88.アルフの頼み事
「みんな寝ちゃったか」
夜。 いつも通りエンキドゥの酒場にて金貨千枚の大勝利パーティーを開いた僕たちは、特に何事もなくほろ酔い気分で家に戻り、全員が就寝の流れとなった。
明日はロバート王の生誕祭があり、サリアたちは女性三人組であちこちを回る算段を立てていたようで、いつものような飲み直しをすることなくお風呂に入ったらさっさと三人ともベッドに入ってしまい、僕は一人リビングで東の国のお酒、清酒を飲みながら考え事をする。
明日のリリムさんとのデートコースのこともそうではあるが、もう一つは、今日サリアが言っていた疑念のことである。
以前も似たようなことがあった。
まるで誰かが仕組んだかのように、魔物たちが軍隊を作り上げているのではないか?
そうサリアが僕に言ってきたとき、僕は彼女に杞憂だと笑い飛ばしたが、果たしてそれは正しかったのだろうか。
一階層の魔物の軍団、ニ階層の魔物の消失……そしてハッピーラビットの大量繁殖。
深く考えれば、確かに何者かの手が加わっているとしか思えない。
そして。
――生誕祭にはいかないで――
カルラの占いによる、生誕祭で良くないことが起きるという発言……。
あれが何を意味するのか……。
僕は一つ考えて、サリアにもらった清酒をまた一杯口に含む。
町は生誕祭、確かに思えば街を襲撃するには絶好の機会、気も緩み、人も集まる。
もし、あの場に魔物の軍勢が現れたら……。
僕はその状況をイメージし、身を震わせる。
クレイドル寺院の魔法陣は、確かに人間が作り上げたものであり、マリオネッターも迷宮の魔物であった。
「明日……か」
生誕祭まで残り時間は少ないし、たとえそれが本当だったとしても僕には何もすることはできないし……誰かに伝えようとしても確証すら存在していない。
「……あぁ、悶々とするなぁ」
僕はため息をついて時計を見ると時刻はちょうど10時を回ったところであり、仕方なく眠ろうかと席を立つと。
こんこん……と、扉をノックする音が聞こえる。
「来客?」
時刻はもう一度確認するが十時、まぁ誰かが訪れてもおかしくはない時間帯ではあるが、この時間帯に訪ねてくるような人に覚えはない……。
僕は金貨千枚のこともあったため、注意を払いながら扉の前に近づくと。
「おー俺だー、ウイル―……開けとくれー」
「アルフ?」
その声の主はアルフであり、僕は首をかしげながら扉を開ける。
「よーよー、すまんな夜分遅くに、ってあら? お前だけか? てっきり酒盛りでもしてばか騒ぎでもしてるかと思ったんだが、もう寝るところか、悪いことしたな」
「明日は生誕祭に行くからね、寝坊や二日酔いでパレードを見逃さないようにって今日ばかりはいい子になったんだよ」
「なんと、そんな聖夜の子供みたいな純粋なところがあったとはな、特にあのちんちく妖精に」
アルフの軽口に僕は苦笑を漏らし、立ち話もなんなのでアルフを家に上げる。
「東の国のお酒しかないけど飲むかいアルフ?」
「いんや、まだ酔うわけにはいかんからな」
「そう」
思えばアルフがこうやって僕の家を訪ねてきたのは初めてだ。
「今日は何の用事? こんな時間帯にくるなんて、酒を飲みかわしに来たわけじゃないってことは、仕事の話?」
「まぁな、仕事は相変わらず空振りと言いたいところだが、一つだけ進展があってな、実は昨日その話をしようとも思ってたんだが、騒ぎがあっていうタイミングを逃しちまってな。 そのあともいろいろ顔を出さなきゃいけねえところがあってなぁ……だからこんな時間になっちまったんだ」
「頼みたいこと?」
「あぁ……ウイル、一緒に迷宮に行ってくれねえか?」
「迷宮?」
「理由が必要なら今すぐ並べるし、報酬が必要なら用意しよう……とりあえずよ、お前の力が必要なんだ」
アルフはそう僕に言い、頭を下げる。
その表情には冗談や中途半端な気持ちはなく、頼み込むその瞳には本当僕にしか頼めないようなことなのだということが伝わった。
ならば、答えは一つだ
「ま、理由もあとでいいし、報酬なんていらないよアルフ。 言ったでしょ?
アルフが困ってたら僕を呼んでくれって、だから答えは一つしかないさ」
「ウイル……ありがとう」
「ただ、明日の朝までには返しておくれよ? 明日はリリムさんと朝からデートなんだ」
「そうか、明日の生誕祭の間に済まそうかと思っていたんだが、別に早く行っても問題はねえからな!そういうことなら今から頼んでもいいか!」
「もちろんさ、じゃあ待ってて、今すぐ準備してくるから」
サリアたちが起きたら心配するかもしれないけど、なに、朝までに帰ってくれば問題ない。
朝ごはんも彼女たちは生誕祭に行くのだから、祭りで朝ごはんは何とかなるだろう。
僕はそう一人で納得し、ホークウインドと白銀真珠の籠手を取りに行こうとする……と。
「あぁ、今日は少しばかり危ないところに行くからな、持ってる中で一番いい装備を持ってきてくれ」
アルフはそう物騒なことを言ってきた。
生誕祭まであと九時間
◇
「いやまぁ、確かに俺は危険が伴うからもてる最高の装備で来いとは言ったが」
夜の街を迷宮に向かって僕とアルフは歩いていく。
装備をしているのは、アルフの要望通り僕の持てる最高の装備、魔王の鎧。 そして腰には魔剣ホークウインドと螺旋剣ホイッパー。
インナーにはミスリルの鎖帷子に、右腕は少しばかり不格好ではあるが、防御力を重視して白銀真珠と差し替えているため、防御力に関しては今から迷宮最下層に向かうといわれても文句はないだろうし、攻撃力に関しては言うまでもない。
「アルフが最高の装備を持って来いって言ったんじゃないか」
僕は正直ドン引きをしているアルフに対してそう苦言を呈すると、アルフは困ったような表情で。
「そりゃ言ったは言ったがよ……まさかお前が今話題の伝説の騎士だなんて誰が想像できるかっての……イメージがかけ離れすぎだ」
そう苦笑を漏らして肩をすくめる。
「まぁ備えあれば憂いなしっていうし、今ならこの装備で街を歩いても目立たないし騒ぎにもならないから問題ないでしょ?」
「まぁな」
アルフはそういうと、のんびりとした様子で迷宮へと歩いていく。
「ところで、あとで聞くって言ったけど、どうして迷宮なんかに用事があるの?」
「あぁ、これはお前がいないと意味がないんだが、まずは迷宮教会に行こうと思う」
「迷宮教会に?」
僕はおそらく誰でもわかるくらい嫌な顔をしたと思う。 それもそうだろう、昨日の今日だ……僕はあの光景がフラッシュバックさせる。
「その反応からして、説明する手間が省けそうだな」
「アルフ、あんなところに何の用があるの? もしかして……」
そういえば迷宮をなくさないでほしいとか言ってたような。
「やめい、そんな趣味があるわけねぇだろ。 ただ、俺の今の依頼のクライアントが、迷宮教会だってだけだ」
「迷宮教会からの依頼って……もしかして女の子の捜索のこと?」
「そうだ……迷宮教会の聖女が死霊騎士に攫われた……その行方の捜査を俺は迷宮教会に所属している知人に依頼されたのさ……昔から付き合いがあるとはいえ……あのいかれ野郎の頼みを聞いちまったのが運の尽きさ」
「知り合いがいるの?」
「昔はまともだったんだけどな……壊れちまった奴が一人……顔なじみからの頼みでなかったら、あんなとこの依頼なんて受けるかよ」
「まぁ、そうだよね……ということは迷宮教会には経過報告に?」
「まぁな」
「それになんで僕が必要なの? 入信を断れなさそうだから?」
「お前もだんだんティズににて軽口が増えてきたな……経過報告もそうだが、あそこにあるアイテムを預けてるからさ」
「あるアイテム?」
「ああ、それを取るにはお前の力が必要なのさ、なぁに大したことするわけじゃねえから、身構えなくても大丈夫だぞ?」
「ふぅん……で、そのアイテムってなんていうの?」
僕は何の気もなしにそのアイテムの名前を聞くと、アルフは口元を緩め。
「再誕の青。 ブルーリボーンと呼ばれる宝石さ」
そういった。




