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僕らは何種類も魔法を試して、失敗して、それを繰り返した。サラは苦しかったに違いない。適性があるかもしれないと期待してそれを何度も裏切られる。その苦しみは計り知れない。それでもサラは諦めなかった。
そして、とうとう僕の知っている稀属性が無くなった。十二種類、それがサラの試した属性の数だ。どうしようか。さすがに想定外だ。
「次、お願いします!」
サラはまだまだやる気のようだ。いくら魔力があまり減っていないと言っても、集中力は消費する。しかも、サラは全ての属性に本気で取り組んでいる。疲れていないわけがないのだ。それでも、目の光は蘭々と輝いている。
しかし、僕が迷っているのに気付いて、サラは少し不安そうにこちらを向いてくる。
「もしかして……もうこれで全部でしたか? ……それならもう一度最初からやってみましょう。勘違いだったという可能性もありますし」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
僕が言葉を濁したことで、更に不安そうな顔になる。それと、勘違いということはないだろう。僕は入念にチェックしている。稀属性の中には、サラに適性がある属性はない。
「私、もう挫けないって決めたんです。どんなことでもやります。…………何か、ないんですか?」
サラも焦っているのだろう。余裕のなさが見受けられる。でもその様子は、昨日自信なさそうにレイラ先生の隣に立っていた少女とは思えない。一日で彼女をこんなに変えたのが僕であったのなら、それは嬉しい。
だから、僕も応えよう。使用する魔力量の多さとか、使い勝手の悪さで迷ったけど、それでも試すだけ試すべきだろう。Aランクの生徒でもほとんど知らないであろう属性。
「サラ……属性は『空間』。最後の詠唱は『座標交換』だ。やれるだけやってみようか」
内容を知っている限りサラに伝えて、指示に移る。
古代属性と名付けられているその属性達は、希少すぎて現代で使える人間はいないと言われている。しかし、知識としてのみ伝えられてきた。そんな魔法だ。その為分かっていないことも多い。使い方も一般の魔法とは違う。そして消費魔力も多いとかいう癖が強すぎる属性達だ。
僕も少ししか知らないけど、その中の一つの『空間』という属性。それが今から試すものだ。
少し離れて、持ってきていた鞄を地面に置く。そして、そこから更に離れた場所に立った。
「指定するのは僕が持ってきた鞄。それと、この今僕が立っている場所。鞄がこの場所に移ったら成功だ。分かった?」
「はい。やってみます」
説明も終わって、僕は適当な場所から見学しよう。
そして、サラが今日何度目かの集中状態に入る。こう見ていると、レイラ先生を思い出す。あの人も魔法に対する集中力はすごかった。サラもその才能はあったのだろう。
詠唱が始まる。
「『第一座標――確定』 『第二座標――確定』 『第一範囲――確定』 『第二範囲――確定』 『属性――空間』」
これは凄い。この段階で既に、指定した場所の空間の歪みのようなものが確認できる。これは当たりかもしれない。サラは苦しそうな顔をしている。疲労もあって制御が難しいのだろう。僕には応援しかできないけど、それでもこれまで頑張ってきたサラなら成功できると信じてる。
「『座標交換』」
最後の詠唱が唱えられると同時に、指定した空間がくり抜かれたかのように消えていく。そして、その後お互いの場所に交換して現れる。一瞬の出来事だったが僕は見逃さなかった。凄い。これが空間魔法。しかも大成功だ。
サラは、息を荒くしてその場に座っている。
「成功……ですか?」
「凄いよ! 大成功だ。まさか、古代属性にだけ適性があるなんて……サラはこの学校の誰よりも才能がある。断言できるよ」
「レンさんのおかげです。私は、指示に従っていただけですから」
「違うよ。サラが頑張ったおかげだ。最後の制御はレイラ先生にだって真似出来ないよ」
そうやって、僕らは称え合った。
その後、疲労困憊だったサラを寮に送り届けてから自室に戻ると、部屋の扉に張り紙があった。
『部屋の移動をお願いします。荷物の移動は既に終わらせておきました』
簡素な文と部屋の鍵。ご丁寧に次の部屋がどこかまで書いてくれている。二日で部屋の移動まで終わらせるなんて早い対応なことで。やっぱりこの学校の格差に対する徹底度はすごい。
指定された部屋まで向かってみると、懐かしい光景が広がっていた。僕も新入生の頃はこんな部屋に住んでいたもんだ。別にボロいとか汚いということはない。とりあえず中に入ってみよう。
鍵を開けて中に入ると室内は前に比べて狭くなっている。そして一部屋に二人分の家具があった。やはり、誰かと共同で使う部屋のようだ。
先住民の姿は見えないので、いないというのならラッキーだ。とそんなことを思っていたけど思うようにはいかないようだ。扉をがちゃがちゃと揺らす音がする。先住民が帰ってきたようだ。僕の存在が伝わっているといいんだけど。
そうして中に入ってきたのは、見覚えのある人物だった。
「あら、あなたが聞いていたルームシェアする生徒ね…………って、あなたあの時の……」
レイラ先生と口論していた金髪の女子生徒だ。最初は優しい顔だったけど、僕だとわかったら少し表情を険しくした。何が癪に触っただろう。もしかして異性であることに驚いたのかな。僕もまさか女の子と一緒の部屋だとは思わなかった。
「君がここに住んでいた生徒? 僕はレン。ここに引っ越すよう言われたんだけど……」
「そうよ。私の名前はレフィア。親しい人は私のことをフィアと呼ぶわ」
レフィア。あの時の会話を聞く限り王女と自分で言っていたし、僕が知っている名前とも一致している。確か第三王女だ。今年の新入生にビッグネームがいるというのは本当だったのか。そして、そんな人と二人で部屋にいる僕は暗殺されたりしないだろうか。
「それと、言いたいのはそんなことじゃなくて。あなた……もしかしてあの人の差し金?」
「あの人?」
「レイラ先生のことよ。あの時、あなたも彼女に用があったんじゃないの?」
そういうことか。確かにそれもあり得るかもしれない。どうにかするって言ってたし、この部屋割りもそれなら納得が行く。
「そうかもしれない。レイラ先生なら部屋割りにも関われるだろうから」
「曖昧な答えね。……まあいいわ。とりあえず仲良くやっていきましょう」
追い出されるような事にはならなさそうでよかった。異性であるという点はあまり気にしていないのかな。まあ、僕にとってはとても好都合な展開だ。レフィアのことを知っていくチャンスだからだ。
レフィアのことをサラに頼まれた以上、僕は何とかしなければいけない。でも今のままチームに誘うのは、レイラ先生との会話を聞く限り難しいだろう。何か事情があるらしいけど、それを聞きだしたり、仲良くなっていけるように頑張っていこう。時間はないと思う。でも、警戒しているだろうしこういうのはゆっくりやっていくべきだ。
「よろしくレフィア。それと、僕のことはレンって呼んで。一緒に暮らして行く以上早く仲良くなりたいしね」
「そうね。私も堅苦しいのは嫌だし気楽にいくわ。よろしくレン」
初めて会った時のあの高貴な雰囲気が今は無くなっていた。おそらくこっちが素の性格なのだろう。何がトリガーになったのかは分からないが、そう接してくれた方が僕としては嬉しい。
こうして僕らの共同生活が始まった。レフィアとサラの関係。もう一人の少女。まだまだ知るべきことはあるけど、何とかやっていけるように思えた。