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おひさまの庭

作者: 小沢とも

「マモルー、タスクー。お隣のアキさんにリンゴ、届けて来てー」

階下からのお母さんの声に、積み木で遊んでいた2人の男の子が顔を見合わせます。

全く同じ顔の、双子の男の子。

「はーい」

返事をする声もキレイに重なって、家の中に響きました。


「アキさん、こんにちはー」

マモルとタスクのお隣に住むアキさんは、1人暮らしのおばあちゃんです。

どれぐらいおばあちゃんなのかは、来年、小学校に上がるマモルとタスクが生まれた時にはもうおばあちゃんだったので、2人には分かりません。

「あらあら、マモルくんにタスクくん。こんにちは」

居間の方からゆっくりとした足取りで出てきたアキさんは、いつもと同じニコニコ笑顔で2人を迎えてくれます。

「はい、これ、リンゴ」

買い物袋に入ったリンゴを、マモルがアキさんに差し出すと。

「アキアカネ、って言うんだって。アキさんの名前が入ってるね」

タスクがお母さんから聞いた名前を、得意そうに口にします。

「とっても甘いリンゴだったよ」

2人の声が揃って、アキさんは楽しそうにころころと笑いました。

「はいはい、ありがとうね。さっそく、ご馳走になりますよ」

そう言うと、アキさんは花柄のエプロンのポケットから飴を2つ取り出して、マモルとタスクに渡します。

黒飴、塩飴、ハチミツ色の飴。

アキさんの飴はいつも同じ種類だけど、家のお母さんが買わない飴で、2人にとっては嬉しいお土産でした。

「ありがとう!」

2人の声が重なって、パタパタとアキさんの家から走って家へと帰ります。


「アキさん、最近、具合が悪いんだって」

家に帰って積み木遊びの続きをしながら、マモルがお母さんから聞いた話を口にしました。

「元気そうだったけどね」

タスクはそう言ってから、ちょっと思い返すように首を傾げて。

「でも、お庭。いつもより草、ボーボーだったね」

アキさんのお庭は、いつの季節も色んなお花が咲いていて、とてもキレイにしてあります。でも、今日のお庭は、いつもよりも緑の葉っぱが多いように見えました。

それも、アキさんが選んで植える緑ではなく、アキさんの家の向こう隣の空き地にあるような草の緑で。

「お庭がボーボーだから、アキさん、具合が悪くなるのかな」

タスクの呟きに、マモルは少し考えてから、パッと顔を上げてタスクを見ました。

「じゃあさ、ボクたちでボーボー、退治してあげようよ。毎日、10個ずつ草を取ったら、きっとお庭、キレイに戻るんじゃない?」

「いいね!草は隣の空き地に捨てればいいもんね」

タスクもパッと顔を輝かせて言いました。

いつもニコニコ笑顔で飴をくれる、優しいアキさん。

お母さんに怒られて泣いた時も、アキさんはこっそり、マモルやタスクの口に飴を入れてくれるのです。

昨日食べたリンゴのように、甘くてふんわりしたアキさんを、2人とも大好きでした。

そんなアキさんのために、アキさんの大事な庭を邪魔する悪い草をやっつけるのです。

2人は強く頷き合いました。


次の日から、早速、2人はアキさんの庭の雑草抜き作戦を開始しました。

晴れの日も、雨の日も。

2人で仲良く草抜きをする日もあれば、ケンカしてバラバラに来る日もありました。

そんなに広い庭ではありません。

小さな男の子たちがちょこちょこ走り回るのを、アキさんが目にすることも度々でした。

「おままごとでもしてるのかしらね」

優しい声で、飼い猫のチャトランに話しかけます。

茶色のトラ猫なのでチャトラ。

マモルとタスクが「チャトラン」と呼ぶので、アキさんもすっかり「チャトラン」と呼ぶようになっていました。

庭の片隅でゴソゴソしては、隣の空き地にトコトコ走って行って。

そのまま空き地で遊んだり、またお庭に戻って来て、外でひなたぼっこしているチャトランと遊んでから家に帰って行ったり。

最近、風邪を引いて治りが悪く、庭の手入れのために外に出る時間がなく、庭が寂しかったのですが、動き回る子供たちのおかげで活気づいているようにも見えました。


「問題は、種だよね」

マモルが難しい顔をして言いました。

毎日の草抜きで、庭はずいぶんキレイになりました。

もちろん、マモルたちの目線で見ての範囲なので、庭全体としての見た目ではないのですが。

マモルとタスクは、草を取ったはいいけれど、そのあと、どうやったら花を咲かせて庭を飾れるのか、小さな頭を悩ませていました。

アキさんは、お店で買ったお花をキレイに庭に植えますが、マモルたちのお小遣いではお花は買えません。もちろん、種だって無理です。

「お花の種かぁ」

タスクもうーん、と眉を寄せて唸ります。頭の中に、色んなお花を思い浮かべて。

「…あ!」

声を上げたのは、2人同時でした。

「たんぽぽ!」

幼稚園のバス停に向かう途中、タンポポが咲いているのを良く見ます。綿毛がキレイに丸くなっているのを見つけると、2人で競って取っては息で吹き飛ばして遊んでいます。

秋でもタンポポって咲いてるのね、と、いつの季節にもあるタンポポに、お母さんが感心したように言っているのを聞いたこともありました。


次の日からは、草抜きの他に、タンポポの綿毛集めも2人の仕事に加わりました。

ビニール袋に集めては、アキさんの庭に蒔いて土をかぶせます。

うっかり、前に蒔いた綿毛を掘り出してしまったりもしましたが、2人は一生懸命でした。

と言うのも、アキさんの風邪は長引くどころか悪くなり、窓から姿を見る日も減って来たからです。

秋が過ぎ、冬になり、風邪はいつしか喘息になってしまい、庭にもアキさんの苦しそうな咳が聴こえて来る時もありました。

雪が降り、庭もうっすら白くなり、雑草も枯れて、お隣の男の子たちの姿もあまり見かけなくなりました。


長い冬が過ぎて、日差しが暖かくなる頃、ようやくアキさんの体も良くなって来ました。

久しぶりにレースのカーテンを開けて庭を眺め、アキさんは小さく笑いました。

「お庭も風邪をひいたみたいね」

いつもの春先なら、アキさんの庭には優しい色どりの小さな花が咲き乱れていますが、今年はまだ、冬ごもりのように色彩を失っています。

庭に降りようと窓を開けると、チャトランが先に、アキさんの足元をすり抜けて庭に出ました。

そのまま真っ直ぐ庭の奥へと走っていくと、立ち止まってアキさんを振り返り、にゃーん、と一声鳴きました。

アキさんを呼ぶようなチャトランの声に、アキさんも縁側からつっかけを履いて庭に出て、チャトランのいる方へと近づいてみます。

その足が、庭の真ん中ほどでぴたりと止まりました。

「まぁ…」

驚いたように、アキさんは大きく1つ、瞬きをしました。

庭の片隅、東の一角にだけ、黄色い花が敷き詰められたように咲いていたのです。

タンポポの花でした。

心なしか、その周辺だけは雑草も遠慮したように生えていません。

「まぁ、まぁ…」

同じ声が2度、アキさんの口からこぼれ、その口は次第に、笑顔の形に変わりました。

「…まるでお日さまみたいね。ウチの庭にも、ちゃんと春を連れて来てくれたみたい」

ふと、アキさんの頭に、ちょこちょこ動き回る2人の小さな男の子の姿が浮かびました。

「あの子たちがおひさま、呼んで来てくれたのかしらね」

アキさんの言葉に頷くように、チャトランも、にゃーん、と鳴きました。

お昼過ぎ、男の子たちが幼稚園から帰ってくる時間です。

「ホットケーキでも焼いて、おやつにお招きしようかしらね」

まんまるな、お月さまのようなパンケーキ。

お庭のお日さまを見ながら一緒に食べたら、きっと美味しいに違いありません。

午後のお茶会を思って、アキさんは幸せな気持ちでいっぱいになるのでした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しくて暖かな話でした。 [気になる点] 季節の描写が薄いです。 [一言] 双子の健気さがとても良いですね。
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