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私はやはり椎名のことが好きなんだろう。近くにいるだけで、顔を見ているだけで、この左手の温もりが伝わってくるのを感じる度に、胸の鼓動がどんどん早くなっていくのを感じる。
この手を早く離さなければ、万が一目を覚ましたらどういい訳するのか。だが、それができない。手を握っているだけで、心が満たされる。苦しみから解放されている自分がいる。それと同時にこれだけでは足りないと麻薬のように欲求が次から次に溢れて止めどない状態になっていく。
ダメだ・・・このままでは本当にダメだ・・・。
ガチャッ。
「君島くん!ごめん!お待たせしました。」
私はまた心臓が跳ねる思いだった。慌てて握っていた手を離して後ろを振り替えると高野が靴を脱いで揃えている後ろ姿が見えた。
「早かったのだな。てっきり駅の近くまで行ってしまったかと思ったぞ。」
内心心臓をバクバクさせながら至って普通に声をかけた。
「うん。そう思ったんだけど、途中で色々まずいかなと思って、とりあえず、コンビニで冷たい飲み物とパックのお粥買ってきたよ。あと風邪薬なら私いつも少し持ち歩いてるから。」
「そうだったか。いや。私もこの状況で椎名が目覚めたり、家の人が帰ってきたらどうしようかと思ったぞ。」
「そうだよね。・・・ごめん。私ったら焦っちゃってたかも。」
「まあどちらにせよ二人とも椎名の家に勝手に上がり込んでいることに変わりはないから、早めに行くとするか。」
そう言って私は腰を上げた。
「そ・・・そうだね。じゃあ飲み物とお粥は冷蔵庫に冷やして薬は枕元に置いておこうかな」
「う・・・ん。・・・あれ?」
もう帰ろうかというところでタイミングがいいのか悪いのか、椎名が目を覚ました。高野はそれを見ると、椎名のもとに駆け寄った。
「めぐみちゃん。大丈夫!?ごめんね勝手に上がり込んじゃって。チャイム鳴らしても誰も出なくて。ドアが開いてたから中覗いたらめぐみちゃんが苦しそうにしてたの見えたから!」
「・・・。」
高野は少しテンパりながら理由を説明した。心配なこともあるが、勝手に人の家に上がり込んでしまった罪悪感もあるのだろう。椎名は熱もあり、寝起きでぼうっとしているので、事態を把握したかは微妙だが。
そして椎名の目が私の方にも向けられる。
「・・・君島くんも来てくれたんだ。」
「ああ。、高野の付き添いでな。」
「めぐみちゃん、お粥と冷たい飲み物あるんだけど、食べる?家の人、もう帰ってくるのかな?」
高野はまだ慌てた様子だった。
「・・・ありがとう。いただこうかな。喉も渇いたかも。」
椎名はそこで起き上がった。布団が剥がれ、汗ばんだTシャツが妙に艶かしく、目を逸らしてしまった。
「家はお母さんと2人暮らしだから、仕事でいつも夜の10時くらいになるかなー。」
「そうなんだ。なんだかごめんなさい。」
悪いことを言わせてしまったと、高野は申し訳なさそうにした。
「あー。気にしなくていーから。別に気にしてないし。」
その時の椎名の気持ちを私はなんとなく察してしまった。
そこから椎名は着替えた(当然閉め出された)あとお粥を完食し、飲み物をペットボトル1つ一気に飲みほし、薬を飲んで、再び床についた。これだけ食欲があればまあ大丈夫だろう。
「じゃあ行くね。めぐみちゃんお大事に。」
「うん。ありがとね。君島くんも、わざわざ来てくれてありがとう。」
玄関まで見送ってくれた椎名は、いつもとは違ってやはり少し弱々しく見えた。
「ああ。あまり無理はするなよ。」
「あら。なんだか今日は優しいじゃない。」
「当たり前だ。病人には優しくするものだ。」
「そーですか。じゃあいっつも風邪ひいてようかなー。」
「それだけ言えればもう大丈夫そうだな。じゃあまた学校でな。」
「うん。ありがと。また学校で。」
そう言葉を交わして私と高野は椎名の家を後にしたのだった。