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5月24日
木曜日の放課後。
この日は週に2回ある図書委員の活動の日のもう1日だ。今週の月曜日はというと、中間テストがあったため活動はなかった。
月曜日は高野との図書室のカウンター業務だが、木曜日は一つ下の一年生の城之内彰という男子と一緒だ。
彼はスラッと背は高く、眼鏡をかけていて、髪は短く切り揃えられており、前髪は右にさらっと流している。目が切れ長で、本を読んでいることが多いので、ガリ勉で高圧的な印象を受ける。
将来の夢は小説家で、ここでは本を読んでいるか、自前のノートにこれから執筆予定の話のあらすじや設定などを書きなぐったりしている。
図書室の仕事も基本的にはあまりやろうとしないので、なぜこの委員会に入ったのか謎だが、木曜日は基本暇で一人でも回るし、暇ならぼーっとするか勉強でもしている程度なのだから、夢に一生懸命な後輩を気遣ってほっといている。
まあ今は数日経過したとはいえ、工藤との約束のことで陰鬱な気持ちが消えず、落ち着かないのだが。
そんな私の気持ちを察してか、たまたまか、珍しく城之内が話しかけてきた。
「先輩。なんだか今日はいつになく暇そうですね。」
「ん。まあそうだな。テストも終わって勉強もここでまでする気になれないしな。」
相変わらず生意気な話し方だな。
「では、せっかくなので先輩にこれからの小説の参考にいくつか設問してもよろしいですか?」
眼鏡を右手でくいっとやりながた訊ねてきた。
「なんだ。まあいいだろう。暇つぶしにはなりそうだ。」
「先輩にとって人を好きになるってどんな感じですか?」
「そうゆう質問か。なんだ、恋愛小説でも書くのか?」
「質問に質問で返さないでくださいよ。」
あー。話しづらいやつだな。先輩をなんだと思っているのか。
「はー。そうだな。人を好きになるっていうのは、いつの間にかその人のことを目で追ってしまったり、ちょっとのことでドキドキしたり、ずっとそのことばかり考えてしまうようなことじゃないのか?」
さらっと適当に答えた。
「はー・・・。随分と月並みな答えですね。先輩はもう少し変わった価値観の持ち主だと思っていたんですが・・・。僕の勘違いだったようですね。」
ため息をつきながら、また眼鏡を右手でくいっと上に上げる。どうやら話す時の癖のようだ。
「では、好きな気持ちを相手に伝える時はどうします?」
「ん?それは伝える前提なのか?」
「伝えないということですか?そういう勇気はないと?」
再び眼鏡をくいっとやった。
「あー。私の見解だが、そもそも好きになったらどうしてその気持ちを相手に伝えなければならないのだ?」
「なぜ?ですか。」
「相手を一方的に好きになって、好きになったからそれをいきなり相手に伝えるというのはなんだかあまりにも自分勝手なことのように思えてな。」
「・・・。」
城之内は黙って耳を傾けていた。
「相手が好きだからそれを伝える。そのあと相手がそうでなかったら?気まずいではないか?相手は何もしていないのにそんな気を遣わせることになって申し訳なくはないか?逆に相手も好きだったら付き合うのか?なんだか自分勝手ではないか?好きという気持ちが、お互いをうまく利用しあっているように思えてな。わがままな自己主張でしかないような気がするのだ。」
「・・・ふむ。なるほど。中々おもしろい意見が聞けましたよ。先輩はやはりおもしろい人ですね。」
城之内は再び眼鏡を右手でくいっと上げながらニヤリと笑った。変なやつだ。
その後城之内はすごい勢いでノートに何かを書き始めて、図書室の閉まる時間になった。
帰り道。さっきのことを改めて考えていた。
先程は自分の恋愛観みたいなものを声に出して言ってしまったが、やはり私は人に想いを伝えるなんてことはしたくないのだろう。椎名に好きと伝えて迷惑をかけたり、万が一付き合ったとして全くどうしていけばいいのか想像もつかない。むしろ今よりややこしいことになってしまいそうだ。そんなことになって何の得がある。やはりこんな気持ちはそのままにする努力をするべきだ、と。
自分の気持ちはしっかりと固まっていると思っていた。