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5月14日
私は一年生の頃から図書委員会に所属している。
まあ元々運動はそこまで興味も無く、本を読んだり、勉強をしたりして時間を費やす事の方が性に合っている気がしたのだ。
ここでの活動は週に二回。
図書室の本の貸し出しや返却の手続きをする役割と図書室の戸締まりや清掃を受け持つ以外は特に大きな仕事も無く、空いた時間に好きな本を読んだり、参考書を眺めていても何もお咎め無しの私にとっては居心地のいい空間であると言える。
そして本日、週明けの月曜日が私の当番となっている。ちなみにもう1日は木曜日だ。
私が放課後、教室を出てトイレに寄った後、図書室にやって来ると、もう一人の当番の相手が先に来ていた。
「いつも早いのだな、高野は」
気軽に声を掛ける。
二年生から同じクラスメイトになった高野美奈だ。高野は元々小柄な体躯でいつも俯きがちなのも相まって、本来以上に小さな女の子に見える。
髪は背中まであるが、ゴムで後ろで一つにまとめており、スカートも膝が隠れるくらいの長さ。中学生くらいからだったか、眼鏡をかけており、全体的に地味目な印象の子だ。
人と好んでコミュニケーションを取らない私としては、これくらいの子の方が緊張せずに話せるし、向こうも無理に話しかけようとしてきたりする事も無く、基本無口な私が一緒の空間に二人きりになったりしても自然としていられる数少ない女子だ。
何より小中高と同じだったので、そこまで接点があった訳では無いが、お互い昔から顔見知りだという事も大きい。
「あ、君島くん。同じクラスなのに、いつも先に行っちゃってごめんね。どうせなら一緒に行けばよかったかな?」
特に深い意味は無かったのだが、私が言った早い、という部分を変に気にしてしまったようだ。
「いやいや、別に気にしなくていい。それにいつもここに来る前にトイレに行く習慣がついていたりするので、男子トイレの前で高野を待たせるわけにもいかないしな」
「え!?そうだったんだ!あのっ・・・ご、ごめんなさい!あたしったら、何言ってるんだろうね!う・・・あ、う・・・」
途端に顔を真っ赤にして謝り出す高野。理由づけがまずかったか。
「いやいや、気にしないでくれ。私も変なことを口走ってしまったな。すまない。とにかく、仕事に取り掛かろう」
そう言って、図書委員会の作業に移ろうとする。まあ、まだカウンターに人は来ていないので、特にやる事も無いのだが。
「あ、そう・・・だね」
そして二人はようやくカウンターの席へと腰を下ろしたのだった。
月曜日は週初めということもあり、一週間の中でも、貸し出した本の返却が最も多くなる。貸し出し自体は一週間あるのだが、土日に読んだ本を返却してまた借りていくという生徒が多いからだ。
あれから一時間程、本の返却と貸し出しの生徒がぱらぱらと現れ、二人のうちどちらかは何かしらの作業をしている状態が続いたが、今になってようやく落ち着いてきた。
「ふう・・・。やっぱり月曜日はそれなりに忙しいな。のんびり本も読んでいられない」
ようやく一息つけそうになり、ふと椅子に腰を下ろしながらそう呟いた。
「そうだね。でもわたしはせっかくの委員会の活動時間だから、のんびりと過ごすのも好きだけど、多少は忙しい方が、やってますって感じがしていいけどな」
何とは無しに独り言のように言った言葉だったのだが、律儀に高野がそれに返してくれた。
私もそこで何も返さないというのは気が引けたので会話を続けようと考える。一度椅子を前に引いて深く座り直した。
「そうなのか。高野は真面目なのだな」
視線は図書室の静謐な空間に向けたまま、また呟くように言葉を発した。窓から射し込む明かりは少し赤みが差していた。
「そう・・・かな」
ふと目の端に映る高野の頭が揺れた。彼女も椅子に座り直したらしい。何となく顔が下向きのような気がして私は不味い事を言った気分になった。
「あ、もちろんいい意味でだぞ。私などは運動部などと違って暇に過ごしながら内申点を稼げるとか、ついでに勉強したり本を読んだりできるとか、そういう怠けた不純な理由から図書委員会を選んだようなものだったからな」
「そう・・・なんだ。君島くんは私なんかと違って、勉強もできるし、全然そんなことないって思ってたよ?」
高野の顔がこちらを向く。私も自然と高野の方を向いていた。私の目に映った高野の表情は思っていたよりもずっと力が抜けて、穏やかなものだった。
もっと彼女は人と話す事が苦手な子なんだろうと思っていたものだから、少し意外だった。そんなだから、私も普段より饒舌になった。
「いやいや、それは買い被り過ぎというものだ。・・・そう言えば高野はどうして図書委員会に入ったのだ?」
何の気は無しに聞いただけだったのだが、高野の表情が固まり、時が止まる。
「え!?・・・そ、それはっ!秘密・・・です」
普通の質問をしただけだったのだか、何故か答えてはくれなかった。
しかも若干耳が赤い気もするのだが・・・。
何か不味い事を聞いてしまったのだろうか。
「あ、もうこんな時間だね。じゃあわたし、返却された本を棚に戻しに行ってくるから!」
「あ、ああ。頼む」
そう言って高野は本を持って棚の方にそそくさと行ってしまう。
一体何だったのだろうか。
疑問に答えは見いだせないまま、暫く彼女の後ろ姿を眺めてしまっていた。キョロキョロと本と棚を見比べながら、一生懸命本を棚に仕舞っていく。
とにかく私も片付けに移ろう。足に力を入れて立ち上がった私はカウンター内の整理を始めた。