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迷宮の核

 ウララカ王国は別名、迷宮王国と呼ばれている。

 領内では数多の迷宮が生成と消滅を繰り返しており、冒険者を生業とする者も多かった。


 歴史を紐解けば、初代国王も冒険者であったらしい。

 彼は仲間と共に伝説の大迷宮を踏破し、莫大な宝物を得てウララカを建国した――と伝えられている。

 

 故にウララカ貴族にとって迷宮探索はたしなみであり、伝統的な通過儀礼にもなっていた。




   □




 迷宮の最深部には幾つもの扉が存在していた。

 どれも似たような形であり、目前の扉にも特別なところは見当たらない。


 だが、正解の扉は一つだけ。

 

 間違った扉を開くと別の階層へ飛ばされ、魔物の群れと戦う羽目になってしまう。迷宮ではおなじみのトラップであった。


 小柄な少女は慎重な手つきで扉の表面を撫でていた。

 手を止め、二人の仲間を振り返る。


「たぶん、ここです。この扉だと思います」

「やったー、ついに見つけたんだね! さすがエリゼだなぁ!」


 ぽってり太った青年は相好を崩した。

 逆にエリゼと呼ばれた少女は急にうろたえた様子になってしまう。


「い、いえ、あのポケト殿下。たぶん、そうじゃないかとわたしが思っただけで……もし間違っていたら、ごめんなさいっ!」


 エリゼはもともと控え目な性格だが、それだけではない。

 相手の青年はウララカ王国の第四王子、ポケト・アル・マタリなのだ。平民のエリゼが恐縮するのも無理からぬことである。


 怯えたような態度が気に障るのか、もう一人の仲間――アリアは眉をしかめた。


「エリゼ、また背中が丸まってますわ。それと、むやみに謝るのはおよしなさい」

「で、でもアリアお姉様――」

「お黙り!」


 ふっと表情を和らげ、アリアは一つ年下の少女に微笑みかける。

 エリゼは魔法の才能が認められ、特待生としてウララカ王立学園へ入学した才女だった。経験が足りないだけで、実力は折り紙つきなのだ。


「わたくし達はあなたを信頼していますわ。だから胸を張ってしゃんとなさい、エリゼ・ラオハ」

「お姉様……」

「そうだね。ここまでエリゼのおかげで余計な戦闘を回避できている。もし間違ったとしても気にすることはないさ!」

「はい、殿下……!」


 深呼吸を一つした後、エリゼは呪文を唱える。

 扉の表面に複雑な紋様が浮かんだ。ほどなく魔術錠が解放され、わずかに生じた隙間から内部の空気が流れ出てきた。


 扉がゆっくりと開いていく。幸いにもトラップの発動はなかった。

 向こう側は広々とした洞窟になっているようだ。

 静謐で恐ろしく澄んだ大気。

 太陽とは真逆の膨大な力の気配が洞窟内に満ちていた。


「ふふん、ビンゴですわね!」

「はあ、よかった……って、ひゃあっ!?」


 ほっと脱力した瞬間に背後から抱きつかれ、エリゼは小さく叫ぶ。

 抱きついたアリアの方はすっかりご満悦だ。


「さっすがエリゼですわ! あたくしが目をかけてきただけのことはありますわね!」

「あ、あのお姉様! 殿下が、殿下が見ていますから……」

「よしよし、ベリー優秀! ナイス可愛い!! んー、マジ尊い娘ですわ~っ!!」


 キスしかねない勢いでエリゼをなで回し、頬ずりするアリア。

 ポケトは「あはははは! 本当に仲良しだね、君達!」とお気楽そうに笑う。


「御覧なさいな、あの鮮烈なきらめき! 間違いなく、わたくし達が一番乗りですわよ!!」


 アリアは洞窟中央にある盛り上がった岩盤を指差す。

 岩の間に力強く輝く半透明の塊があった。


「うん、迷宮の核だね! 濁りのなさから見て、確かにまだ誰も施術してないみたいだ」


 迷宮の核とは惑星を循環する地脈――エーテルが結晶化したものだ。

 ほとんどの場合、核は迷宮最深部のどこかに隠されている。

 

 迷宮の核を触媒に特殊な召喚術を行使すると宝物が出現する。何が出るかは運任せの部分もあるが、初回の施術ではより希少なアイテムを得られる確率が高い。

 

 冒険者達が探索を行う理由はこの宝物召喚だった。

 迷宮の踏破(クリア)とは、核を見つけ出し、宝物召喚を行うことを指しているのだ。


「うふふふ、今回はどんなお宝を頂けるかしら? 新品未使用ですもの、すっごいのが期待できますわね! もう、すっごいのがっ!!」

「アリアは色々がっつき過ぎだよ。君がそんな調子だから僕らウララカの悪玉トリオとか迷宮荒らしの三悪人とか呼ばれちゃうんだよ」


 三人は本職の冒険者達を差し置き、未踏破迷宮を何度もクリアしている。

 アリアは遠慮なく成功を祝い、喧伝し、ことあるごとに仲間を誇った。開けっ広げな性格なのだ。


 彼らが優秀なパーティであればこそだが、出し抜かれた冒険者達は当然面白くない。そもそもアリア達はまだ王立学園に通う学生である。

 

 生活がかかっている者にしてみれば、貴族の子弟に食い扶持を荒らされている格好だ。お陰で称賛と同時により多くの悪評を集めてしまっているのだ。


 またアリアの場合、大人びた派手な風貌と物怖じしない態度が拍車をかけている。

 早い話、高慢に見えるのだ。


「風評被害だよねー。僕やエリゼはつき合わされているだけなのに」

「うっ! そ、それはまあ……いいじゃありませんの、ちょびっとくらい」

「ちょびっとって、ほぼ毎週探索に出ているじゃないか」

「あら、わたくしが本気になったら毎日になりますわよ。むしろ迷宮メインで生活することになりますが?」

「なりますが、じゃないよ。帰宅したら子供にいらっしゃいませ! とか言われちゃうお父さんのパターンでしょ、それ」


 さすがにエリゼも苦笑を浮かべている。


「お姉様、私も毎日は無理じゃないかと……」

「それは違いますわ、エリゼ。きつい仕事を無理と言ってやめてしまうと本当に無理になる。ですが、無理でも死ぬ気で続ければ、それは無理ではなくなりますのよ! そうでしょ? だって、できているんだからっ!!」

「え、えっと……そ、そうなんでしょうか殿下?」

「いやいや、ブラックパーティ過ぎでしょ。君、僕ら殺す気なの?」


 言いながら、ポケトは先頭に立って洞窟へ足を踏み入れた。

 アリアとエリゼが後に続く。


 後方で勝手に扉が閉じた。ずううん、と重々しい音が響く。


「とにかく、もう食べ物もないからね。お腹が空く前に帰ろうよ」

「殿下がぱくぱく糧食を召し上がってしまうからじゃありませんの。迷宮探索から太って帰る冒険者がどこにいますの?」

「いるよ、ここに!」


 にこーっと笑うポケト。

 

 アリアは大仰にため息をつくと、掌に拳を軽く叩きつけた。

 使い込まれた手甲ががしゃりと鳴る。拳闘士の奥義を極めた女性は王国の中でも彼女だけだ。


「いつか殿下のぷよぷよボディに節制という概念を叩きこんで差し上げますわ」

「それこそ無理じゃないかなぁ。僕、打撃は効かないよ。脂肪が厚いからね」


 ポケトは大柄な図体に鎧をまとった重装戦士だ。

 分厚い盾から剣呑なスパイクが突き出ており、攻守両用の武具になっていた。


「――術式、発動中……ゲートが開きます!!」


 エリゼが警告を飛ばす。

 彼女は魔術士ではあるが、攻撃系の呪文は使えない。逆に言えば攻撃以外はほとんどできる。回復、魔術的な仕掛けの発見や操作、罠や魔物の探知など、エリゼは迷宮攻略の要だった。

 

「これは……お、大きい!? かなり大きな魔物が喚ばれているようです!」

 

 いつの間にか、洞窟には異様な気配が満ちていた。

 低い地鳴りが急速に高まっていく。


「きます!! お二人とも、ご用心を!」

 

 衝撃音が轟く。

 迷宮最後の関門――ボスモンスターが出現した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 新連載キターーーー!!!! これは面白そうですね!! 続きが楽しみです!
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