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ようやく個別指導も終わり、その後は4人合流して2時間程勉強した。
途中椎名の持ってきてくれた差し入れをお母さんが出してくれて、それを腹には入れたが、さすがに腹が減った。
7時頃、お母さんの家庭的な手料理(試験勉強なのでトンカツだった)を味わい、その後順番にお風呂を頂き、9時過ぎにお父さんが帰って来て軽く挨拶をした。
お父さんは何故か私と工藤の顔を見るや否や「私は絶対に認めんぞー!」と声を張り上げてきたが、高野にチョップをお見舞いされた後、皆の前で正座をさせられ、「ゆっくりしていきなさい・・・。」と疲れた表情でつぶやいたのが印象的だった。
9時を過ぎて、寝る前の追い込みと、最後に2時間程勉強をして、今日の勉強会は終了となった。
その後は皆でトランプとウノをして、夜1時過ぎに寝ることになった。
夜中、私はふと目が覚めて、トイレに行った。トイレは就寝している2階にはなく、1階にあるので、階段を下りて用を足し、また2階の工藤が寝ている部屋に戻ろうと、階段を上がっていくと、階段の上に人影があった。
「誰かいるのか?」
人影は階段の一番上の段に座っていた。呼ぶと影は少し動いて、
「君島くん?」
と呼んできた。どうやら声の主は高野らしい。
「眠れないのか?」
私は階段を登り、座っている高野の顔と同じ高さくらいの所にくると、顔も視認できる距離になった。この距離に近づいた瞬間、一瞬だけふわりとシャンプーのいい匂いがした。
「あ・・・うん。ちょっと。ごめんね。こんな所にいたら邪魔だよね。」
そう言って階段から退こうとする高野の2段下に私は腰を下ろした。
「家の人間がどこにいようと自由であろう。」
高野も少しの間立っていたが、やがて元の場所に腰を下ろした。
「君島くん。今日は勉強会に付き合ってくれてありがとうね。」
「いやいや。私の方こそ今日は家にお招き頂き、ありがとうと言いたいぞ。」
「そんな!私が皆に来てほしくて呼んだんだから、気にしなくていいのに。」
「それは私も同じ気持ちだ。私も本当の所、皆と勉強会をしたかったのだよ。だからありがとうと言われてもこちらの台詞なのだぞ?」
「・・・そっか。君島くんは私たちのことを大切に思ってくれてるんだもんね。」
「うむ。そういうことだな。」
なんだか恥ずかしい台詞のようだが、高野の前だと自然になってしまう。しかし、今日初めて高野と普通に喋れている気がするな。なんだか少しギクシャクしたようになっていたからな。
「あの・・・君島くん。」
「ん?どうした?」
「せっかくだから、少しお散歩しませんか?」
2人とも今日はお泊まり勉強会という事で、夜は学校のジャージで過ごしており、そのままの格好だ。上は半袖だがまあこの季節だから問題ないか。夜中だが出歩いて大丈夫だろうか。
「あまり遠くへは行けないぞ?30分程なら地元だし、少し目が覚めてしまったし、行くとするか?」
「・・・はいっ。」
2人で夜の住宅街を歩く。
別段何があるというわけでもないが、虫の鳴き声が妙に綺麗に聴こえている。
高野と私との距離は50センチくらいで、2人とも特に会話をするでもなく、夜道を並んで歩いていた。
「星が綺麗だね。」
両手を後ろで組んで、上を見て歩きながら呟く。さっき家を出る時、時計を見たら2時半過ぎだったので、この時間だとさすがに車の通りもなかった。
「そうだな。この辺も小さい頃に比べれば、建物も色々できたとはいえ、やはりまだ田舎なのだな。夜中というのもあるが。」
最寄り駅は同じとはいえ、高野の家は駅を挟んで反対側にある。歩いている道は全くどこかわからなかった。
「懐かしいな。私、小学校に行く前は保育園通いだったから。この近くだったんだよ。」
高野は保育園通いだったか。私は幼稚園だったためもちろん知らなかった。ただ、その頃は私としてはあまり思い出したくない時期というのもあり、長く話題にはしていたくなかったのだった。
「そうなのか。そう言えば幼稚園の頃は見かけなかったな。」
「うん。その頃は両親共働きでね。私が小学校に上がる頃にお母さんはお仕事も止めて、専業主婦になったんだ。」
歩いていった先に公園があった。
ブランコと滑り台があり、坂の斜面沿いに造られたものだった。坂のてっぺん近くには砂場もあった。
「わー!私、よくここで遊んだんだよ?先生に連れられて、でもね。その頃から内気だった私は、いっつも1人で公園の隅のあの木にもたれかかって、ここでの時間を過ごしてたの。」
高野は公園の一角に立つ木に触れて、木を見上げた。
「子供の頃というのは、皆純粋で、それ故に時に残酷な所業に気づかない、というようなこともままあるものだ。」
「うん。私もね。その時は辛かったんだけど、その思い出があったから今があるのかもしれないって思ってるよ。」
高野は私の方に顔を向けた。その表情は、昔を懐かしむような、愛おしむような、そんな憂いを帯びた表情で。私は言葉を失ってしまった。
「じゃあ帰ろっか。」
高野の表情が頭からしばらく離れないまま、私達は来た道を戻る。
なんだかあの公園のあの木が、心に引っかかっていた。