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私のわがままな自己主張(プロット)  作者: とみQ
終章 私はわがままなのである
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8月1日


工藤が私の前に現れて以来、吹っ切れたように勉強していた。


あの日をきっかけに、もやもやした想いに蓋をしたように、色々なことを考えないでいられるようになった。

とにかく勉強さえしていれば、何も他のことを考えず、集中していられるようになったのである。

余計なことは考えず、日々を勉強して過ごせば、少なくともこの夏は、平穏にやり過ごせるだろう。


せめて今だけでも、穏やかに毎日を過ごしたい。


最近の私は色々と考えすぎて、とにかく疲れてしまった。


もう、くたびれてしまった。たくさんだ。


学生の本分は勉強なのだ。勉強さえしていればよいのだ。


本当に今までの私はどうにかしてしまっていた。


2年生の初めの頃の気持ちに戻ろう。

そう。常に初心を忘れるべからず。迷ったり、困ったりした時は、一度初心に帰ればよかったのだ。


そうだ!そうだったのだ!


こんな簡単なことだったのだ。


私は一体何をうだうだとやっていたのか。自分で自分が馬鹿らしくなってくる。


これで、完全に元の自分に戻れるだろう。


私は1つの答えに辿り着けたような気持ちになった。


心は相変わらず重たいけれど。






夕方になって、母親が私の部屋に訪ねてきた。


「隼人さん。この前も言ったはずなのだけれど、この後少し、いいかしら。」


そう言えば、そんなことを言っていたな。思えば母親にも今まで色々と気を遣わせてしまった。いいだろう。せっかくの夏休みなのだ、たまには親子水入らずの時間を過ごしても。


「わかったのだ。では、支度をする。」



5分程で支度をし、私は母親と共に家を出た。


「一体どこに行こうというのだ?」


「喫茶店よ。」


母親はこちらを振り向きもせずにそう答えた。丁度夕食時だ。そこで食事でもするのだろう。

私は母親に従った。


しばらく行くと駅を通り過ぎ、反対側まで来た。時刻は7時。外は少し暗くなってきた。。


母親についていくと、見知った公園があった。以前高野と夜中に訪れた公園だ。一瞬胸がチクリとなったが、それだけだった。

私の前を歩く母親は、この公園の横を通る時、じっと中を見ていた。高野が触れた木も見ていたような気がしたが、そんなことはただの偶然だ。それに今はそんなこと、どうでもいいことだ。

私は再び心に蓋をした。


公園を通り過ぎて、しばらく行くと、横道に入った。


そうすると目の前に、一件の喫茶店が現れた。


喫茶店の名前は『風の谷』と書かれていた。




私は何故か心がざわついた。




カランコロンという音を響かせて中に入っていく。


中はレトロな木のテーブルと椅子が並んでおり、繁盛していないのか、そういう時間帯なのか、客は奥から2番目のテーブルに男が1人座っているだけだった。


母親は静かにその男の方へ歩いていき、


「久しぶりね。寿人さん」


と声を掛けた。


・・・。


・・・え?


ひさ・・・と?


私はその名前を心の中で反芻した時、反射的に体が固まった。


ドクンッ・・・!


母親に呼ばれ、こちらを振り向く男の動きがスローモーションになる。


ドクンッ・・・!


母親に挨拶をし、ゆっくりと男の顔が私に向けられる。


ドクンッ・・・!


・・・だ・・・駄目だ。


・・・会っては・・・いけないっ・・・!


「うっ!うわあっー!!」


私は反射的に走り出していた。


「隼人さん!待ちなさい!」


母親が慌てた声を発した。だがそんなことはどうだっていい。


「はあっ、はあっ!」


「隼人さん!」


なぜこんなところに。


なぜ今さら。


私を捨てた、あの男が私の前に現れるのだ!


いやだ!


いやだ!


会いたくない!


私は、今まで頑張ってきたのだ!


私は、わがままを言わないようにして!


今更私に何を言うつもりだ!


また私をあの時のように罵るのか!


また私の心を傷つけるのか!


やめてくれ!


お願いだからやめてくれ!


どうしてこんなことばかり起こる!


どうしてこうまでして次から次へと私のことを苦しめる!


もういやだ!


いい加減にしてくれ!


私をもう許してくれ!


お願いだ!


お願いだから・・・。


不意に目の前が明るくなった。ピィーッッ!という音とキキィッという音が同時に聞こえ、後ろから肩から胸の辺りまで腕が伸びてきて、強い力で後ろに引っ張られた。


「危ないっ!隼人!」


そのまま2人は道端に倒れ込んで、私ははあはあ息をしながら放心状態になった。


さっきのピィーッッという音はそのまま遠ざかっていき、しばらくして母親が現れた。


「隼人さん!しっかりして!ごめんなさい!私が事前にきちんとお話をしておかなかったから。だけれど、言えなかったの!言い出せないまま、あなたをここへ連れてきてしまった!きっと、拒絶されるって分かっていたのに!」


横にいた男も起き上がって私のことを除き込んだ。


「隼人!私も迂闊だったのだ。本当に、こんなことになるなんて、すまない。本当にすまなかったのだ。隼人。あの日、あの時あんなことを言った私を許してほしいのだ。」


「違う!違うのよ!隼人さん!私のせいなの。私が寿人さんにそう頼んだのよ!もう会わないでって、隼人さんがもうあなたに会いたくなるように隼人さんに酷いことを言って去るようにって。あなたがこんなに悩んで、苦しんでしまうなんて思わなかった。あの時はそれがあなたのためになるって思っていたのよ。本当に、駄目な母親でごめんなさい。あなたに今まで何もしてあげられなくて・・・。」


・・・なんなのだ。これは。一体何が起こっているのだ?


頭の中に響いてくる父親と母親の声を受けながら、私の頭の中は少しずつ冷静になっていった。

ゆっくりと体を起き上がらせると、そこはあの公園の近くだった。


「隼人っ、け、怪我はないか?大丈夫か?私が・・・分かるか?」


私は恐る恐る声の主の方へと顔を向けた。私の父親であるその男は、この10年の年月の重みを感じさせるような、この10年の苦労を感じさせるような、私の記憶とは違う、酷く頬がこけて、痩せ細った顔をしていた。

だがその顔からは、私のことを虐げたり、嫌悪したり、そんな感情は一切読み取ることはできなくて、いつかの私の記憶の中にあった、優しくて、温かくて、大好きだった父親のそれだった。


父親としばらく顔を合わせたのち、私はものすごく強い力で抱き締められて、


「隼人っ!よかったのだ!本当に!私は、1日だっておまえのことを忘れたことなどないのだ!ただ、おまえたちのことを想って、おまえたちに会いたくて!だがあの時の私にはそんな資格などないのだと思い、おまえたちの元を去ったのだ。・・・すまないっ。・・・本当にすまないっ!勝手かもしれないが!私は今でも、おまえたちのことを愛している!」


ぎゅっと抱きしめた父親の力が、私の体を酷く震えさせた。


その強い力に抱きすくめられて、私は目の前が霞んでいって、涙が私の頬を伝う。


私は今泣いているのだ。


それを自覚した途端に、私の胸の中に止めどない感情の本流が押し寄せた。


・・・胸が、・・・熱い。


・・・涙が、・・・止まらない。


「うっ・・・うっ!お・・・お父さん!会いたかった!・・・ずっとずっと会いたかった・・・!例え離れたとしてもっ!会いたかったんだよ!・・・何でお父さんはどこかへ行ってしまったのってずっと思ってた。僕がわがままだったからなんじゃないかって・・・。誰のせいにもしたくなかったんだ!だから僕は!そう想うしか、そうやって割り切って生きていくしかなかったんだよ!うっ・・・うっ・・・。」


僕はその日、10年分の涙を流した。


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