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7月28日
あれから特に外に出る用事があるわけでもなく。私は家でぼーっとするか、勉強するか。そんな時間を過ごしていた。
悶々としながら、時間が過ぎるのを待っていると、そんな私の元に、夕方思わぬ来訪者が現れた。
玄関のチャイムが鳴って私が扉を開けると、そこに工藤が立っていた。
「よ、よう。」
「あ、ああ。」
工藤は気まずそうに笑って手を上げた。
「ちょっと外で話せるか?」
「・・・構わないが。」
夕方とはいえまだまだひどい暑さだ。今年は近年稀にみる猛暑なんだとか。
「一応おまえにも話しておかなきゃと思ってよ。」
「ああ。」
私は一見平静を装っていたが、心の中は不安や焦燥でいっぱいだった。
「高野にフラれた。」
「・・・。」
思っていた以上にあっさりと、結果だけを告げる工藤。
その言葉を聞いた瞬間、自分の中に安堵のような、後悔のような、とにかく胸の中にぐるぐると感情の渦が出来上がったようになって、一気に汗が噴き出してきた。
「そうか。」
「なんか思った以上に辛くてさ。心の整理がつかなかった。報告が遅れて悪かったな。色々やってもらったのに。」
工藤も律儀なところもあるものだと思いながら、私は心のもやが1つ晴れていくような感覚を味わっていた。
「いや。別にいいのだ。もう終わったことだ。」
過ぎ去った過去を悔やんでも仕方がない。過去は決して変えることはできないのだから。だが私は結局のところ、いつも変えられない過去を悔やんでばかりだな。とも思ってしまう。
「そうか。じゃあ、ちゃんと伝えたからな!もう恨みっこなしだからな!じゃあな!」
なんだか、妙にぎこちない感じの工藤だったが、いつものことかと思わなくもなかったので放っておいた。
そのまま駅へと向かっていく工藤の背中を見送ろうとすると、ふと立ち止まって一言だけ、
「おまえさ・・・椎名と・・・。」
その名前を聞いた私の胸が再び先程のように渦巻き始める。
「いや。何でもない。またな!」
結局工藤はその先の言葉を言わず、今度こそ夕闇の中を帰っていったのだった。
・・・。
椎名はあれからどうしただろう・・・。
そして高野は今・・・。
いや、いいんだ。
もういいのだ。
帰ろう。
辺りは暗くなり、それでもぴりぴりと、夏の暑さと蝉の声を伝えてくるのだった。