表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

けじめ

 ウララカ王立学園の宿舎裏には小庭園がある。

 花が咲き乱れる季節はもう少し先であり、今は閑散としていた。


「……」


 東屋の長椅子にエリゼはぽつんと座っていた。

 三人でよく過ごした想い出の庭園にはもう見るべきものもなく、ただ空虚さだけが漂っている。

 ぼんやりしているうちに日が傾き、身体が冷えて来た。

 そろそろ宿舎へ戻らなくてはならない。

 

 立ち上がって東屋から歩み出ると、後ろから声をかけられた。


「また背中が丸まってますわよ。胸を張ってしゃんとなさい、エリゼ・ラオハ」

「――っ!!」


 ぎくりと身体が震えた。

 足を止め、ぎこちなく振り返る。まるで関節が錆び付いてしまったかのようだ。

 伏せた視線をゆっくりと上げていく。


「あ、ああ……っ!」


 アリアントージュ・エル・ザイドリィ。

 二ヶ月前、迷宮内で行方不明となった伯爵令嬢が東屋の中に立っていた。


「ふん。何ですの、亡霊と出くわしたような顔をして。わたくし、ちゃんと生きて――」

「あっ、ああ……あああーっ!!!」


 いつ走り寄ったのか、覚えていない。

 二人がもつれ合い、転んでしまったことさえ、認識の外だった。

 エリゼはアリアの胸に顔を埋め、幼子のように号泣する。


「うああああ、ああぅ……っ、わあああああっ!!」

「わっ、ちょっ! あなた、落ち着きなさい。レディが」

「お姉様っ!! お姉様ぁーっ!!」


 なだめる声の懐かしい響き。

 切なさをかき立てられ、エリゼはますます感情を昂ぶらせてしまう。


「お姉様……お姉様、おねぇさ……あああ、わあううう……っ!」


 次から次へと涙が溢れ、止まらない。

 アリアは口を閉ざし、ただ優しくエリゼの背を撫でていた。

 しゃくり上げながらエリゼは謝罪の言葉を絞り出す。


「ご、ごべんなざい、ごべんなざい……っ、わたし、わたしがぁ……っ!」

「わかってますわ。わかってますから、落ち着いて――ん?」


 アリアは眉をしかめた。

 庭園の植え込みの向こうに人影を認めたのだ。


「のぞき見とは悪趣味なデブですこと。でかい腹が隠せてませんわよ、殿下」

「……相変わらず口が悪いねぇ。どうやら本物のアリアみたいだ」


 姿を現したのは、やはりポケトであった。

 ポケトは二人の傍までやって来ると東屋の床にどっかり腰を下ろす。

 ぱんと己の太ももを叩き、ポケトは破顔した。


「いやー、二ヶ月ぶりだね、アリア! 無事、帰って来れてよかった!」

「殿下もご壮健そうで何よりですわ。でもわたくし、帰って来たわけじゃありませんの」

「え……っ? お、おねえざば……!?」

「あーもう、いい加減泣くのはおやめなさいな。ほら、鼻をかんで」


 アリアはハンカチを差し出す。

 ようやくエリゼも落ち着きを取り戻し始めた。

 

「お姉様……わ、わたしが……わたしのせいで……」

「落ち着いて、エリゼ。ちゃんとわかってますから、大丈夫」


 ナルアーは嘘をついていない。

 エリゼはアリアがどこか遠くへ行ってしまうことを願った。

 ウララカ王国からいなくなることを願った。

 もちろん悪意から排除をもくろんだのではない。


「ザイドリィ伯爵家の義務からわたくしを解放するのがあなたの望みだったのね」


 王族から婿を迎え、子を産み、爵位を継承する。

 賢明な生き方だ。周囲がザイドリィ伯爵令嬢に期待した生き方だ。

 きっとアリアは上手くやれただろう。

 優しい夫と子供に囲まれ、貴族として何不自由なく暮らす。

 端から見れば幸せそのもの、人から羨まれるような人生を送れたはずだ。


「でもそれは、わたくしの生き方ではなかった。わたくしが望んでいたのは――冒険の日々ですもの」


 迷宮の中に己の人生を見つけたと思った。

 危険をいとわず突き進み、事を成した後の達成感。

 アリアに必要なのはそれだった。

 

 直感に従うべきだったのだ。


 既定路線を守っていたら波風は立たなかっただろう。

 代わりにアリアの心は少しずつ腐ってしまったはずだ。


「……君が決めたことに他人が異を唱えるのは、お節介が過ぎるかも知れない。でも、エリゼにはとても耐えられなかったんだよ。彼女は君に特別な想いを抱いているからね」


 王立学園に在籍している生徒のほぼ全員が貴族の子弟だ。

 突出した才能にも関わらず、平民のエリゼとまともにつき合ってくれる者はいなかった。


 迫害、侮辱、陰口、無視。

 

 憧れていた学園の風景はいつしか色彩を失い、陰鬱で息苦しいだけの場所になっていた。進級課題として迷宮探索が出た際も、クラスメートは誰もエリゼを仲間にしてくれなかった。


 未経験の上、攻撃能力のないエリゼが一人でクリアできるはずがない。絶望しかけた時、派手な容貌の上級生が突然、エリゼの教室に乗り込んで来たのだ。


『エリゼ・ラオハね? とても優秀な魔術士と聞いてますわ。あなた、わたくしのパーティにお入りなさいな!』


 戸惑いながらもエリゼは名を問い返す。

 相手はにんまり笑い、『アリアントージュ・エル・ザイドリィですわ!』と誇らしげに告げた。

 

 半ば強引に手を引かれ、エリゼの世界は変わった。

 アリアの鮮やかな生き様を目の当たりにし、萎れていた心が蘇ったのだ。


「だから嫌だった。お、お姉様にはしたいことをして欲しかった……大人ぶって諦めて欲しくなかった。そんなお姉様は見たくなかったんです……っ!!」

「ありがとう、エリゼ。確かに()()()なかったですわね。自分のことですのに、あなたに教えられるなんてね」


 エリゼの瞳に再び涙が溢れた。

 迷宮でアリアが本当に行方不明になってしまった後、エリゼはひどく落ち込んだ。ポケトの慰めは功を奏さず、なかなか立ち直れなかった。


「僕も君も言い出せなかったことをエリゼが言ってくれた。ありがたい話だよ」

「そうですわね。結局、最初からわたくしの意思は明確だったのです。ですから、殿下」

「うん……本当にいいんだね?」

「もちろんですわ。ご先祖様には申し訳ありませんが、けじめの問題ですから」

「よし、わかった」


 姿勢を正し、ポケトは穏やかに告げた。


「アリアントージュ・エル・ザイドリィ。僕と君との婚約は破棄にしよう」

「はい、殿下」


 公式には未だアリアは行方不明のままだ。

 後継者がいない以上、ザイドリィ伯爵家は取り潰し。アリアは貴族ではなくなる。すべて承知した上での決断であった。


「本当はもうちょっと早く顔を出すつもりでしたが、忙しくて。今回は仕事が近くであったものですから」

「仕事? 迷宮探索かい?」

「いいえ、その……実は天使を少々」


 クリアした任務は既に五件。アリアは御使いを続けているのだ。

 これにはフェリナの事情も絡んでいた。


『わたし、何でもします! だから姫様にお仕えさせてくださいっ!』


 キンドレィ焼滅後、必死の形相ですがってきたフェリナ。

 奴隷である彼女はバルドの遺産だ。本人がどう言おうが、相続人に無断で連れ帰ることは許されない。

 しかし禁域は人間の法など及ばない場所である。

 

 結局、ナルアーにかなえてもらう願い事は〝しもべを辞める〟ではなく〝フェリナを禁域に連れ帰る〟ことになったのだ。

 

 実際のところ、迷宮探索も御使いの任務もアリアにとってはさほど変わらない。

 どちらも危険でやりがいのある仕事であった。


「天使だって?」ぽかんとするポケト。

「じゃあ、あの時頭に響いた声は……まさか、ほ、本物の神様……!?」


 驚きのあまりか、エリゼの涙は引っ込んでしまった。

 事実ではあるのだが、突拍子もなく聞こえてしまうのは仕方がない。

 

「天使と言っても役割がそうなだけで、わたくしはわたくしのままですの。お陰で何度も死にかけましたわ」

「ええっ!? 神様なのに職場はブラックなのかい!?」

「だ、大丈夫なんですか、お姉様……!? 早く足を洗った方がいいんじゃ……?」


 まるで犯罪組織からの足抜けを勧めるがごとき言いようであった。

 一理あるだけにアリアは苦笑してしまう。


「ああ、まあ――確かに色々アレな職場ですけども。性には合ってますのよ、困ったことにね!」


 それ以上詳しく説明する暇はなかった。

 宿舎の向こうから何者かの話し声が近付いて来たのだ。


「しまった、今日は造園業者が来るんだった! まずいよ、アリア!」


 ウララカ国王は国軍にアリアの捜索を命じている。

 ちゃっかり学園に姿を見せていたと知れたら、大問題だ。

 下手すれば反逆罪に問われてしまう。


「ですわね。わたくしが捕まることはないでしょうが、殿下やエリゼに累が及んでは困りますし」


 ぎゅっとエリゼを抱き締め、アリアはささやく。


「お別れですわ。殿下と仲良くね」

「お、お姉様……っ!」

「しっかりおやりなさい。胸を張って、堂々とすれば大丈夫。わたくしが保証しますわ」


 エリゼはパーティの一員として迷宮踏破の場数を踏んでいる。

 学内でも一目置かれるようになっており、入学当初のような目には遭わないはずだ。


 独り立ちする時が来たのである。


 立ち上がり、アリアは一礼した。

 伯爵令嬢にふさわしい、気品にあふれた所作だった。


「では、ごきげんよう。ほとぼりが冷めたらまたこっそり立ち寄りますわ。二人とも元気で!」


 現れた時と同じように去る時も突然であった。

 鮮烈な笑顔だけを残し、アリアはウララカ王国に別れを告げた。

 彼女はもう駆け出しているのだ。

 

 心から焦がれていた、冒険の日々へ。

読了ありがとうございました!

以上で追放令嬢が天使になるまでの物語は終了です。


区切りもいいことですし、この辺でブクマとか! ポイントとか! 感想とか! レビューとか! いかがでしょうか、お客様!


以降は天使となったアリアの活躍を描いていくつもりです。

公開日が決まりましたら、活動報告で告知致します。よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いいお話でした。 置かれた場所で咲けとの言葉もありますが、自分に合ったところが一番ですよね。
[一言] 第二話完結おめでとうございます!! なるほど、そういうことだったのですね! 諸々腑に落ちました! 凄く良い終わり方でした! 第三話もゆっくりお待ちしてます♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ