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6月30日
本日はいよいよ勉強会の日だ。時刻は午前9時。集合時間だというのに椎名も工藤もまだ来る気配がない。次の電車だろうか。待ち合わせは魚ヶ崎駅だ。そこから3人で合流して高野の家にいく予定だ。
6月も終わりに近づき、夏も本番という感じの暑さになってきた。私としては雨でも降ってほしかったのだが、まだ梅雨だというのに雨が降る気配も予報もなかった。
ようやく電車が駅に到着すると、椎名と工藤が揃って到着した。
「おっはよーっ!」
「待たせたなっ!」
2人が改札を抜けてこちらにやって来た。今日は2人とも私服だ。
工藤はというとベージュのハーフパンツに黒のタンクトップまではまだいいがおでこにサングラスを乗せており、首回りのネックレスや指にはめたシルバーのリングとも相まって、どう見てもチンピラといった風な格好だった。
そして椎名は前回も私服は見たとはいえ、デニム生地の短パンに今日は胸の回りにヒラヒラのついた薄緑色のキャミソールを着ていた。そしてこの1ヶ月で少し伸びた髪をポニーテールにしており、白いうなじや、お腹回り、健康的な長い足が目に入り、この露出の多さは目に毒だった。
ちなみに私は安定のジーンズにチェックのシャツだ。
「じゃあ早速行きましょ!夏は待ってくれないわよ!」
「おおっ!さすが、いいこと言うじゃねーか!あねごっ!」
「誰があねごよ!」
最近ではすっかり普通となった2人の掛け合いを聞きながら私は少し距離を開けてついていくのだった。
「あらっ!いらっしゃい!皆よく来たわね!めぐみちゃん!また会えたわね!嬉しいわ!」
高野の家に着くと、お母さんが玄関口に出て来て出迎えてくれた。うろ覚えだが、小学校3年生の時、高野とは同じクラスになったことがあった。その時の授業参観の時におそらく見たことはなくはないのだろうが、正直よく覚えていない。
「美奈ママ!私も会いたかったです!」
そう言って2人はがっしりと抱き合った。なんだか高野とは違って元気なお母さんなのだな。この2人の方が親子という方がしっくりきてしまいそうな息の合いようだった。
「美奈ママ!あと今日は手土産持ってきました!」
「あら。めぐみちゃんありがとう!そんなわざわざ気を遣ってくれなくてもいいのに。」
そう言って、椎名は高野のお母さんに紙袋を渡していた。
「さてさて。では家の娘が選んだ男の子はどんな子なのかな?」
椎名としばらく歓談した後、高野のお母さんがようやく私達の方を向いて、そう切り出してきた。
「あのっ!工藤と申します!お母さまっ!この度はお日柄もよくっ!」
完全にテンパっている。
「ふふっ!工藤くんね。元気な子ね。私はそういう子、好きよ?」
「あっ、ありがとうございます!うしっ!」
思わずガッツポーズを決める工藤。大げさなやつだ。
「それで?そっちの子は?」
「初めまして。君島と言います。高野美奈さんとは仲良くさせていただいております。今日はよろしくお願いします。」
一応初めてではないのだが、お互い覚えていないだろうから、初めましてと挨拶した。
「あら。あなた、君島隼人くん?」
お母さんはどうやら私のことを覚えていたようだ。
「はい。すみません。実は小学生の時に美奈さんと同じクラスだったことがあったので、初めてではなかったのですが、もう覚えていらっしゃらないかと思いまして。失礼しました。」
「小学校?そうなの?私はてっきり・・・。んーまあ細かいことはいいわ!隼人くんも今日は楽しんでいってね!」
なんだかしっくりと来ない反応だが、まあ追求するほどのことでもない。それよりこの勉強会を楽しんでいけと言う方に違和感を覚えないでもなかったが。まあこれでお母さんとの挨拶は済んだ。
しかし、当の高野はまだ姿を見せないようだ。
「なんだかあの子、ちょっといつもと雰囲気違うから恥ずかしがってるみたいなの。」
ん?どういうことだ?雰囲気?
「お母さん!私が連れてきます!」
椎名は何か得心がいったのか、そそくさと家に上がり込んで2階にドタバタとかけていった。
しばらくして。
「おまたせー!美奈!出てきなさいよっ!とっても可愛いから!」
「うう・・・そんなこと言わないでよ・・・恥ずかしい・・・。」
椎名に言われて高野が玄関からすごすごと顔を出した。
私は一瞬誰かわからなくて絶句してしまった。
一言で言うと高野がすごく女の子らしい格好で立っていたのだ。
いつもしている眼鏡を外していて、おそらくコンタクトにしたのだろう。眼鏡で隠れてわからなかった長いまつげやぱっちりした目があらわになり、髪型は長い髪を頭の上でお団子にしており、普段は伏し目がちな印象も気にならなくなっている。服装も学校の制服ではなく、白のワンピースにスカートの所にワンポイントで花柄のアクセントが添えられており華やかだ。また、ワンピースなので腕も肩から露出しており、椎名の健康的な肌とは違う、透き通った白い透明な肌が陽光に映えている。そして極めつけは、赤いポーチサイズの鞄を斜めに肩からかけることによって、普段は分かりにくい母親譲りの胸の膨らみが強調されていて、少女のような体躯に大人な部分をあわせ持つというその矛盾が高野の魅力を跳ね上げているように思えた。
「う・・・うおおおおーっ!」
工藤がここ最近では一番の雄叫びを上げた。もはや獣の域だ。
「うん。母親のひいき目を抜いても可愛いと思うわよ。美奈。」
「どう!?あたしのプロデュース力!萌えると思わない!?」
昨日2人で学校が終わるやいなやさっさと行ってしまったのはそういうことだったのか。
「あ・・・あの・・・。どうかな・・・?」
高野が玄関から2、3歩前に進んで私の顔を見た。靴も白いヒールのついたサンダルだったので少し歩きにくそうだ。
「あ・・・ああ。似合っているな。」
今日はまともに勉強できるのだろうか、と心配になったのだった。




