婚約者
ほどなくヒュージ・サラマンダーとゴブリンの死骸は消滅。
契約が切れ、もといた場所へ還ったのだ。後には赤黒い石が残されていた。
「ヒャッハー、魔石ですわーっ! いやーん、大きいーっ!!」
アリアは喜び勇んで魔石を拾い出し、革袋に詰めていく。
途中の階層で集めた分も合わせると袋の中は魔石でいっぱいになった。
「ご覧になって、殿下! 数も質も文句なし! やっぱり未踏破迷宮は最高ですわ! みんなで山分けしても一財産ですわよ!!」
「……君、この状況で他に言うことないの? ご無事でよかったですわ~、とかさ?」
ポケトがぼやく。
人間の姿に戻っており、地べたに座り込んでエリゼの手当を受けている。
「殿下が吐き出された時、見た目はお肉のままでしたわ。スキルが持続されているなら大したダメージはないと踏みましたのよ」
ぴんと立てた人差し指を振り回すアリア。
悪びれるどころか、むしろ得意気であった。
エリゼはかぶりを振った。
「さすがはお姉様。冷静で正しい判断です。わたしにはとても真似できません」
「ふふん、そうでしょうとも! まあ、わたくしこと戦いに関しては――」
「恋人に対する態度としては少々ストロングスタイルに過ぎると思いますが」
「――えっ? なんに対する態度ですって?」
きょとんとした顔でアリアは見返す。
エリゼは静かに繰り返した。
「恋人と申し上げました」
「誰が誰の恋人ですの?」
「殿下がお姉様の恋人です。お二人は好き合っているのですから、恋人ですよね?」
アリアとポケトはちらりと視線を交わす。
「お、おほほほ! エリゼ、確かにわたくしと殿下は――」
「婚約者だけど、別に恋人じゃない。特に好きでもない。家同士の取り決めだから仕方なく結婚する。そういうことでしょうか?」
淡々とした、しかしいつになく鋭い舌鋒。
思いがけない責めを受け、アリアはうろたえてしまう。
「いっ? い、いや、まあそれは……ねぇ、殿下?」
「僕はアリアもエリゼも好きだよ。どちらも僕の大切な仲間さっ!」
「あっ、ずるいっ! 一人だけそんな耳障りのいいセリフに逃げ込むのは卑怯ですわっ!! 大体、あなた昔っから」
「愛していると、言ってください!!」
血を吐くような叫び。
普段の控えめなエリゼからは想像もつかないような絶叫だった。
驚きのあまり、アリアとポケトは硬直してしまう。
「ご、ごめんなさい! でもどうしても確かめたいんです。お姉様達がいなくなってしまう前に」
彼らの探索行は今回が最後であった。
三か月後にはアリアとポケトは学園を卒業するのだ。
エリゼだけを残して。
「お姉様も殿下も……自分達は愛し合っている、だから結婚するのだと言ってください! でないと、わたし……っ!!」
吐露された想いは痛いほどに真摯だった。
恋愛経験の少ないアリアも取り違えることはなかった。
「エリゼ、あなた……殿下を好きなのね?」
「……はい」
消え入るような声でエリゼは答えた。
気まずそうな様子からして、ポケトは彼女の想いに薄々気付いていたらしい。
ゆっくりとうなずき――アリアのテンションは爆上げとなった。
「まああああっ、本当にぃ!? ラブ! 麗しきラブの波動ですのね!? きゃああああっ、うそうそ、いつから? いつから好きですのっ!?」
食いつかんばかりの勢いに、エリゼは目を白黒させた。
「えっ!? あ、あの……夏のお祭りの時に偶然、殿下と一緒になって……」
「殿下とわたくしが人混みではぐれてしまった時ですわね。あらあら、わたくしに隠していましたのね? このこっそりデブ!」
「い、いや、別にいいだろ! 本当にただの偶然だったんだよ!」
慌てて言い訳をするポケトをアリアは軽くあしらった。
「はいはい、そうでしょうとも。で、他には?」
「わたしが街でならず者にからまれているところを身を呈してかばってくださったこともありました」
「殿下はちょっとやそっと殴られても平気ですものね。盾役ですから。デブだから」
「アリア、そこ言い直す必要あるかな?」
ポケトは買い食いの為に出向いた下町でエリゼと遭遇したらしい。
「お礼にわたしが作ったクッキーを美味しそうに召し上がってくださって」
「餌付け! いいですわね、殿下にはクリティカルですわ。いやしいデブには餌を与えよって言いますものね。鞭でしばけば芸も仕込めますわ、きっと」
「ちょ、言い方っ! 僕、一応王族なんだよ?」
抗議は完全スルー。
思いがけなくはじまった恋バナにアリアはもう夢中だった。
熱血格闘タイプではあるが、やはり若き女子なのだ。
「舞踏会の時も殿下は会場を抜け出して、裏庭でわたしと踊ってくださったんです」
「あの会は貴族限定でしたものね。途中で姿が見えなくなったと思ったら、裏庭で華麗なステップをキメていたなんて、とんだおすましデブですわ。もう語尾にデブってつけて欲しいくらいデブーっ!」
「語尾とか関係なくない?」
一通り聞き終え、アリアはすっかり得心したようだ。
「なるほど、なるほど。話はすべて聞かせていただきましたわ!」
「なんで陰からこっそり聞いていた風にまとめるの?」
「黙らっしゃい! これは全部、殿下の責任ですわよ!! ギルティですわ!!」
「えっ、僕!?」
「あなた全力でエリゼを口説きにかかっているじゃありませんか。ブタはしょっちゅう発情するって話、本当でしたのね」
「だから誤解だよ! てか、言い方どうにかしてよ、ホントに!!」
ポケトは婚約者が可愛がっている後輩に親切にしようと努めただけらしい。
それにエリゼがほだされてしまったのだ。
「はいはい、ならうっかりデブだったデブ~、ということにしておきましょう」
「意味がわからないよ! うっかりデブってなにデブ!?」
エリゼがおずおずと口を挟む。
「お姉様……お怒りにならないのですか……?」
「そうね、まあ、驚きはしましたわ。惚れたはれたは自分でどうにかできることじゃないと聞きますが」
ちらりとポケトを横目で見て、
「よりによって、この――いえ、その、殿下も顔の中心だけにフォーカスすればそこそこイケてると言えなくもないですわよね、人によっては。おほほほ!!」
「いっぺん不敬罪で逮捕した方が君の為かもって気がしてきたよ」
幼馴染みならではの気安さであった。
アリアも人目のあるところで臣下としての礼を失することはないのだが、場所が場所だ。
「とにかく、この話はもうやめよう。しても意味がないよ」
「あら、どうしてですの? 乙女に恋バナを打ち切らせるなら、相応の説明をしていただきたいですわ」
ため息をつくとポケトは表情を改めた。
「――アリアントージュ。君は伯爵令嬢とは名ばかりの立場だ。もちろん、君のせいではないけれど」
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