3.15 冒険者の場合
冒険者ギルドにて。
「カナリアoさん、クエスト達成の報告に来ました」
「私の名前をよく御存知で。ギルドカードの提示をお願い致します」
対応態度から、かなりの疲れが伺える。ギルドカードを提出すると、カナリアoさんの動きが止まった。
「あのふたりの、遺物ですか…。これだから、冒険規定を守らない冒険者は、嫌なんです…!」
「カナリアo、落ち込むことないよ。こうしてちゃんと帰ってきたのだ」
ぼくがカウンターに握られたカナリアoさんの手を撫でる。でも、ほぼ確実に誤解がある。
「失礼致しました。報告をどうぞ」
表情を戻したカナリアoさんに、簡潔に情報を伝える。
「受注していたゴブリン掃討クエストを達成しました。また、僕たちはそのギルドカードの所持者自身です。多少、姿は違いますが、無事に戻ってきました」
僕の短い発言に伴い、カナリアoさんの顔がみるみる変わり、机を指でトントン叩く音が聞こえてくる。
「そう、です、か。それではギルドカードを。識法《鑑定》」
机上のギルドカードの1枚が、さっきまでの銅色ではなく、黒色に染まっていた。
「あ、見えちゃったか」
空間の穴のような漆黒に手をかざすと、再び銅色のカードが出現した。
「…ラト様、何か釈明は?」
「普通にやったらぼくの魔力が溢れてああなっちゃうから、見やすくしてたのだ」
「あー、銅星にしては凄いと思ってたけど、そういうことだったのか」
カウンター越しに物凄い圧で睨まれたので、慌てて顔を反らす。横にはいつのまにか、ロザリィさんが立っていた。
「カナリアo......そう怒らないで......私の星を取り戻してくれたのは....このふたりですから....」
「そう簡単に特例を認める訳にはいきません。クエストに不正がなかったか、少々確認を致します」
「ゆっくり確認すると良いのだ」
カナリアoさんはギルドカードを接続した魔力板を操作する。その間、金星等級に戻ったらしいロザリィさんと僕たちは、酒場の方に移動して待つことにした。
「ラト...ルークン......この度は...ありがとうございました......」
「もののついでだから、礼は要らないのだ」
「それと...その姿は一体......?」
「新しい魔法を行使するときに、同じになったんです」
僕がただひとり定まるこの世界にいれば、そのうち元に戻るだろう。
ロザリィさんが杖を振ると、ほわほわと白い煙が浮かび、僕たちがいた森の風景が映っている。ただしその一部は、認識できない無によって切り取られていた。
「ふたりきりの世界.....ここが....そうなのですね......」
「この世界の生き物じゃあ見られなくて当然なのだ」
「僕ももう、あんまり思い出せないな」
魔法陣を構築したことは覚えていても、具体的な像を思い出すことはもうできない。僕たちは普通、高々3次元の、限られた空間しか認識できないのだ。
「ふたりのロマンスがハッピーエンドで...よかったですね....」
「「それは、あの刻に一緒にいられたから」」
僕たちの声が重なり、ロザリィさんが胸を押さえて悶える。何だか恥ずかしくなって困っていると、ギルドカードの確認が終わったとの呼び出しを受けた。
「お待たせ致しました。ラト様の討伐数1,000,003から、ブレイドメルの危機を救ったのは間違いないようです。冒険規定に基づき、ギルド長の判断案件となります。ですから、」
そういって目を向けた買い取りカウンターでは、ソフィーさんが机に突っ伏して寝ている。カナリアoさんは静かに歩み寄り、垂れていたライトブラウンの兎耳を掴んで引き上げた。
「ソフィー!!!」
「ひゃいっっ!?」
毛を逆立てて飛び起きるソフィーさん。
「そのふたりをギルド長室に案内してください」
「へーい…。この子達がどうかしたの?」
「いいから、ルークン様とラト様を、ギルド長室に案内して」
「ええ!? ふたりとも顔が違うじゃん。ほらほら」
僕とラトちゃんの頬がぐにぐにつままれる。
「ソフィー」
「行けばいーんでしょ? わかったってば」
わたわたと案内されてギルド長室に入る。
書類が山積みになった大きなデスクは空席で、その前に配置されたソファセットでは、先にいた誰かが話をしていた。
「嘘をついても魔道具で分かる。そのはずなんだ…」
「………」
魔道具らしきランタンが置かれたテーブルを挟み、ソファに座って向き合っていたのは、片手で頭を抱える壮年の男性と、目を閉じて腕を組むカミシマさん。
カミシマさんの後ろには、奴隷の少女ふたりと、ぼくが召喚した巫女さんが立っている。
「今眠っている、私達の神様の御力だよ」
「ご主神様なら、それくらいでき、ます」
「ますたぁはさいこうなんだよ、はぁと」
「もういい…帰れ…」
壮年の男性が悲しげにこぼすと、3名がカミシマさんを玉座のようなものに乗せて、扉から出ていった。あの椅子、どこから持ってきたんだろう。
ぼく達とすれ違いざま、巫女さんがウインクした。
「ラムネちゃん、元気そうでよかったのだ」
「元気そうではあったね。何してるのかは知らないけどな」
膨大な魔力で大量発生したモンスターを駆逐したのはラムネさんだと思っていた。ただ、さいしょからはじめるタイプって言ってたから、カミシマさんを担ぎ上げていたのかな。
ソファに再び目を向けると、驚異的な悲壮感を背負ったギルド長が頭を抱えていた。周囲の風景ごとズーンと重く沈んでいるほどだ。
「イカれた奴ばっかかこのギルドは…! 畜生、王都に行け王都に」
「あのー、カナリアoさんに言われて来ました」
「うん? ああ、すまんな。まあ座ってくれや」
ソファをふかふかするぼくを見て、濃いクマを作ったギルド長が何かを諦めたように首を振り、話し始めた。
「昨晩から狂った規模のモンスターの大群が現れては消えを繰り返してた。銀星等級を含む行方不明の冒険者も出ててな。話を聞いてる所だ」
テーブルに置かれたランタンが乱暴に再起動される。僕は原理を知らないけれど、虚偽の申告に反応する機構の魔道具らしい。
「冒険者が神になって世界を救った、なんつー証言は止めろな。《グランドマスター》の爺様に報告すんのは俺なんだからよ」
ギルド長は魔道具を、このポンコツが、と叩いている。
「昨日の夜にいたモンスターフロアのはみ出しは、うるさかったから、ぼくがみなごろしにしたのだ。それ以外は知らないな」
「これだよ。何なんだ畜生。いつのまにか金星がいたってのか…? ちょっとギルドカードみせてくれ」
手で顔を覆うギルド長に、ぼくは4角い闇を手渡す。
「存分に検分するがいいのだ」
「はいは…なんじゃこりゃ!!?」
ギルド長が投げこぼしたカードを僕が受け止める。
「冒険規定内では、表示が不可能みたいだな」
「こうすれば、ほら、普通に見えるようになるのだ」
「《偽装》だろ、それは。畜生、頼むぜマリノフ神よ。まじめに冒険してる奴らが可哀そうだぜ」
そう言って天を仰ぐ様子もかなり可哀そうに思える。僕からの情報提供が問題解決の糸口になれば幸いだ。
「行方不明の冒険者は、誰なんですか?」
「さっき戻ってきたのが銀星のユウマだとすると、あとはゴブリン遊撃に出てた銅星のルークンと新入りのラトだな。他の連中は大枢機卿のおかげもあって無事だが…」
ギルド長は苦々しく頭を振る。
「ルークンは術理員会員で、ラトはそのパーティメンバーだ。《赤い夢》は大丈夫と言っていたが、お前らも知ってんだろ、今日の大量発生を。いくらなんでも神話級災害に、銅星じゃあな…」
ため息をはくギルド長に、カナリアoさんが書いたメモを机に置いて見せる。
「僕たちがその銅星等級の冒険者です。多少、姿が違いますが、これは魔法の反動のようなものです」
「心配ごと、減ってよかったな!」
「これだよ。まぁ、無事で何よりだ。ただなあ!! 俺はどう報告すりゃあいいんだ!?」
メモを読みつつ、次からクエストは王都のギルドで受注しろ、とぼやいているので、事態を整理するための補足を報告する。
「また、さっきの冒険者は厳密にはユウマさんではなく、異世界出身と思われるカミシマさんです」
「これだよ。いいか、神様さんです、じゃねーんだよ! なら銀星のユウマはどこいったんだ!」
「たぶん、カミシマに継承されてるな。きっとラムネちゃんが移したのだ」
「ははは、そりゃあ愉快だな。すまんが話を整理して、出直して、来てくれんか…」
魔道具のランタンを無言でたたくギルド長の心情を重く受け止め、後でレポートを提出することにした。




