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「さて・・・と。」
工藤を見送った私は、しばらくしてから彼の後を追うように、魚ヶ崎駅へと下り立った。
行き先はもちろん君島くんのところではなく、美奈のところだ。
あれから何度か連絡したが、一向に返事がない。
きっと美奈も何か思うところがあったんだと思う。
うやむやにせず、きちんと話をしないと。
私は何度目かになる美奈の家へとやって来た。インターホンを押すと、ほどなくして美奈ママが出てきた。
「あら。めぐみちゃんじゃないの。いきなりどうしたの?ひょっとして、美奈と何かあった?」
美奈のことを言ってくる辺り、美奈ママも家で美奈の変化を感じる何かがあるんだろう。
「美奈ママ。何かあったかもしれないけど、私もよくわからないんだ。美奈と話がしたいんだけど。」
「ええ。上がって。あの子ずっと部屋に籠りがちだから、出てこないかもしれないけど、2階の自分の部屋にいるわよ?」
こういう時、美奈ママは話が早くて助かる。話しやすくて、大好き。
「美奈ママ、ありがとう。じゃあ、お邪魔します!」
2階の部屋の前に立つと、中は静かだった。寝ているのだろうか。私は構わずにドア越しに声をかけた。
「美奈。めぐみだけど。中に入れてくれない?話がしたくて、来ちゃったよ。」
すると中からごそごそという音が聞こえてドスンッという少し大きな鈍い音がして、「いててっ・・・。」と言った後、
「め・・・めぐみちゃん!?」
という美奈の声がした。やっと会えた。
「そうだよ。めぐみちゃんだよ。美奈。何かあった?電話もメールも返事がないから、どうしたのかなって。」
しばらく沈黙が続いた。何かを考えてるんだろうか。
30秒ほど待っていると、程なくして美奈が口を開いた。
「めぐみちゃん・・・本当は君島くんのこと・・・好きなんでしょ?」
何だろう・・・私ってそんなにわかりやすかったのかな。他の子たちのこと言えないな。でも今は嘘とか気を遣うとか、そんなつもりは全くない。美奈と、本音で話をするんだから。
「そうだよ。私も君島くんのことが好き。好きになっちゃった。応援するなんて言って、こんな気持ちになっちゃってごめん。でもさ。どうして部屋に閉じ籠ってるの?私のことを避けるの?わかんないよ。美奈。」
扉に向かって語りかける。美奈は今、どんな顔をしてるんだろう。
「・・・ずるいよ。めぐみちゃん。めぐみちゃんは・・・ずるい。」
そんなの言われなくても分かってるつもりだった。だけど、自分の大切に思っている人に言われるのは、けっこう堪えるんだね。
「そう・・・だね。私はズルかった。ごめん。だけどさ。美奈だってズルいと思う。勝手に傷ついて、勝手に1人でこんなところに籠って、言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってよ!それとも美奈にとって。私はそんな程度の存在だったの!?」
ヤバい。なんだか泣きそうになってきた。いつもの自分みたいにできない。いつもの自分っていっても、そんなのもわかんないけど、とにかく胸が熱い。
「・・・っ!だって!私!見ちゃったの!花火大会の日に!2人が手を繋いで一緒に花火を見てるの!」
私ははっとして、胸の中に罪悪感がいっぱいに広がった。
でも、私は引くつもりはない。美奈に、想いの限りを伝えきるまでは。
「美奈。確かにそれはごめん。誤ったって、許されることじゃないかもしれない。私は、理由はどうあれ、結果美奈にとって、裏切りになるような、美奈の心を傷つけるようなことをしたんだもん。だからもう言い訳なんかしない。美奈が今私のことを恨んでいようと嫌っていようと、受け入れるよ!だけど、それでも私は美奈のことが大好きで、親友で、すごく大切だって思ってるのは嘘じゃない!だから今日、ここへ来たの!美奈に、今の私のありのままの気持ちを伝えるために!遅くなってしまって、いっぱい辛い思いをさせてしまったかもしれないけど、私は美奈には後悔してほしくない!ちゃんと!伝えたいことを!伝えたい相手に伝えなよ!その想いだけは!誰よりも強いはずでしょう!?」
私はどうにも想いが、言葉が、とめどなく溢れてきて堪えきれなくなって、嗚咽を漏らしてしまった。
「うっ・・・うっ。・・・お願いだから・・・。」
今まで留めていた想いが涙になって全部溢れてきて、枯れてしまうんじゃないかって思った。
私は立っていられなくなってずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
そうしたらカチャリって扉が開いて、顔を上げると同じように涙を流す美奈の顔があった。
「めぐみちゃん。」
「美奈!」
私は美奈をぎゅっと抱きしめた。そうしたら向こうも同じようにしてきてくれて、ようやく2人の間の距離がゼロになったんだって感じることができた。私は美奈の優しさに・・・救われた。
「ごめんなさい。めぐみちゃん。」
「ううん。私の方こそごめん。ほんとに・・・ごめん。」
しばらくの間、2人はお互いを離さなかった。
2人はようやく落ち着いて、美奈の部屋のベッドに座っていた。
「めぐみちゃん。」
美奈は部屋に入ってからしばらく黙っていたけれど、意を決したように口を開いて、
「私、君島くんに告白する。」
そのまっすぐな瞳に見つめられて、私は自然と笑顔になれた。
「うん。頑張れ!」
ただ、もう1つだけ、私に罪滅ぼしをさせてほしい。
「あー。それでさ。私に1つ提案があるんだけど?」