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異世界召喚でわかる魔法工学  作者: M. Chikafuji
Chapter 3 僕の場合
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3.6 休憩



 ギルドにゴブリン集団の報告を済ませると、僕達は店に帰ってきた。



実入(みい)りは…あったようですね…」



 店の前で待っていたロザリィさんが読んでいた本を閉じる。彼女は大きなパラソルの下、ゆったりと足を伸ばせる椅子に深く腰掛けていた。



「僕の店の前は海辺じゃありませんよ」


「堅いことは...いいでしょう」


 ロザリィさんはパラソルとチェアを魔法で仕舞うと、にっこり笑って僕達を歓迎した。


「ふたりのはじめての冒険記念です...今晩はぜひ私にごちそうさせてください...」


「おぉ~、気前がいいのだ」



 ロザリィさんが祝う理由はよく分からないものの、せっかくの好意を無下(むげ)にする理由もない。






 案内についていった先は、元伯爵令嬢のルミさんと、随伴(ずいはん)するメイドのUさんが営む喫茶店だった。


 扉を開けると、銀色のベルがカランと美味しそうに鳴る。



「いらっしゃいませぇ、何名様で……三名様、奥の部屋へどうぞぉ」



 接客に来たメイドのUさんは糸目の笑顔を一瞬だけ固まらせた後、フロアのテーブルではなく、個室に僕達を案内した。



「わざわざこんなお部屋......いいのですか?」


「ちょうど他のお客様もいませんのでぇ。それでは、注文決まりましたらお呼びくださいねぇ」


「ありがとうございます」


 メイドさんは笑顔を張り付けたまま音もなく去っていった。ロザリィさんの視線が不思議そうにドアの方を追う。


「昼に来たときは......親切にメニューの説明をしてくれたのですが......」


「2回目だからだと思いますよ。僕も調味料を販売している関係で顔見知りですし」


「ねぇねぇルーちゃん、これはなんて読むのだ?」


「わふうぱすた。醤油っていう、しょっぱい調味料が使われた麺料理だよ」


 ラトちゃんが指差すメニューを横から説明しながら注文を決めた。


「注文は僕が伝えてきますよ。僕の店のお得意さんなので、挨拶も兼ねて」


「ルーちゃん、いってらっしゃい」



 ラトちゃんに手を振り返して部屋の外に出る。カウンターに向かうと、ちょうど誰もいなかった。



「すみませーん、注文をお願いします」


「店長ゥー、注文来てますよぉ!」


「あんたが行くの!」



 奥からメイドのUさんが出てくる。彼女が足を進める度に、しぶしぶという文字が浮かんでは消えていく。


 いったいどうして、文字が見えるんだろうか。



「はぁぁ、今度は何の大問題を持ち込むんですかねぇ…」


「ただの注文ですよ」


 重い顔のメイドさんに注文書を渡す。


「なんてコト言いながら、この間の緊急召集もなんてコト(・・・・・)だったらしいですな?」


「あれは運悪く超自然的現象に遭ったもので、繰り返さないように対策中です」


 具体的には、恋を見つけるという試練に挑んでいる。


「前回も今回も綺麗どころに囲まれて、なぁにが運が悪いんですかねぇ」


「綺麗な(かた)に囲まれることと運勢の関係は分かりませんが、僕の状況は、パーティを組んでくれれば体験できると思いますよ」


「店長ゥー、自殺志願者の募集が来てますよぉ!」



 奥から店長のルミさんが出てきてUさんの耳を引っ張る。



「ちゃんと仕事をしなさいよ!」


「注文は取りましたよぉ、ほらぁ」


「まったくもう…」


 ルミさんが注文書を受けとる。


「でも、ルークンがご飯食べに来るなんて珍しいこともあるものね」


「ロザリィさんがごちそうしてくれるんです。新規冒険者と僕のふたりの初冒険の記念に」


「あの三つ編みの方、《赤い夢》な方ですかぁ!? 噂では二つ揃えば異種族でも無機物でもお構い無しとか…」


「そのロザリィって人とルークンと、もう一人いるってことは」


 Uさんがルミさんの口を手で塞ぐ。


「店長、術理院会員な者の事情など、知らない方が良いことばかりですぅ。首を突っ込んだらぁ、またギロチンを待つばかりですよぉ」


「そ、それもそうね…」


 実際に断頭台に登っただけあって、素晴らしい危機管理能力だ。


「今回に限っては確かに、危機的な状況になる可能性が高いです。あるいは、もうなっているかもしれません」


「嫌なこと言わないでよね…」



 ラトちゃんと受注したクエストでは、何が起きてもおかしくはない。依頼者も受注者も特殊で、しかもギルドを仲介しないクエストでは。


 せっかくだから少し聞き込みをしてみよう。



「それと、最近何かを盗まれたことはありませんか?」


「今まさに平穏を盗まれてますねぇ」


「特に無いと思うけど、泥棒でもいるの?」


「いるかもしれない、という程度です」



 ニゴさんの盗まれた“大切なもの”と、ラトちゃんが盗まれた後ろ言葉《バックワーズ》、いっぺんに回収できれば話が早い。



「そんな危険で不穏な事件に庶民の出番は無いんですよぉ!」


「世界規模の危機に発展する恐れがあるので、情報だけでも伝えておこうかと」


 メイドさんが白目をむき、(ひたい)には青い線が何本も走っている。


「えぇ…いつからセカイ系になったのよ…」


「世界系? 世界を1つの系として見ることは、いつでもできると思いますが」



 何でもないわ、と首を振るルミさんは、白目で固まるUさんをバックヤードへ引っ張っていった。



 僕はカウンターから戻って個室のドアを開ける。



「ドリンクだけ先に受け取ってきまし…っ!」



 僕はあやうく飲み物の乗るトレーをひっくり返しそうになった。


 視界を覆うほどのハートや星の模様があふれて飛んできたからだ。


 色とりどりの小さい模様は、僕の身体に当たっては何の感触も残さずに消えていった。なんだこれ。



「ルーちゃんおかえりなさい。ちょうどロザリィに今日あったことを教えてたとこなのだ」


「素敵でした......ええ...素敵です...!」



 具体的に何が素敵か聞くと非常に長くなりそうなので、別の機会に譲ることにしよう。






 僕はわふうぱすたを上手く食べられずに苦戦していた。



「ルーちゃん、食べないの?」


「ちょうど良いサイズに巻けないんだよ。ずいぶん食べてなかったからかな」


「ちょっと貸してみるのだ」


 ラトちゃんにスプーンとフォークを渡すと、くるくる回して器用にひと口サイズにまとめた。


「ルーちゃん、あーん」


「あーん」



 僕は雛鳥のように口を開けて受け入れると、ラトちゃんがパアッと明るい笑顔を浮かべる。僕たちの背景には淡いシャボン玉のような模様が浮かんだ。



「ありがとう。僕もやってあげたいけれど……またこんな大きく巻いちゃったよ」


「あーん!」



 明らかに口より大きい麺の塊にも全く臆さない。ほんのわずかな暗転の後、それを飲み込んだラトちゃんが唇を舐める。



「こっちも良い味なのだ」


「口に合って良かったね」



 この料理の味とにおいには、昼月の薄い色合いが混ざっているみたいだ。


 ふと前を見ると、ロザリィさんがグラスに手を掛けたまま制止していた。



「今のは......一体...?」


「ロザリィ、どうしたのだ? もしかして、ぼく変だった?」


「その...ラトのその力は......世界を壊してしまうのでは...?」


 真剣な顔で言葉を紡ぐロザリィさんに、ラトちゃんはあっさり答える。


「力だけならそうだな。でも使いこなせば、上手くぱすたを食べることもできるのだ」


「あのですね、これには」


「ルークン......言葉はなくとも分かります......!」


 ロザリィさんは目を(つぶ)って僕に手のひらを向ける。彼女がゆっくりと間をとってから両目をカッと開くと、閃光が(ほとばし)り、背景には雷光が走った。


「これはロマンス......ふたりの行く末が世界の危機に直結する.......ロマンスですッ!!」



 力強く言い切ると、ほぅ、と恍惚(こうこつ)とした息を吐く。すると、ハートと星の淡い模様が宙にたくさん漂いはじめた。なるほど、さっきのはこれか。



「ルーちゃん、ろまんすってどういうこと?」


「さぁ、これからの冒険で分かってくるんじゃない?」


 顔を見合わせる僕たちを見てロザリィさんは何度もうなずく。世界の危機が懸かっていると言うわりにはのんきな気もする。


「さあ......これから広がるふたりの世界を祝福しましょう」



 僕たちはグラスを鳴らして、ささやかにお祝いをした。




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