宣言
冬月夜空の件が決まったからか、森野は再び配信では新規ファン獲得路線にシフトした。永原エリカともツイッターで絡んだり、彼女のコネで同じ事務所に所属するⅤライバーと絡みにいくなど、外との関わりにも積極的になった。そんな彼女の努力に報いるかのように、少しずつチャンネル登録者数やリスナー数も増えていった。
俺はその間にも初配信のタイミングを話し合ったり、送られてきたデザイン案を了承したり、森野との話を詰めていった。
「……さて、今日は予告していた通り重大発表があります」
そんなある日のこと、森野は雑談配信の最後でそんなことを切り出した。ちなみに配信タイトルの最後に【重大発表あり】とついていたのでリスナーたちもじらされていたのだろう。
『やっとか』
『正直気になっていて雑談に集中できなかった』
『誰かとコラボ?』
『ついに新衣装?』
そんなコメントたちが流れてくる。最近少しずつリスナーを増やしている森野のコメント欄は流れがはやくなっていた。コラボ、というワードが出てきても普通に肯定的なコメントばかり流れる。俺や泥水サイダーのような者たちは離れていくか口をつぐむかしているのだろう。
とはいえ、登録者数やアーカイブの再生数も増えており、全体的に順調そうなのは間違いなかった。
「ごめん、コラボはまだもうちょっと待ってね。後は日程調整だけっていう段階で一つ決まってるのもあるから。まあ、私の方は毎日空いてるから調整いらないんだけどね」
『おおおおおお』
『待ってます!』
『毎日空いてるは草』
『俺も毎日空いてるけど』
そして一拍空けて森野は告げる。
「で、気になる重大発表なんですが……なんと私に妹が出来ます!」
『?』
『すげえええええ……けどどういうこと?』
『なぜに?』
『斜め上すぎて草』
『リアルの話……ではないよな?』
一瞬にしてコメントの流れが加速する。
「まあそうなるよね。私もまさかこういう形になるとは思ってなかったんだけど。経緯としてはたまたま私の絵を描いてくださった方が他の方の絵も描くことになって、それで試しに話してみたら、それならせっかくだから姉妹にしようってことで意気投合したんだよね」
『どんな人?』
『可愛い?』
「ではせっかくだから絵を見せちゃおうかな。冬月夜空ちゃんです。じゃーん」
そう言って森野は俺の、というよりは冬月夜空の立ち絵を見せる。
冬月夜空は紆余曲折を経て銀髪碧眼でまだあどけなさを残した顔立ちに、深緑のブレザーという姿だった。ちなみにブレザーは森野と被るからセーラー服にした方がという話もあったが、何となくブレザーの方がイメージに近い、ということで色とデザインだけ変えてブレザーとなった。冬月夜空は下にカーディガンを着てないなど細かい違いはある。
まあ似たイメージのキャラを造ろうとしている以上、同じようなデザインになるのはある程度仕方ないのかもしれない。
『おおおおおおおおおおお』
『可愛い~』
『何かすごい陰キャっぽいオーラする』
「こらこら、冬月ちゃんは私と違って陽キャ(笑)だからそんなこと言っちゃだめだよ」
森野は陽キャと発音したときこらえきれない、というふうにくっくっ、と笑っている。その声にコメントも敏感に反応する。
『あっ……』
『笑いながら言うな』
『デビュー前に変なキャラ付けしてやるな』
『血は争えないんだろうな』
血縁で陰キャか陽キャか決まるのは嫌だが。
「と言う訳で、今週末土曜日の二十時から、冬月ちゃん誕生記念コラボをやります。冬月ちゃんの方のチャンネルでやるので是非チェックしてみてね」
『まじか』
『絶対見に行く』
『楽しみ~』
『そうか、陰キャの妹が出来るから最近森野は陽キャになろうとしてたのか』
森野は特に拾わなかったが、コメントの中にそんな一文が見えて俺はなるほどと思う。別に最近の森野が陽キャかと言われると普通ぐらいになっただけだが、これまでとの落差でそう見えるのだろう。
本当は順番が逆なのだが、そういう解釈が出来て森野の好感度が上がるならそれはそれでいいと思った。こうして森野に妹が出来ること自体は好意的に受け入れられたのだった。
となると俺の方も忙しくなる。ツイッターや動画投稿サイトのアカウントを作り、出来ればそれまでに自己紹介動画も作っておきたい。
ただ、俺はその忙しさに対してポジティブな気持ちを抱いていた。これまでこんなに楽しみな忙しさがあっただろうか。もちろんその忙しさが結果に繋がるかは分からない。初回配信は森野とコラボという形になるので人が集まるかもしれないが、その後はどうなるかは分からない。
それでも、結果に繋がらない努力が楽しいと思ったのは初めてかもしれなかった。
これまでの人生、基本的に俺は何かに対する努力というのを試練や耐えるべきものという風にしか捉えられなかった。受験勉強に限っては、勉強がそこそこ出来たのでそこまでは苦にならなかった。
でも、苦ではないし模試でいい成績をとると何となく優越感に浸れるから頑張っていたに過ぎない。だから勉強以外の努力についてはひたすら嫌なもの、出来れば避けた方がいいものとしか捉えてこなかった。就活に対してもそういう意識はあったと思う。
そう考えると俺は少しだけ救われた気持ちになった。動画作成もサムネ作成も慣れない作業で、画像一枚に何時間もかかったり、作りかけの動画が全部消えたりアクシデントだらけだったがそれすらも楽しかった。
おそらく、結果が出なかったとしてもこのときの「楽しい」という気持ちは消えないのではないか。そんな気がした。
「最近月岡君、ちょっと顔色良くなったよね」
デビュー配信の前日、俺がクレッシェントに出勤すると桧山さんが何気なく言った。今日は珍しく入荷が片付いており、桧山さんはバックルームでいつも後回しにしがちな書類の整理をしていた。
「そうねえ、一時期は大学受験失敗したときのうちの子みたいだったもの。本当良かったわあ」
川原さんも同じことを思っていたようである。各方面にデリカシーがない発言だが。そしてそれだけ言ってレジに戻っていく。
この日、すでに自己紹介動画を作り上げていた俺はそれをアップロードしてから出勤していた。ある意味このタイミングにシフトがあって良かったかもしれない。そうでなければ俺は今頃パソコンの前で動画の再生数やツイッターの反応に一喜一憂していたことだろう。
すでに森野と俺の両方から明日の配信についての告知もされ、後は細かい打ち合わせが残るだけである。
「そうですか? 自分ではよく分からないです」
「いや、そんなことないって。もしかして就活うまくいった?」
桧山さんは書類の整理をしながら悪気なく聞いてくる。まあこのタイミングで俺の顔色がよくなったのなら普通はそう解釈するだろう。そう思うと、俺は桧山さんの期待を裏切ってしまったようで申し訳なくなる。
「そういう訳ではないんです。ただ、ちょっとだけやりたいことを見つけて」
「本当に!? それは良かった」
桧山さんは我がことのように喜んでくれ、そして安堵の息を漏らす。だが、俺の選択は桧山さんの希望とは違うものなので、少しだけ罪悪感を覚える。
「それはこの前言ってたやつ?」
「はい、ちょっと動画を作る方向で色々やってみようと思いまして」
さすがに知り合いに「冬月夜空」を見られたら恥ずかしさで死にそうなので適当にぼかしながら答える。
「ていうことはそっち方面で就職するの?」
桧山さんは書類を整理しながらなので単に安直な会話のつなげ方をしただけなのだろう、しかしそれは核心をつく一言であった。
「いや、おそらくそれは難しいと思いますが……出来ればそれで食べていけないか、頑張ってみるつもりです」
「……え?」
思わず桧山さんが手を止めてこちらを見る。もう少し「冬月夜空」がどうなるのかを見てから話したかったが、仕方ない。俺も腹をくくる。
「なので、それが成功するまではもうしばらくここでお世話になろうと思います」
俺はそう言って桧山さんの目を見る。お世話になると言うと聞こえはいいが、要するに普通の形での就職を放棄したということでもある。桧山さんはしばらくの間驚きのあまり言葉に詰まっていた。
「別に……このお店に気を遣って、とかじゃないよね?」
桧山さんは言葉を探りながら言う。
確かにクレッシェントの遅番は常に人が足りておらず、今いるのも入ったばかりの大学生ばかりである。
一応桧山さんが入ることも可能ではあるが、桧山さんは仕事が速いので出来れば朝の方の入荷が多い時間帯に出勤した方がいいという事情があった。
ただ、もちろん俺は俺が抜けると大変だからという理由でこの店に残ることにした訳ではない。
「そういう訳ではないです」
「ちなみに、このお店や仕事が好きだからという訳でもないんだよね?」
恐る恐る、といった様子で桧山さんが尋ねる。もしそういう理由だったらそれはそれで幸せな展開だったのかもしれないが。
「好きではありますが、そういう訳でもないです」
店が好きというよりは桧山さんのおかげで職場がいい雰囲気に保たれているというのが好きだ。
「だったら、やっぱり就職するべきじゃない? 月岡君なら大企業とは言わなくても、どこかには就職出来るって」
「それはそうかもしれません。でも、俺ようやくやっていて楽しいって思えることを見つけたんです」
「何というか、こんなこと言うのも悪いけど、もっと早くにそれを見つけていれば良かったのにな。そしたら諸々の折り合いをつけてそれに関わる仕事を見つけるなり、それをしながら働くなり、もっと現実的な結論が出たかもしれないのに」
俺に、というよりは独り言のような調子で桧山さんは少し残念そうに言った。
他の人が言ったら「他人がごちゃごちゃ言うな」と思うところだったが、桧山さんは純粋な善意で言ってくれているのが分かるので、俺は何も言い返せない。
何より、俺が就職してここのバイトをやめればおそらく桧山さんの職場での負担が増える。俺が残れば大学がなくなり、よりシフトにも入れるようになり桧山さんの負担も減るかもしれない。それでも俺の就職を後押ししてくれていたのは嬉しかった。
「すみません……」
「別に謝ることじゃないよよ。それが月岡君が自分の意志で決めたことだって言うのならね。ただ、私は月岡君がもうしばらくこのお店に残ってくれるのを素直に喜んでくれていいのかな?」
「はい」
俺がしっかりと答えると、俺の決意が伝わったのか、桧山さんは少しだけ安堵した。
「良かった、正直もし月岡君が就活の予定を入れるためにシフト減らすって言われたらどうしようかと思ってたんだ……」
そう思いつつも俺の背中を押すためにあえてその気持ちを封じ込めていてくれたのだろう。そう思うと俺は感謝してもしきれない。
「本当にそこまで言ってもらってうれしいです。何とか早めにバイト卒業できるように頑張ります」
「うん。……あ、でも辞めるときはちゃんと一か月前には教えてね? 月岡君の次の子採用されて教育してから巣立って欲しいから」
「は、はい。やべ、もうこんな時間帯だ」
早くレジを代わらないと川原さんがぶつぶつ文句を言うかもしれない。俺は慌てて身支度を始めるのだった。




