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時間はもう7時20分を過ぎていた。左手の腕時計が、刻一刻と針を刻み、花火大会までの時間へと進んでいく。
人はごった返して正直もう神社までは辿り着けそうにない。
「・・・。」
椎名は先程から静かだった。綾小路との一件が終わってから、人混みで声が通りづらいということもあるが、とにかくほとんど口を開いていない。
落ち込んでいるという風には見えない。ただ、黙って歩いている。そんな感じだ。
やっと神社へ続く階段までは差し掛かったのだが、ここから階段100段以上登るのは最早時間切れだろう。とは言っても、私としては、工藤と打ち合わせた通りにうまくいってしまったわけなのだが。
「椎名。」
椎名は黙って首だけをこちらへ向けた。
「もうまもなく花火大会は始まるだろう。こうなってしまってはあの2人に合流することは難しい。仕方ないのでここら辺で見ていかないか?」
まだ階段の下とはいえ丘の上に来ているので、花火を観賞するには問題ないはずだ。
椎名は少しの間私の方を見たまま、こくんと頷いて、海岸の方を向いた。
そして、しばらく経ってから、椎名は前を向いたまま、呟くように私に話しかけてきた。
「君島くん。」
「ん?何か言ったか?」
「本当にこれでよかったの?」
本当にこれでよかったの?・・・私はその言葉の真意を計りかねた。そして、椎名のその言葉を聞いた時、心の中に一抹の罪悪感のようなものがぽとりと染み渡ったのだった。
「ああ。・・・いいんだ。」
どういう意図にせよ、私にはその問いかけに対して、否定の意を示すような、そんな今さら過ぎる返答は持ち合わせていないのだと、すぐに気づいてしまった。
胸が、締め付けられた。
それと同時に目の前の暗闇が赤や黄色や緑といった、華やかな光の景色に変わる。
すぐ後にドンパンドンという音が鳴って、私の右手に、椎名の左手がいつかの時のように添えられて、私はその手を握ってしまった。