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私のわがままな自己主張(プロット)  作者: とみQ
第4章 告白などしてはいけないのである
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7月20日


帰り道。


もうすっかり一緒に帰ることにも慣れてしまった高野との下校時間。明日から夏休みに入るのでそれもしばらくは無くなることになる。


「今日で1学期も終わりだな。早いものだ。」


「うん・・・。そうだね。」


「図書委員の当番も夏休みは1人ずつなので、夏休みはあまり顔を合わさないかもしれないな。」


「うん・・・。そうだね。」


なんだか高野はこの下校の時間、ずっと下を向いているような、何かを考えているような。とにかく上の空という感じだった。

教室を出るまでは、むしろ終礼後、勢いよく一緒に帰ろうと言ってきたぐらいなので、落ち込んでいるのとは違うようだが。


何だかあまり会話もないまま、小久保駅に着き、電車に乗り込んだ。その間も、ずっと高野はそわそわするような、こちらを伺うような、そんな素振りで。何か言いたいことでもあるのだろうか。


電車に乗るのは一駅なので、あっという間に魚ヶ崎駅まで到着してしまい、2人がいつも別れる場所までやってきてしまった。


「それでは高野、明日また会うとは思うのだが、じゃあな。2学期も、よろしく。」


2学期には今の関係がどうなってしまうかなんて、わからなかった。ただ今この時は、来期もよろしくと言いたかった。


「あ、あのっ!君島くん!」


立ち去ろうとした私の背中に、高野が焦ったように声をかけてきた。


「ん?どうした?」


やっとまともに口を利いてくれたな。


「あのっ!これっ!」


そう言って差し出されたものは、直径20センチくらいの包み紙だった。


「ん?これは?」


「あのっ!誕生日。おめでとうって・・・。」


「ん?誕生日?私の・・・か?」


「え!?もしかして、そうじゃなかった!?」


確かに、今言われて気がついた。7月20日は、私の誕生日だ。母子2人で誕生日にお互い贈り物をするという習慣がないため、私にとっては誕生日など、何も特別な日ではない。いつもと変わらない日常の日々と同様なので、別段気にしてもいなかった。


「あ、いや。合っている。昔から誕生日を祝う習慣が無いものでな。友達付き合いがもっとあれば、そういう催しにも敏感になれるかもしれないが、正直忘れていたのだ。」


「え?そうなんだ?今日はお家でお誕生会しないの?」


「そんなことは物心ついた時からしたことはないな。第一、母親と2人だけというのも悲しいものがあるしな。」


「え?君島くんも今はもうお父さんいないの!?」


もということは椎名のことも指しているのだろうか。


「ん?言ってなかったか?私は今母親と2人暮らしだぞ?父親とは親が離婚した幼稚園の頃以来会ってもいない。」


椎名の両親が離婚したのか、亡くなってしまったのかは定かではないが、家は私が5才の時に離婚していた。


「え?・・・そうなんだ。」


高野は私の思い過ごしかもしれないが、不審な顔をした。

以前お見舞いに行った時にそうは思ってはいたが、確かに私が同じ境遇なのだということは打ち明けていない。

わざわざ言うことでもないことだ。


「まあ・・・そういうことになるな。」


高野は今度は悲哀の表情を浮かべた。


「・・・。なんだか悲しいね。お誕生日にお祝いしないなんて。」


「いや、元からやっていなかったので、今さらそんな気持ちはないぞ。やっていたことが無くなれば、それは悲しいこととなるかもしれないが。」


高野は両親ともに仲が良さそうで、家族皆で楽しそうにしていた。そう思うのも無理はないだろう。


「あ・・・うん。でもお父さんもいたら、きっとお祝いしたかったんだろうね。」


「いや、そんなことはあり得んよ。私は幼稚園の時以来一度も会ってもいないのだ。今さら私のことなど、思い出したりすらするはずもない。」


高野は珍しく、その物言いに対して反論してきた。


「君島くん・・・。私も親になったことはないから、気持ちは良く解らないけれど、きっと子供のことを想わない親なんて、いないと思うよ?」


これが境遇の違いというものか。確かに高野のように考えられた方が、幸せなのかもしれない。しかし、5才という年令で、現実の非情さを教えられてしまった私には、それを肯定することはできなかった。だが、そんなことをこの場で討論し合ってもしょうがないことだ。


「ああ・・・。そうだといいな。まあこの話はともかく、高野、誕生日のお祝いを用意してくれて、ありがとう。開けてもいいか?」


私は、高野がくれた誕生日プレゼントについて話を戻した。


「あ・・・はい。どうぞ。喜んでもらえるかわからないけど。・・・あの、・・・よく・・・わからなくて。」


包みを開けると、中には黒の腕時計が入っていた。バンドもボディも黒で統一された、シックな腕時計だ。


「・・・ありがとう。大切にする。」


私は高野の心遣いが本当に嬉しかった。


「あ・・・うん。そう言ってもらえて、良かった。」


高野も私の言葉を受けて、安心したような、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。


「それでは、行くとするか。」


「うん。また明日。」


そう言って、この夏最後の2人の下校は終わったのだった。



家に着いて。


「ただいま。」


私は誰もいない家に入り、リビングの椅子に鞄を置き、改めて高野からもらった腕時計を左手につけ、時計に目を落とす。


子供のことを思わない親はいない・・・か。

先程は流したが、あの時の高野の言葉が心に楔のように引っ掛かりを産んでいた。


秒針が時を刻み、1秒1秒を運んでいく。


今の私は、今という時間を、未来へと運んでいくことに焦りや不安を感じていた。


今を失うことが、怖いのだ。


未来が変わっていくことが、恐ろしいのだ。


過去に怯えて、未来を変えたくて、結果として未来を待つことが恐いだなんて、もうどこにも逃げ道はないではないか。


もう、時間よ、止まってくれ。

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