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私は工藤の話を聞いてからというもの、ずっともやもやしてしまっていた。
さらに私は工藤が高野に告白をするという決意を聞いてから、なんだかどうにもうまくいかなくなってしまったのだ。
高野に対してだけでなく、椎名に対してもなのだ。
最初に高野と椎名に合流した時に、高野に対して何か言うのは違うような気がしてしまった。
かといって椎名に対してかわいいなどと、自分の好意を表すような表現で相手に伝えてしまい、結局何がしたかったのか自分でも解らずじまいだ。
その後高野とプールサイドで休憩をしていて、いつもなら普通に会話していたのだが、何を話せばいいのか解らなくなってしまい、沈黙していた矢先に高野の言葉を突っぱねるようなことをしてしまった。
せめてすぐに謝罪すればよかったのだが、高野に謝らせただけで、そのまま終わってしまって、高野を困らせてしまったかもしれない。
自分の行動が、言動が、感情が、ちぐはぐで、何をどうしたいのかわからないままただただ暴走してしまっている。
そんな感じなのだ。
こんなにも簡単に、人は自分を保てなくなってしまう。
こんなにも簡単に、人は人の心持ちを変えてしまう。
これは、やはり誰かが誰かのことを好きだという想いが生み出す負の産物なのだろう。
ああ。面倒くさい。心が疲れる。本当に、どうすればいいのかわからない。
ふと顔を上げると、私たち4人は、ウォータースライダーのてっぺんの入り口付近まで足を運んでいた。
「ちょっと君島くん!なんでそんな先々行っちゃうのよ!?」
気がつくと椎名がすぐ後ろまで追い付いてきていて、少し下に高野とそれを気遣い一緒に階段を上がってくる工藤がいた。
「君島ー!何を急にノリノリになってんだよ!そんなにウォータースライダーやりたかったのか!?高野が付いてこれねーだろうが!」
1階層下から工藤が叫んでくる。どうやら考え事をしながら黙々とウォータースライダーの階段を登ってきてしまっていたようだ。
改めて前を向くと、ウォータースライダーの入り口が見えた。ちょっと覗いてみたのだがすごい角度だった。
下から見ると高さも角度もそこまで凄いようには見えないが、実際上から見るとどちらも恐怖心を煽るには充分すぎるほどの高低さと角度を感じさせた。
私は途端に足が竦み上がった。
「え?急に?君島さん?どうしたのかなぁ?」
私の心境の変化を悟ったのか、からかうように椎名が後ろから声をかけてきた。
これはヤバイ。これを面白がって滑っていく人の気が知れん。
ここのウォータースライダーは全部で3段階あり、初心者向けの5メートル級と、中級者向けの15メートル級、あと最後が今いる上級者向けの25メートル級だ。高さでいうと、ビルの5階は越えるのではないか。まだ午前中とはいえ中々の賑わいを見せているこの市民プールだが、ここまで登ってきている人は今のところ私たちだけだった。
「君島?さっきの勢いはどうした!?早くいけよー!」
工藤も高野と共にようやく追い付いてきた。
「まさかここまで来て怖じ気づいたなんて言わないわよね?」
なぜそんなに嬉しそうなのか椎名が私のすぐ後ろに来た。
「わっ!」
その矢先にトンっと軽く椎名が私の背中を押した。というか軽くタッチしたという方が正しかっただろう。ちょっと、悪ふざけで脅かしてみたと、そんなつもりだったのだろう。しかしそれでも私の恐怖心を最大限まで引き出すには充分だった。
「わっ!と!?うっ、うわあーーーっ!!」
私はその瞬間体が硬直してしまい、足を入り口近くに置いていたのも手伝って、そのままウォータースライダーの中に滑り落ちてしまった。
何か掴むものはないかと必死に手を伸ばしてみたが、そこにあるのは椎名の足しかなくて・・・。
「わっ!ちょっ!きゃあーーー!!!!」
「うわあーーーーー!!!」
私は椎名の足の太もも部分にしがみついたまま一気にウォータースライダーを滑り落ちていったのだった。
遠くの方で、工藤と高野の叫び声が聞こえた。
「くっ!ど、どうするか!」
椎名と密着した状態でウォータースライダーの中を滑走していく。最初こそ急降下に感じたが、10秒程下ると今度はカーブの連続で、体は揺られるが、スピードは少し和らぎ、気持ち的にも少し余裕を取り戻した。
ただ、それと同時に椎名の柔らかさが、密着することによってダイレクトに伝わり、恥ずかしさも込み上げてくる。
「君島くん!とりあえず、このまま流れに乗って下って行って!あと、手の力を緩めて前を向いてくれない!?」
「すっ、すまない!」
恥ずかしさから、慌てて椎名のことを手放そうとすると、なぜか今度は逆に椎名に脇の下から足を回す形で体を太ももで挟まれてぎゅっと締め付けられる体勢になった。
「っ!なっ!?」
私は後頭部を椎名の胸の上に頭を置いたような形になって訳もわからず動揺してしまう。。それによって椎名に上半身をもたれかけさせた形になり、またまっすぐな水路に戻ると同時に下る勢いが増した。
「ごめん!ちょっと我慢して!このまま少し起き上がれる?」
もはや私はただただ言われるがままに腹筋に力を入れて体を起こす。椎名の胸の感触が頭から消えると、今度は 椎名の膝が立って脇の下から今度は腕がお腹回りに回され、今度は背中に胸をぎゅっと押し付けられる形になった。
「この方が安全だと思うから。このまま滑りましょ!」
椎名と色々密着してしまってものすごく恥ずかしくはなったが、確かにスピードも緩まり、ウォータースライダーの滑走も安定して、断然滑りやすくなった。
「・・・わ、わかった!」
聞こえたかどうかはわからないが、極力冷静に返答した。もはや、心臓はバクバクいいっぱなしで、背中に感じる椎名の温もりも心地良すぎてどうにかなってしまいそうだった。
そこから30秒程だったのだろうか。実際には何十分にも思えるほどの時を椎名と密着した状態でウォータースライダーを滑り切り、2人してプールに放り出された。
ざぶんっという音がして、椎名の感触が背中から離れていく。そこから水の中を少し潜ってようやくプールから私は顔を出した。
「げほっ!げほっ!」
実際たどり着いたプールは胸の辺りまでの水深だったが、予期していなかったので、少し水を飲んでしまい、咳き込んでしまった。振り向くと少し離れて椎名もいた。
「君島くん!大丈夫だった!?ごめんなさい!まさかこんなことになっちゃうなんて!」
慌てて私の方によってきて、私を心配してくれた。
自分のすぐ斜め下に椎名の顔がある。椎名は私とこんな距離にいることに抵抗を感じないのだろうか。
私は椎名を引き寄せて、抱きしめてしまっていた。
「君島・・・くん?」
椎名は戸惑ったような声を上げる。しかし、突き放すようなことはしてこなかった。
「・・・そんなに怖かったの?よしよし。」
そう言いながら私の頭をぽんぽんと2回叩いた。勘違い?なのだろうか。とにかくこんなことをしている私を受け入れてしまえる椎名に対して湧いてくる感情を、全く理解出来ずにいた。
「椎名はいつもそんなだな。私を困らせてばかりだ。」
「・・・ごめんなさいってば。」
何故私は椎名に対してこんなことをしてしまっているのだろう。
何故椎名はこんな時に優しいのだろう。もっと私のことを突き放してくれれば、苦しくてもこんな苦い思いはしなくて済むのかもしれないのに。
好きな相手にこんなことをして、胸の鼓動を早めながらも、私は最低にも、高野のことも頭の片隅にいてしまっているのだ。私の心はどうしてしまったのだろうか。
私はもはやいつ晴れるともしれないもやもやを、心の中だけに押し留めることが出来なくなってきていた。