53
隣駅の西明岩駅からバスで10分程のところにある明岩市民病院に私達は駆け込んだ。
結局勢い込んだものの、そこまで心配するほどの事もなく、ただの過労ということだった。
大事を取って今日1日は入院することになったが、問題はなさそうで、安心することができた。
こちらとしては少し拍子抜けしたが、最悪の事態にならずに済んで本当によかった。
それでも心配していた椎名は、お母さんのちょっと疲れた顔を見るや否やわんわん泣いた。
こんな椎名を見るのは初めてのことだ。よっぽど心配だったのだろう。
私は病院のロビーでしばらく待って、先に帰ろうとメールをしたら、すぐに電話が来て、結局一緒に帰ることになった。
帰りのバスでは椎名はいつもの風に戻っていて、久しぶりという気まずさもなく、私も一安心できたのだった。
時間はもう7時を過ぎていた。
夏場とはいえ、辺りも少し暗くなり始め、暑さも心持ち和らぎを見せている。
西明岩駅の改札を抜けて、2人は電車を待った。
「今日はありがとね。私1人だと、取り乱しちゃって、病院に辿り着くのも怪しかったかも。」
「それは、普段でも同じことではないのか?」
「むー。そこまでじゃあ・り・ま・せ・んー。君島くんてばすぐそーいうことあたしに言うんだから!」
久しぶりに心がほっこりとした気持ちになっていた。
電車がホームに差し掛かる。次の駅でお別れだ。
「・・・。」
「・・・。」
自然とお互いに黙ってしまった。窓の外の景色は夕闇に染まり、ぽつぽつと街灯の灯りだけが窓の外に見えて流れていく。
「もうすぐだな。」
「・・・そうだね。」
椎名の顔は見えなかったが、ふと窓の景色に、2人の姿が映っており、窓ガラス越しに目が合った。
2人はしばらく見つめ合ったが、電車がホームに入ると同時に私は目を逸らした。
やがて電車が止まり、扉が開く。
「椎名。それでは・・・。」
「君島くん。」
「え?ちょっ・・・。」
別れの挨拶を言おうとした私を遮って、椎名が私の腕を掴んでホームに引っ張った。
そのまま私は椎名と一緒に小久保駅のホームへと降り立つ形となった。
私はしばらく椎名の顔を見つめる。目は合わない。急に心臓が早鐘を打ち始める。この鼓動が、繋がった手から伝わってしまいやしないだろうか。
私の腕を掴んだまま、俯いた椎名は、
「私の家に来ない?」
と言った。