4.4 Theoretical mechanics 解析力学
本項は図表があるため挿絵表示ONを推奨します。
現在の階層は10↑10で、10,000,000,000。100億階層は、0から21に区分される中のランク2だ。
【Using create_map】
ゴーレムの機能で階層の地図を自動生成し、僕たちの視界にミニマップとして表示する。ここには、階層の地形と、僕たちとモンスターの位置関係が表示されている。
早速、赤い点が1つ僕たちに接近していた。
僕はすぐさま魔導書から魔法陣を転写し、魔法攻撃への対策を行った。展開した防衛魔法陣が、僕たちの周囲を半球状の軌道で旋回している。これにより、モンスターからの攻撃魔法は全て無力化される。
攻撃魔法には、“何かを攻撃する”という顕著な性質がある。攻撃という魔法の性質は、特徴的な応答を示す魔力波として現れる。
この魔力波に対し、同位相の魔力波を重ねると攻撃性が強くなり、逆位相の魔力波を重ねると攻撃性が弱くなることが知られている。この現象は波の干渉と呼ばれる。
ここで、確実に逆位相の魔力波を重ねて攻撃魔法を弱めるために、先進波という魔法現象を利用する。
波動という現象には、実は2種類がある。ひとつは波源から周囲に向かって進む波で、水波や音波や光といったふつうにみられる波、遅延波だ。これに加えて、周囲から波源に向かって進む波、先進波がある。
先進波は、遅延波が出る前から出る瞬間にかけて、周囲から波源に向かうので、時間を逆行する波と言える。時間を逆行する波は、時間を順行する僕たちには関係ない波だ。でも実際に計算ができて、魔法で扱うこともできる。
魔法を用いて先進波を扱えば、攻撃魔法が僕たちに当たる前に、逆位相の魔力波を用意して重ねることができるのだ。
ただし、攻撃の性質が打ち消されても、魔力が膨大だと魔力場を伝播する際の余波で被害がでてしまう。よって、合わせて断魔力系の構築もしておくと良い。
そして、10↑10階層の強力なモンスターに備える僕の前にそびえ立つのは、緑の全身鎧で身を固めるエピックマン。ワンダーランドの英雄は、その腕甲を掲げ、胸のエンブレムを誇り、威風堂々と声を張り上げた。
「このエピックマンに向かってくるか! アーティファクトを武器とする俺に!」
「丸腰で言ってないで動いてよ。魔法攻撃への対策はもう出してるんだから」
肩をすくめたエピックマンが、空手のままで力強く槍を突き出すように動く。
猛威の踏み込みに伴って、魔力光が空間をまっすぐに貫いた。その軌跡は、空間の曲面に沿うような測地線を成す。
光に限らず、様々な作用の軌跡が測地線を成す。これはとても基本的な原理から導かれる結果だ。
右腕の剛勇を突き出した重鎧は、エンブレムの煌めきと共に、エピックマン=レジェンドハートの力を世界に観せる。
「解るだろう,輝く栄光の軌跡が! 力技《レジェンドハート・アクション:完全弾性衝突》」
部屋に入ろうと動いていたミニマップ上の赤い点が、何かにぶつかったように跳ね返り、同じ速度で押し返されていった。
凄まじい“力技”、さすがは《別詠み》の魔法だ。
「アーティファクト 《一様な棒》《滑らかな面》は,俺が定める運動を実現する.衝突時の運動エネルギーは……ランク2相当か.典型的な魔法生物だな」
運動エネルギーは、物体の重さと速さで決まる。大砲の玉でもほぼ止まっていたら受け止められるし、丸い砂粒でも強風で飛んで来たものは痛い。
質量と速度から想定されるよりも運動エネルギーが大きいなら、魔力による強化が起こっている。冒険者がスキルにより高威力の技を出せることや、そもそもの等級が高い冒険者やモンスターの強さを説明する解釈のひとつだ。
「次は,ランク2相当の運動エネルギーを熱に散逸させ、モンスターを撃破する」
「それなら部屋の入口に断熱系を構築しないと」
「系内は既に俺の世界だ.任せておけ,このエピックマンに!」
エピックマンは、100億階層の強力なモンスターが生むエネルギーで、熱を発生させるらしい。
僕たちは高温では生存できないので、熱を遮断する断熱系というものを構築して実験を行う。系の構築を得意とするエピックマンは、僕が言うまでもなく断熱系の準備を終えていたようだ。
ややあって、再び赤い点が接近してきた。そして、モンスターが系内に侵入した瞬間に、エピックマンの魔法が行使される。
すると、なんと、かすかに音楽が聞こえてきた。漂う小さな♪♫をひとつ手に取るだけで、エピックマンの情熱が伝わってくる。僕たちが住む世界の誰しもが1度は耳にするこの楽奏は。
「その領域には,大教会正典のアンサンブルが響き渡る! 力技《レジェンドハート・アクション:非弾性衝突》」
今度は、モンスターが何かにぶつかったと思われる瞬間、轟音と共に眩い光にあふれた。火打石を打ち鳴らして火花が出るのと同じ原理だ。
致命的な熱量はエピックマンの系内で急減し、魔力放射は僕の構築していた断魔力系により遮断される。
「運動エネルギーの半分をモンスターの変形や内部摩擦,および熱などに散逸させた結果,モンスターの消失を確認した」
「系内のエネルギーはちゃんと保存されているみたいだね」
「アンサンブルはハーモニーを奏でている.しかし,仮に保存則が成り立たなかったとしても!」
エピックマンは魔法収納からドラゴンの鱗を取り出した。ガントレットから零れ落ちんばかりの希少素材が、あとどれだけあるというのだろう。
「準備した魔力体は潤沢だ.多少の問題は押し通せる」
「凄い数持ち込んだもんだ。……たったいま、全部なくなったみたいだけれど」
「んん!?」
いっぱいに輝いていた鱗は、瞬きすらしないうちに跡形もなく消失していた。
「どういう原理だ?」
エピックマンは魔法収納の中に手を突っ込んで中身を漁ると、何も掴めなかったらしい片手をひらひらさせた。
「残念だが,持ち込んだ鱗の使用が不可能になったと解釈するほかない」
「さらに残念ながら、またモンスターが来たよ」
いくつかの赤い点が、僕たちのいる部屋めがけて移動してきている。
1番近い点が部屋に入ってきた瞬間、モンスターは大きく両断されて地面に崩れ落ち、小さな魔石へと姿を変えた。
「力技《レジェンドハート・アクション:剪断》」
エピックマンは不可視の《一様な棒》を縦に振り下ろしたような姿勢から元に戻ると、同じようにモンスターを蹴散らしながら魔石を回収した。
ダンジョン内で生成するモンスターは魔法生物だ。ダンジョンから僕たちの住む世界に出てこない限り、倒されると魔石になる性質を有する。
「魔力体は現地調達で賄おう.ルークン,さっきの魔力応答はどうだった?」
「既報に一致。これは、魔王の影響かな」
「100億階層まで認識しているのか? 劇的に範囲が広いな」
先ほどエピックマン所持のドラゴンの鱗が消失した際の魔力応答は、ダンジョンマスターに特有なものだった。
術理院の魔法は《魔王城》攻略には普通使われない類のものだ。冒険規定外の行動は禁制されやすい。魔王の対策がさらに厳しくならないうちに、高ランクの階層を調査した方が良いだろう。
「消耗しないうちに先に行こうか。細かい作業はクレイトン+と合流してからにしよう」
「では急ぎ進もう.さらに前へ,あの栄えある勝利の頂きに向かって!」
虚空に勝利を見据えるエピックマンは大股で走り出し、僕はその後を追いかけていった。




