最大火力
スキルの効果範囲にはこの場の全員が入っているはずだ。
よほど想定外だったのか、キンドレィは地団駄を踏み、憤った。
『ぬうう、馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ! リトライである! 強奪吸魂波っ!!』
上腕二頭筋を見せつけるポージング。
フロント・ダブル・バイセップスであった。青黒い波紋が広がる!
『メギャアアアアーッ!?』
さらに魂を奪われ、バルドが絶叫を上げた。
避難民達は息を飲む。
『むっ!? ミスったであるか? ええい、リトライ!』
横向きになり、胸を強調するポージング。
サイド・チェストであった。青黒い波紋が広がる!
『ギョガアアアアーッ!?』
なけなしの魂をさらに削られ、苦悶に身をよじるバルド。
避難民達は無事だった。
『惜しい! リトライィィッ!』
後ろ向きになり、背中を見せつけるポージング。
バック・ダブル・バイセップスであった。青黒い波紋が広がる!
『ウオアアッ!?』
搾り滓がさら搾られ、バルドの髪は白くなり、肌は干からびた。
避難民達には何も起きていない。
『リットラァァァァァイッ!』
腹の前で拳を合わせ、上半身の筋肉を強調するポージング。
モスト・マスキュラーであった。青黒い波紋が広がる!
『ゴガ……アア、ア……ア!』
朽ち木のように倒れ、バルドは砕け散った。
魂も生命力も完全に搾り取られては屍鬼であっても滅びるしかない。
避難民達は戸惑いの視線を交わすばかりだった。
『はぁ、はぁ、はぁっ! な、何故だ……我が輩のポージングは完璧! であるのに、スキルが無効化されておる!! こ、これでは、まるで……!?』
理解不能の状況にキンドレィは怯えすら浮かべている。
さまよう視線がフェリナを捉えた。何事か気付いたのか、かっと眼が見開かれる。
『お、おぞましい銀の髪に不吉な金の瞳……!! そうか、小娘……貴様は忌まわしきダリアの血縁であるなっ!?』
不浄な力を祓う聖女ダリアの常時発動スキル。
これがバルドのスキルに呼応して発動し、フェリナの周囲に不可侵の〝聖域〟を形成していたらしい。
『やってくれたな、幼女の分際で! 大人を虚仮にしおってぇぇぇっ、いけませぇぇぇん、であるっ!!』
「え……ええ!? なに……!?」
糾弾されてもフェリナは混乱するばかりだ。
姓すら持たない奴隷の身で己のルーツなど知っているはずもない。
足を踏み出し、キンドレィは酔ったように上体をぐらつかせた。
『ぐううう、スキルを使い過ぎたか……! だが我が無敵のマッスルを持ってすれば、幼女の一人や二人ぃ!!』
「させると思いまして? あなたの暑苦しさにはもううんざりですわ……!!」
やっと立ち上がり、アリアは身構える。
蓄積された疲労とダメージは隠しようもなかった。
『フ、フハハハハ!! 何度やっても無駄である!! 貴様の炎なぞ、我が輩には――』
「わたくし、先ほど最大火力と申し上げましたが」
『ああ?』
「あれは嘘ですわ」
両手の肘から先が炎を纏った。
火炎は赤から黄、そして白から蒼へ激しく揺らめきながら変色していく。
「あなたは屍鬼による飽和攻撃のみで、わたくしをすり潰すべきでした。のこのこ出て来たのが間違いですわ!!」
燃えさかる炎は美しく輝く軌跡を描き、キンドレィに襲いかかる。
確かに見切ったはずの打撃は、しかしモーションの途中で急加速し、捕捉を許さない。
『ぬっ、は、速過ぎるっ!?』
両拳を交互に叩き付ける猛烈なラッシュ。
ただの殴打ではなかった。打たれる度に術紋が肉体に焼き刻まれ、四肢の自由を奪っていく。
キンドレィは強制的に磔の姿勢にされてしまった。
「ふふん、いい格好になりましたわねぇ。では、わたくしの最大火力……たっぷりと味合わせて差し上げますわっ!!」
『ぐぬう……っ!!』
指一本動かせず、キンドレィは眼を見開く。
アリアから放たれる、重苦しく強大な圧。今まで見えていたのは、彼女が秘めた力のほんの一部だったらしい。
これは無理だ。これにはとてもかなわない、とキンドレィは直感した。
存在の桁、スケールそのものが違う。
不死の我が身さえ滅ぼされかねない。脂汗が額に浮かぶ。
『わ、わかった! 無念ながら敗北を認めよう。捕虜として名誉ある扱いを――』
「おほほほほ、聞こえませんわねぇーっ? てか、却下ですわ」
『なにぃっ!? 紳士が頭を下げておるのだぞ、貴様っ!!』
「喧嘩は先手必勝、勝者総取りが世の習い! ひとたび斬り結んだ相手を許すほど、ザイドリィは甘くありませんわよっ!!」
凶暴な笑みを浮かべながらアリアは掌に拳を叩き付けた。
細い肢体が禍々しい燐光を帯びる。
『待て待て待て! うむ、貴様の気持ちもわかるぞ。確かに壮絶な戦いであった……しかし終焉すればノーサイドである!! 勝者があるのはひとえに敗者が存在するからに他ならない。自ずと両者の間には敬意があるべきであろう。そも、勝ち負けは結果に過ぎず、本質ではないのだ。互いに全力を出し切り、人間的に成長することこそが――』
「来たれ焔の祭壇っ!! 原初にして終焉の劫火により我が敵を殲滅せよ!!」
大音響が轟く。スキル発動のトリガーが引かれたのだ。
キンドレィの周囲に強固な魔力障壁が張り巡らされていく。
『って、聞け脳筋女! 我が輩がせっかくいい話をしておるのだぞ!』
「やっかましいですわ、この負け犬! 落ちぶれ男爵の分際でわたくしに教えを説こうなどど、僭越の極みと知るがいいっ!!」
キンドレィの足下にぽっかりと穴が開く。
魔力障壁の内部が別の場所と接続されたのだ――悠久の炎が渦巻く、遙か彼方の恒星と。
「燃え尽きなさい、筋肉ダルマっ! 炎獄滅殺孔ーっ!!!!」
『でぎゃああああああーっ!!!』
噴出する莫大な熱エネルギーの奔流に晒され、キンドレィは絶叫した。
『も、燃えゆぅっ!? ふふふふ復活が追いつかぬっ!? やめ、あち、しししし、死ぬぅーっ!!』
「あなたにはもう飽き飽きですわ。綺麗さっぱり焼尽しなさい、まるっとねっ!!」
悪魔との契約は神の奇跡のように不可能を可能にしてしまう。
キンドレィにとってはそれがあだとなった。
『ぎょばああああああーっ!!』
焼滅し、復活し、また焼滅する。
本来なら一瞬で焼き尽くされ、苦痛を感じる暇もなかったはずだ。
繰り返される死と再生はまさに地獄の業苦であった。
『がああ、ああ……あ……っ』
永遠とも思える十数秒が経過し、ついには肉体も魂も呪詛すらも燃やし尽くされた。
キンドレィ・アナボリックス男爵はようやく平穏の時を迎えたのである。
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次回更新は6/24(水)の予定です。