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「おーい。隼人ー!起きなさいー。学校に遅れるわよー!」
隣で寝ている君島くんに声をかけていると、彼はゆっくりと目を開けた。どうやらバレーボールをもろ顔に受けたらしい。右目の回りがうっすらと紫色になっている。
「あ、やっと起きた!隼人!早く学校行かないと遅刻ですからねっ!」
なんて母親を演じていると、
「・・・何を言っている?ここは学校だが?」
と普通に返された。
「むっ!意外とはっきりしてたか。君島くんの寝ぼけマザコンぶりを拝んで爆笑するつもりだったのに!」
私の淡い目論見はつぶされちゃったみたい。
「どんな算段なのだ。それに私の母親はそんな喋り方ではない。」
「え!?やっぱり君島くんみたいな喋り方なの!?」
予想通りと思いつつやっぱりそういう事実を告げられるとテンションが上がってしまう私がいた。
「まあそうだな。それよりそっちは足は大丈夫なのか?」
もう少しその話を聞いてみたかったけれど、君島くんは話題を変えて私の体を気遣ってくれる。何だかんだで彼は優しい。
「あー、うん。軽い捻挫だって。大事をとって今日は部活は休むよう言われちゃった。」
「そうか。それならよかったな。」
興味があるのかないのか、いつもの無表情で彼は言葉を紡ぐ。こういうやり取りにももうすっかり慣れたんだけどね。
「うん。まあ自分のせいだからしょうがないね。あ、それより、この前お見舞いに来てくれた日のことなんだけどさ・・・。」
私も話題を変えて、改めてこの前のことのお礼を言おうとする。後から考えるとけっこう乱れた姿を見られたかもとも思ったりして、恥ずかしさもあったので、なんだか照れてしまうんだけど、心配してくれたことに変わりはないと思うし。
「あ、ああ。」
相変わらず素っ気ないんだからと思ったりもするけれど、最近はこれが君島くんの普通なんだとわかってもきているのでもう気にならない。
「私ってけっこうあーいうことされるの慣れてなくて、なんか今思うとこっ恥ずかしさみたいなこともあったりするんだけどさ・・・。」
なんか変に引き延ばしたら余計いいづらくなってきちゃった。ただありがとうって言うだけなのに。もう!君島くんの日頃の行いのせいよ!ぜったい!
「え?椎名?・・・あーいうこと?まさ・・・か?」
そうこう心の中でうじうじと考えていたら、君島くんの様子が突然変わった。私は少し不思議に感じながらも彼との会話を続けていった。
「え?あ、うん。まあ・・・ね。まさか寝ている間にあんなことになるなんて思わないじゃない?だから私も寝ぼけてたのもあったから、なんだ、色々と、心の準備もなかったし?」
なんだか私が喋れば喋るほど君島くんの顔が青ざめていくような気がした。私は心の中でどんどん???が浮かんでいく。
「あ、いや、あれは、不可抗力というか、そういうつもりではなかったので、あんまり変に取られると困るというか・・・。」
社交辞令とでも言いたいんだろうか。また、すぐそういう言い方するんだから!君島くんは本当にいつも素直じゃない。
「何よ!それでも嬉しかったんだから、お礼くらい言わせなさいよね!」
「なっ!?・・・うれ・・・し・・・かった?」
目を丸くさせて時を止める君島くん。いやいやそんな意外そうな顔しなくても!君島くんの中のあたしって一体どんなヤツなんだろう!?
「そうよ!私ってこー見えてけっこうあーいうことされるの慣れてなかったりするんだから!」
「そ、それは私もだ。まあ、高校生があまりそういうことをし過ぎるのは良くはないと思うが。」
「え?そう?私は別に何回されても嬉しいかもって思うけど?」
「な!?そ、そういうものなのか?ま・・・まあ女の子はみんなそういうものか・・・。」
なんか渋々納得したような感じだけど。何よ、女の子って?
「?別に男の子でも嬉しいでしょ?」
「なっ、ま、まあ確かに嬉しかったか嬉しくなかったかと言われれば嬉しかったかもしれない。確かに椎名に失礼だな!」
「嬉しかった?君島くんは別に嬉しいとかじゃないでしょ?しかも私に失礼って何よ?」
なんかさっきから微妙に君島くんの言ってることが不自然な感じがして、話が噛み合ってない気がする。
「いや・・・、だから、・・・あの日のことが。」
「あーっもう!だから!なんなのこの長々と意味のない会話は!?とにかく!お見舞い来てくれてありがとうございました!もうっ!それが言いたかっただけなのにっ!君島くんのばか!」
私は彼に背を向けて横になった。
「え?あ?お見舞いありがとう?だってそれはこの前すでに・・・。ふ、ふうーーー・・・。」
何よその長いため息。もう完全にスルーよ!
「なあ、椎名。」
「椎名さんは現在眠っております。すーすー。」
「いや、完全に起きているだろう。」
「すーすー。」
このまま眠ってやるー。
「わかった。私が悪かった。それに、勘違いしているかもしれないが、さっきのはため息ではないぞ、安堵のため息だ。」
「何よそれ。結局ため息じゃない。」
結局君島くんの変な言い回しに反応してしまう私。
「椎名が寝入ってしまったのはやれやれのため息だと思ったためだろう?だから、安堵のため息だ。」
「・・・。」
「・・・ぷっ。」
「ぷふっ!あははっ何よそれー!安堵のため息だ。じゃないわよ!ホント意味わかんない!くふふふっ!あー可笑しい!安堵のため息って!もー、だから君島くんその話し方やめてよ!可笑しくなっちゃうじゃない!」
なんだか急に笑いが込み上げてきて、歯止めがきかなくなってきてしまった。彼の独特な言い回しがいつも妙に引っ掛かって話をしてしまうんだけど、今回はすごくツボに入ってしまったみたいだ。
「いや、これが普通なのだからそれは無理な相談だな。」
「だからっ!今喋らないで!もう!あははっ!ダメッ!変なスイッチ入っちゃったかも!くふふふっ!もう無理ー!」
もうお腹がよじれるかと思うくらい可笑しくて、そんな矢先のことだった。
「・・・ふふっ。」
私は自分の笑い声で一瞬聞き間違いかと思ったけれど。
「!!?・・・君島くんが・・・今笑っ・・・た?」
「・・・笑ってないぞ。」
「いーえ!笑いました!絶対笑いました!初めて見ました!わーい!」
さっきの可笑しさが吹き飛ぶほど嬉しくて衝撃的だった。
「そんなになるようなことではないだろう。」
「そんなになるようなこ・と・で・す!だってこの2ヶ月ちょっとで初めてじゃない!」
「・・・そんなことはないぞ?いつも笑っているぞ?」
「どのくらい?」
「1日1、2回?」
「少なっ!それって今日はもう終わっちゃったかもしれないってことじゃない!」
やっぱりこの人は普段からあんまり笑ってないんだ!もったいない!
「そ、そうだな。ではラッキーだったな。私の笑った所が目れて。」
「む。急にポジティブね。それってまるで私が君島くんの笑った顔が見たいみたいじゃない。・・・まあ見てみたかったのは確かだけど?」
君島くんはいつもネガティブな気がしてたからそんな風に返されるとは思わなかった。今日は何だか色んな新しい君島くんを発見してばかりだ。
「ふ・・・、しかし、椎名はいつもポジティブだな。」
「え?うん。だって、そっちの方が人生絶対楽しめるでしょ?」
私は当たり前のように答える。
「そうか。椎名は楽しい人生を送りたいのだな。」
「?当たり前じゃない。辛いより、楽しい方がいいに決まってるわよ。」
そう言いながら、君島くんはそうじゃないのかな。なんてことが頭に過る。それに、どことなく彼の表情が寂しそうで、それが少しだけ大人びて見えて。
「・・・うん。そうだな。」
「あら、歯切れ悪ぅー。もう!」
なんだかそんなの悲しいな。なんてことを思ってしまった。
「君島くん。」
「なんだ?」
だから私は満面の笑みで言ってやったのだ。
「人生楽しまなきゃ、損だよ!」
どうですか?このめぐみちゃんスマイルは!?なんて。今日の私はどうしたんだろう。・・・バカみたい。
「・・・なあ、椎名。」
「はい。」
「ありがとうな。」
ありがとう?ありがとうか・・・、本当はそんな言葉が欲しかったわけじゃないんだけどな。
「変な君島くんだね。わかった!これからもよろしく!」
そう言って私は右手を差し出した。まあ、友情の証ってやつだろうか。何だか反射的に手を出してしまったけど、彼のことだからスルーされる可能性もある。そんなことを今されるとさすがにちょっと悲しいかもしれない。
だけど彼はこの時ばかりは何も言わずに手を握ってきてくれた。
この時なんだかようやく君島くんと友達として打ち解けた気がして。私は少し誇らしいような、照れくさいような。だけど心がほっこりとした温かい気分になれたんだ。
握った手はやっぱり大きな手だなーと思いつつ、私はなんだか、この手の感触を知っているような気がした。




