】
クレイトン+、じゃなくてクレインだっけ。あの合流の仕方は完全に予想外だった。もちろん姿もそうだけど、魔王の側近として登場するなんて。
【何で魔王の従者みたいなことしてるの?】
【問題発生時点から情報源の近くにいると、管理が容易くなるためですよ】
情報源とは、29代魔王のことだろう。
そして、管理っていうのは。
【召喚者向けに開発したクレイトン+製のGUIを、無知な魔王はこの世界の仕組みだと思っています】
【凄いな、相変わらず】
GUI、視覚的に操作できる入力系統は、魔力板などに実装されているものだ。
例えば画面上の本の絵に触ると、内蔵書籍のリストが表示される。次に読みたいタイトルを選択すると、本のページが表示される。そして本を捲るように指をスライドさせると次のページに移れる。
魔王はさっき空間を指で触ったりしていた。あれは視界に表示された画面を操作することで、魔法を行使していたらしい。
持ち物のリストの中から首輪を選択し、使う対象に僕を選ぶ、みたいなお手軽操作で隷属の魔法現象が実現するとは、さすがクレイトン+の設計だ。
【召喚者は、操作性の高いGUIを提供すればだいたい無批判に使ってくれますからね。入出力情報を解析すれば、操作者に固有な魔力応答が精度良く取得できます】
【GUIをたくさん使ってもらえれば、送還に必要な魔力応答も分かるってことか】
【そんなところですね。迂闊な集団召喚者を網羅的に制圧するのに有効です】
どういう魔法を使ったか、どういう道具や能力を取得したかなど、多くの出入力情報は、こっそり管理者のクレイトン+が利用できるようになっているらしい。
僕が個別に魔力応答を実測したりしているところ、クレイトン+は召喚者の情報を自動収集できる仕組みを作り上げていた。
王都をひとりで担当する《正体不明》は伊達ではない。
【さて、エピックマンが持ち込んだ魔力体を強奪したので私の補給は十分です。ルークンとの合流はまだの予定でしたが、計画を修正して対応します】
姫様と一緒に僕を呼び寄せたのはクレイトン+だと思っていた。違うのだろうか。
【ルークンまで魔王の趣向に合わせた形質を用意して来たのであれば、先に浅層の対応を進めましょう】
【形質を用意って、クレイトン+の仕事じゃないの? 僕はそんなことまでしないよ】
【ならば、カシアアリアさんの所業でしょう。半神の召喚だろうと、管理できていないなら、早急に対処願います】
僕は髪に櫛を入れながら、姫様に話しかける。
「姬樣、この階層に来るとき僕に何かしました?」
「だって、お世話はメイドがするから」
無気力な姫様にも、数少ないこだわりがあったらしい。
【問題なさそう。クレインの方はどういう仕組みであの姿になってるの?】
【異性の形質は情報取得に有利な傾向があります。あの姿は召喚者向けに設計された、クレイトン+の分体の1つです】
分体のひとつって、もしかして何体かいるのだろうか。それだとかなり危うい状態に感じられる。
この世界でクレイトン+がただ1つに定まるのは重要な性質だ。クレイトン+がたくさんいるのなら、この世界で生きる上では不利になってしまう。
【分体はそれぞれ少しずつ異なりながらも、総体としてただ1つのクレイトン+を構成しています。各地域の支部が独立に機能しながら、全体としてひとつの冒険者ギルドを成すように】
【もしかして、大枢機卿の試練を受けてその状態になれたとか】
【《グランドマスター》の試練には大失敗しましたよ。まあ、致命的な問題は私が解決すれば良い話です】
運勢の悪さにも負けず、クレイトン+は分体を用いた分散管理システムを実働させて生き延びているとのことだ。
複数の分体を用いるクレイトン+の生存戦略はかなりの綱渡りのようで、冒険者ギルド職員として冒険の神の庇護下に入りこんで、この世界にしがみついているらしい。
【なおのこと、魔王を手助けするのは悪手な気がする】
【結果が全てです。手段など選んでいる状況ではないでしょう】
こんな調子でよくギルド職員をクビにならないな。六大枢機卿の一席、《グランドマスター》の懐の深さは推し量れない。




