前編
二話の短編です。
博士は後編に出ます。
『涼子は、明日拝尾山行かないの?』
拝尾山とは、東京都にある観光客が多い事で知られる山であった。
そうして静かに振動した携帯に目をやると、先程まで黒く塗り潰されて平穏であった画面に、そんなメッセージが浮かんできていた。
発信主は、友達の碧理らしい。
私は、その友達の言葉に答えるかどうか少し迷ったが、返事をしなかった場合を考えると返事をせざるを得ない事を思い出した。
仕方無く携帯を手に取って返事をしようとすると、一度暗くなった画面には至極詰まらなそうな顔をした自分がいた。
『私も行きたい!』
私は時間をかけてそう打ち込んだ。
嘘だ。
私は行きたくは無い。
しかし、行かないとは言えなかった。
『涼子なら来てくれると思ったわ(^ ^)』
『じゃあ明日は五人だね〜! 楽しみ!』
『何か、持ち物ある?』
私が答えるとすぐに、いくつもの言葉がポンポンと画面に付け加えられていく。
先程の碧理と、同じグループに属している詩音、葵の順にコメントを発信していた。
その様子を、私はただ黙って眺めていた。
携帯を放り出したいと私が思っているのは、以前彼女の言われた通りに、私が短気であるからかもしれない。
『ねー、おにぎりを山頂で食べたくない? ひゃーくにーんで食べたいなっ!』
『百人もいないけど、それいいね! 涼子、よろしくね?』
そんな言葉を発信したのは葵だった。
相槌を打つ様に、碧理の言葉が浮かぶ。
いつも、こうして話は勝手に進んでいく。
一度、せがまれておにぎりを作ったことがある手前、断りづらいというのもある。
知らずに握りしめていた拳には、薄っすらと爪の跡が赤く刻まれていた。
『何かレジャーシートとか必要くさくない? 山っしょ? そういやウチら山なんて登れるの?』
『 紅音、拝尾山にはリフトがある』
『あ、そうなの? それならウチ、ヒールで大丈夫っしょ』
山なんて登った事の無さそうな紅音に、詩音が知識を補足していた。
私は紅音の言葉に、ヒールとは何を指すのか、一瞬忘れてしまう位の衝撃を受けた。
「く、靴の事だよね……?」
一人しかいない部屋に、そんな言葉が溢れ落ちた。
私は昔から山が好きで、特に近所にある中尾山には良く通っていた。
山頂にヒールを履いた人がいる事も知っているが、それまでに階段が百何段もある事を彼女は知っているのだろうか?
いつも、数段の階段さえ厭う彼女が。
堪らずに、指は文字を打っていた。
『階段が沢山あるから、ヒールはやめた方がいいと思う。拝尾山だって、山なんだから』
拝尾山だって、年に何人もが遭難している山であるのだから。
私は決して、紅音に親切を押し売りしたい訳では無い。
相手を特別に心配している訳でも無い。
それでも、伝えないとならないという衝撃に駆られたのは何故だろうか。
彼女が友達だから?
彼女が何も知らないから?
時々、こうして自分の心が分からなくなる。
『えー、また涼子の説教? 私が何を履いたってあんたにはカンケーないでしょ?』
『そうね、確かに言い過ぎじゃないの?』
『だからいつも、涼子は芋くさーいのよ』
『紅音、JKは芋くさいなんて言わないし』
『ウチ山ガール目指す事にしたからセーフセーフ』
紅音が私の言葉を聞かずに、ヒールで山登りを敢行する姿が目に浮かんだ。
山ガールって……あぁ、私がいつも置いていかれている流行りというものか。
『山ガール? 楽しそう! しかも紅音超ナウい〜。これで山行けば、山デビューできそう』
『葵のナウいも古いわ! で、明日は何を持っていけばいいの?』
『とりあえず、財布を忘れなければok』
結局、彼女達は財布一つで山登りを行うという。
これ以上何か言っても総スカンを食らう未来しか見られない為、最早何も言うまい。
『じゃあ、明日は10時に拝尾山口駅に集合』
碧理の言葉の下には、アニメのキャラクターが「OK」と書かれた看板を持つスタンプが並んでいた。
「明日は、たのしい山登り。ちゃんと準備をしないとね」
誰もいない一人暮らしの家は、こうした私の独り言をただ黙って聞いてくれる。
明日は朝におにぎりを握るために、キッチンにある米の量を確認した。
米の入った袋は、どことなく鄙びた匂いがして少し落ち着く。
使い古した古い計量カップで米を掬っては、炊飯器に放り込む。
「あっ……足りない」
五人で五合と考えていたが、米が一合足りなかった。
「皆でちょっと食べる量を減らせば大丈夫だよね」
独り言を言い続けていると寂しそうに見える事を改めて思い出し、徐にテレビの電源を入れた。
丁度、ニュース番組の企画をやっているようだ。
『拝尾山に来る人々』と銘打たれたその番組は、夜中の拝尾山にいる人々に取材を行っているらしい。
私は、明日のおにぎりの具を作り置きしながら横目で眺めていた。
「なぜ、夜中の拝尾山にいるのですか?」
「そりゃ、ムササビを見るためですよ」
「なぜ、夜中の拝尾山にいるのですか?」
「終電で寝過ごしてしまって……あぁ、いつも毛布は持ち歩いていまして」
「なぜ、夜中の拝尾山に?」
「ちょっと仕事でヘマを……ここって、都会から近いのに夜景が綺麗なんで」
テレビには、次々と様々な境遇、様々なものを山に求める人が現れる。
「色んな人がいるんだね……この時期はもう、山頂は寒いのに」
明日の準備を終えて、そう呟いた言葉に自分ではっと気づき、カイロと毛布を鞄に詰め込んだ。
~~~~~~~~~
9:30には、私は拝尾山口駅の外に着いていた。じりじりと照りつける太陽には、夏程の力強さは無かった。
9:55に、髪をきちんと巻き上げた碧理と、薄手のコートを羽織った詩音が現れた。
「おはよう!涼子はいつも早いね」
「おはよう」
「おはよう、二人とも。そんなこと、ないよ」
碧理の言葉にそう返した私は、しっかり笑えていたと思う。ちゃんとリハーサルを行った甲斐があった。
この前、集合場所に碧理より遅く来た私は、帰るまでそのことを言われ続けた。
それが嫌だったから、早く来ただけだった。
プラスになる評価を稼げるのだったら、それに越したことは無い……こういう場面だけいやに合理的な自分がいた。
10:03に、改札から葵が現れた。
「おっはよー! ごっめーん、遅れた?」
「大丈夫よ、まだ紅音が来てないし」
「葵、3分遅刻。電車くらい調べて」
葵は白い七分袖に黄色のカーディガンを羽織り、長いスカートとブーツまで揃えていた。
これから都会へ遊びに行くと言ってもおかしくない格好だった。
「その……」
『その格好で山に登るの?』という言葉を何とか飲み込んだ私に、葵は眩しい程の笑顔で問いかけた。
「おはよう! 涼子、しっかり例のブツは用意しているよね?」
「ブツ?」
ブツとは何のことだろう?
焦ったくなったのか、葵は私が再度口を開く前に得意げに答えた。
「お・に・ぎ・りだよ! もう、ノリ悪いんだからぁ」
「仕方ないわ、涼子なんだから」
「あ、鈍臭い涼子だったね! なら、仕方ないなぁ。今度から気をつけてよね」
葵の言葉に碧理は追随し、私を窘めた。
あはははと静かな駅に笑い声が響いた。
私も、頬の筋肉を使って口をゆがめた。
10:15 カッカッカッカッと、コンクリートと靴底が当たる小気味の良い音に振り返ると白いベレー帽にセーターを着た紅音がこちらに歩いて来ていた。
赤と緑のチェックのスカートからはすらりとスタイルの良い足が伸びていた。
その足には昨日の宣言通り、ヒールーーそれも、踵が10cmを優に超える程のものを履き、肩に掛かった華奢な紐の下にはウエストポーチより容量の小さそうな鞄が揺れていた。
「ウチ、遅れて参上。みんな早いわー、もう揃ってるの?」
「紅音、遅い。時刻表くらい見て」
「ごめんごめん」
「じゃあ、気を取り直してレッツゴー!」
悪びれる事の無い紅音に、詩音は静かな苛立ちを向けた。
元気の良い葵の号令が、そろそろ秋に差し掛かる青空に弾けた。
そうして、私達は山頂に向けて出発したのだった。
「今日の紅音、気合い入ってんねー」
「葵! 決まってるでしょ?どうよ、この新作秋コーデは!」
「超イケてる! 碧理はどう思う?」
「やっぱり紅音はスタイルがいいわよねー。一体何をどうしたらこんなに腰が細くなるのかしら」
「フフフ、女の身体には秘密が詰まってんの。って、涼子? あんたはどうなのよ」
また、いつもの私以外の空気が読める人々での話かと思い、あまり良く聞いていなかった。
しかし、聞かれる内容は分かる……どうせ、紅音が本日のファッションについて聞いていたのだろう。
「紅音って、センスもいいし、とっても似合っていると思うよ」
若干の友達補正が入っていたとしても、これは私の本音だった。
ただ、服が彼女に似合っている事と、山に似つかわしい事とは別の問題だろう。
「涼子もそう思うでしょ? んー、でも、そんなだっさい格好したあんたに褒められてもねー。あんたとうとう私服まで芋臭くなった?」
「えっ……そう?」
私のこの格好では、褒められても嬉しくないと言う。
私の今日の服装は、鮮やかなオレンジ色の上着と灰色のズボンのレインウェアに、小さめのザックを背負っている山登り用の格好だった。
スッポンに褒められても、月は嬉しくないという意味なのかも知れないが、本日私はお洒落をしに来た訳ではない。
「確かに……もう少しいい服を着ないと、それこそ私達から浮いちゃうじゃない。友達なんだからさ、お洒落しないとね?」
「そ、そ、そうね……?」
碧理は、そう私にアドバイスをしてくれた。
確かに、私はこの五人の中で明らかに浮いてしまっている。
皆にそう見えてしまっているのなら、少し反省すべきなのかもと思い始めた……確かにリフトを使わなくとも私にとってこの山は丘の様なものではあると自分を納得させて。
「あははは、そういえば涼子の格好、山登りのジジババにそっくりー! どこでそんなの売ってるの? ねぇ?」
「あぁ、マウントコールっていうお店で色々買っているんだ。あそこは……」
「そんな事どうでもいいからさ、今日のおにぎりって何味作ってきたの?」
店を聞かれたはずなのに、私の言葉に被せるようにして、葵はおにぎりの具について聞いてきた。
葵は、私の興味の無い話は一切聞いてくれない。
一度その理由を聞いた時には、興味が持てない話なんて聞いても無駄でしょと笑顔で言い切られてしまった。
それが皆の言う普通なのかも知れない……私に対しての姿勢は言わずもがなではあるが。
「ねぇ? 聞こえてる? おにぎりの具はーなーんーでーすーか?」
小首を傾げて無邪気にそう聞く葵は、食事への興味が人一倍強い。
「あ、あぁごめん。今日の具は、おかか昆布と、焼きツナめんたいマヨと、梅干しと、高菜じゃこで、スティック野菜はきゅうりと人参と大根、後はりんごを持って来たよ」
「お、おぉ〜! 焼きツナめんたいマヨが超気になる! ねぇ、山頂着いたらすぐ食べよう? ね?」
葵は目を輝かせて、私の話を聞いてくれた。
少し、自分の努力が報われたようで嬉しかった。
「葵、まだ11時にもなってないじゃないの。山頂に着いてからお昼でしょう」
「え、いいじゃん堅いこと言わないでよー。ほら涼子、プリーズ」
「うぇっ?」
碧理に窘められた葵だったが、空腹に勝てなかったのか歩きながら私の鞄を開いて中を探り出した。斜面を歩いている途中で突然鞄を後ろに引かれた私は素っ頓狂な声を上げて危うく転けそうになったが、何とか体制を立て直すことができた。
「ちょ、ちょっと葵。いきなり……」
「すぐに涼子が出さないから悪いんじゃーん」
私はすぐに葵に抗議をするが、いつもの通りに聞き入れられることはなかった。
「はぐ……モグ……あ、これ焼きツナめんたいだ。超美味しい」
「……」
『それは良かった』と微笑むだけの気力はもう、涼子には残っていなかった。
仲間は『涼子だけ浮いている』と宣うがそれはとんでもない。その五人の中では涼子は浮いているかも知れないが、当然ながら浮いているのは彼女たちだった。今も歩きながらおにぎりを頬張る葵に奇異と迷惑だという視線を向けながら横を掠めていく。
しかし、既に涼子の意識はそこには無く、そんな友達に最低限付き合いながらも植物や野鳥の観察を行っていた。
枝先を跳ねる山雀の姿に絆されながらも、気がつけばリフトまで辿り着いてしまった。
「これがリフト」
「やっぱりボロいわね」
「まぁこんなもんでしょ」
詩音、紅音、碧理の順にそう感想を述べた。因みに葵はにこにこしてリフトに乗れる事を期待している。涼子はこの程度の山道をわざわざお昼代ほどのをかけてリフトで登る事に抵抗を覚え、少し居た堪れない気持ちであったが、ヒールの彼女たちが下手に足を挫くよりも面倒が無いと思い直した。
「うわぁ! ねぇ、木が近いよ碧理!」
「はいはい、葵は無邪気なんだから」
「めっちゃ暑いんですけどー」
各々が感想を述べながらもリフトは進んでいく。ガタン、ガタン、ガタン……。窓先には、色付き始めたカエデの葉が風に煽られて、何百枚もの手を振っていた。しかし、リフトの中からではそこに手を伸ばす事は能わなかった。
「はぁ〜、あっつぅ。これいつまで続くの……」
「紅音、まだ山頂は遠い」
「……この坂を登り切ってから神社を抜けて階段を上ったら山頂だよ」
この計画を立てた紅音にたまらず私は答えてしまった。だから言わんこっちゃないとも思った。
「は? 聞いてないんだけど」
「へっ?」
紅音は突然態度を豹変させ、私に突っかかった。
「確かにねぇ……涼子には説明責任があったんじゃないの? ここ来た事あったの涼子だけでしょ」
「そうだよ! あたしもそんなの知らなかった」
「……な、で、ちが……。……」
碧理はそんな紅音に同調して私を責めた。その口調はあくまで諭すような優しいものであったが、そこには『友達を思う心』しかなかったーーその友達に私は含まれているのかと問えば、「当たり前でしょ」と返されるだけであった。
ずくん、と心が軋んだ音を立てた。
「ウチ、喉乾いたんだけど」
「あっ、さっき涼子の荷物の中に水筒入ってた!」
「ほら涼子、友達が困っているんだから水筒を出しなさい? まだ歩くんでしょ?」
「……」
私はそうして予備で持ってきていたお昼ご飯用の800mlの水筒を差し出す事となった。こんな事もあろうかと水筒を二本持って来ていて良かった。
基本的に私が彼女たちと絡む時はダブルスタンダード以上が望ましいのだ。だから、昨晩はおにぎりの為の米が少ない事が少し気になったのだが……山頂付近には飲食店もあるから、それで間に合わせたいと希望的観測を抱いていた。
紅音はそのまま小さな鞄に私の水筒を詰め込んだ。
「はぁ〜、きっつう。ウチ、もう足が限界」
「アタシもちょっと疲れたなー」
「じゃあ、あそこのベンチでちょっと休んでからいきましょ」
「わかった」
「……」
一休みした後、階段までやっとたどり着いた。長々と続く石造りの階段を見るや否や、紅音は立ち止まって文句を言い始めた。
「えっ? これ登んの? ウチ無理なんだけどー。誰か荷物持ってくんね?」
「私は自分ので手一杯よ。その中の水筒はそもそも涼子のなんだから、涼子に持ってもらえば?」
「……流石に、自分の財布は自分で持ってよ」
またそうして私を使おうとする彼女たちに、流石に付き合いきれないと、私はそう吐き捨てた。
「あー、そうね。任せてどっか無くされたらヤだしねー」
「あははは、たしかにー」
「涼子だし、それがいいと思うわ」
過程はどうであれ、自分で鞄を持つ気になった様で私は少し安心した。しかし、次の瞬間、私の両肩に強い衝撃がかかり、後ろに仰け反りそうになった。
「こうすりゃ良くね? あー楽になったわー。ありがとねー、涼子」
最初、私は自分のされた事を俄かには信じられなかったが、私の鞄には紅音の荷物が突っ込まれたらしい。続けてもう一度衝撃が伝わった。
「ついでにおねがいー」
何と葵も私の鞄に自分のものを入れたらしい。
私たちはそのまま階段を上り始めた。
足取りがいつもの何倍も重くなるのは、決して荷物の重さだけではないだろう。私は何故、ここまでされて私が彼女たちと付き合っているのかを思い返していた。
中学時代、私は、虐められていた。
高校に上がってからそんな私に手を伸ばしてくれたのが彼女たちだったのだ。
「友達になりましょう」
人と触れ合う事すら怖かった私にそう碧理は柔らかく微笑みかけたのだった。
私の扱いは、パシリというものに属している事は重々承知している。しかし、それに目を瞑れば何の問題も無いのではないかと思っているのだ。
また、彼女たちの親とうちの親の仲が良い事も、私が二の足を踏む理由の一つであった。
けれども、『このままで良いのか?』という声が日増しに大きくなっているのも真実であった。私が彼女たちに与えたものと、彼女たちから与えられたものの釣り合いがあまりに取れない……またそうして合理的に、損得勘定だけで判断してしまうのが嫌で、まだそれを実行できなかった。
そんな事を考えていると階段は途切れ、後ろを振り返ると鳥居があった……いつのまにか境内に入っていた様だ。
「涼子、はぁ、速くね? はぁ……マジでJKなん?」
「やっぱり芋ばかり食べてるからかも」
「あはは、芋食いポテ子とかどうかな? ポテ子は芋食べてパワーアップするんだよ!」
「あら、とてもお似合いね」
四人はぺちゃくちゃとお喋りしながらゆっくりと階段を上がりきった。私を軽んじる話題が多いのはデフォルトであるのでもう何も思わない……話のネタになれればそれでいいと自分を納得させる。
少し上がった息も落ち着いたのに、胸の辺りに鈍痛を感じたが、気のせいで片付けた。
「へぇ〜、こんなところに神社があるんだー!」
階段を上りきった葵は感心した風にそう宣った。ここ拝尾山には天狗が祀られた神社がある。初詣の時期は大変混みあうと聞いたことがあった。
「あ、天狗」
「立派……」
「天狗……何か、涼子の目つきって天狗に似てない?」
「あ、たしかに! わかるー」
天狗を見つけた詩音は感心していたが、葵と碧理の二人は私を揶揄い始めた。最早何も言うまい……。
そう思っていると、無理に首を動かされて天狗の方向を見させられた。
「ウチ、涼子がどう思うのか聞いてみたいなー。どう、似てる?」
何の仕返しかは知らないが、少し鬱憤が溜まっていたらしい紅音はそんな絡み方をしてきた。
しかし私は、その立派な石像と私の類似点を見つけることができなかった。
神社を通り抜け、最後の階段を上れば後は頂上へと繋がる緩い坂であった。トイレ休憩を取り、ぼてぼてと歩いていると、山頂が見えてきた。
「あ、あそこお蕎麦屋さんあんじゃん!」
「本当だ」
「ほんとだー! 超おいしそう! ねぇ食べに行かない?」
紅音が見つけた老舗の蕎麦屋は、山頂付近にある有名な店であった。葵はすぐに興味を持ち、走って食べに行かんとせんばかりであった。
「ちょっと待ちなさいよ」
そんな葵を止めたのは、少し疲労の色もある碧理であった。碧理は葵の肩に手を置いて何やら囁くと、葵は納得したように手をぽんと打った。そして、いやにいい笑顔でこちらに向き直り、こう言い放った。
「ねぇ涼子、あたしたち、そこの蕎麦屋さんでご飯食べてくるからさ、先に山頂で場所取っておいてくれない?」
「……はぁ?」
私はすぐに言っている意味が分からず、思わず聞き返してしまった。
「だから、あたしらが食べている間に一番良いとこに場所取りしておいてっつってるの。何度も言わせんなし」
葵に便乗する様に紅音は鬱陶しそうにそう言った。
「……私のおにぎりは?」
「そんなの後でいいじゃない」
丹精込めたおにぎりは、碧理の一言ですげなく切り捨てられた。
「……だったら、私もいっしょに」
「えーだからさ、場所取ってよ。なんで言うこと聞いてくれないの?」
同行は、葵に笑顔で拒否された。
「……私は、私は……ともだちじゃないの?」
気がつけばそんな言葉が口から出ていた。友達って、一緒に手を繋いで、一緒におにぎりを食べて、一緒に笑い合うものではなかったのか……あの歌の様に。
「うっさいわ。あんたは黙って場所取りしてりゃいいんだよ! トモダチだったらそれ位は当たり前っしょ!」
紅音はその言葉とともに私を突き飛ばした。私はもんどりうって足を絡ませて無様に転び、地面にうつ伏せになった。足を少し捻った様な感覚があったが、幸い踝まである山靴を履いていた為、そこまでひどくはなっていない様であった。
「ほら、早く返しなさいよ。いつまで持っているつもりなの?」
碧理の言葉を契機に転んだ私の荷物から、二人が入れた荷物を抜き取った葵と紅音は、足早に蕎麦屋へ向かって行った。
「……」
詩音が唯一人こちらを見ていたが、葵に腕を引かれて連れられていった。
「……やっぱり、人と付き合うのはうまくいかないや」
開かれた鞄の口を閉めながらそう独言た私は、そのまま山頂へと足を向けた。
秋晴れの山頂には多くの人が屯していた。憎たらしい程良く晴れた空から続く山並みの奥には、富士山の白嶺が静かに見守っていた。
何もやる気が無かった私に、その空白を埋める様に先程の頼み事が滲み出してきた。しかし、それに素直に従う程、私は純粋でも献身的でも阿呆でも心無くも無かった。しかし、私の視線はどこか座れそうな場所を探していた。
私には、縋るものがそれしかなかった。私は自分の唯一の居場所を握り潰せる程、強くも無かった……それを分かって尚、あれだけの事を言ってのけるのならば、彼女らには悪女の才があると認めざるを得ない。
『トモダチになりましょ?』
その言葉の意味がよく分からなくなった。
やっと座れた場所は喧騒の只中で、とてもでないが心が落ち着ける場所では無かった。右隣には老夫婦が、左隣には親子連れが来ており、彼等が共に笑い合っているのがただただ眩しかった。
羨ましいと感じた自分がまた寂しくなった。
とりあえず鞄を開いてお昼ご飯に作ったおにぎりを見ると、ふっくら握った米粒は見るも無残に潰され、べちゃりとしたご飯粒の塊と形容されるべきものとなっていた。
理由は明白……葵と紅音が突っ込んだ荷物が、鞄の一番上にあったおにぎりを押しつぶしたのだろう。
付け合わせの野菜と、梅干しのおにぎりを一つ食べただけでお腹が一杯になってしまった……体はまだ食べたいというのに胃がその量を受け付けない。
泣くのも癪で、涙さえ出せない自分が嫌になった。
「おっまたせー! 待ったー?」
暫くすると、突然元気の良い声を掛けられた。
俯いていた顔を上げれば、葵がこちらに向かって手を振っていた。
涼子:主人公。登山が好きで、よく個人で山に登る。
碧理:グループのボス。
詩音:会話が単語の羅列。
葵:元気と食いしん坊をアピールする女子。
紅音:空気を読まないお洒落女子。
どんな山であれ、このお話の方々の様な軽装で行くと、マジ危ないです。死ぬかも知れません。
山はちゃんと準備してから登ってね!