番外編・魔界の道化師と呪われたシノビ
「ふんふふんふふーん」
鼻歌を歌いながら、夜の街をフランクは一人歩く。
そのステップは軽やかであり、そのステップだけでも一流の大道芸人が舌を巻くほどなめらかでそれでいて重力さえも忘れさせるほどの優雅さを誇っている。
演技、というものの最高峰に立つ彼にとっては、ただ歩くという行為でさえも人々を魅了する芸となる。 場所が場所ならば拍手喝采の人だかりの中心となっていたことだろう。
しかし、残念なのか幸福なことなのか、彼の周りには人は一人もおらず、彼は人の出入りのない裏路地を一人楽し気に歩く。
「ん~、いつ見ても一秒未満ですね、この建物は」
苦笑を漏らしながら道化師は笑みをこぼし、裏路地にある壊れた廃屋へと入る。
~悪魔の寝床~と書かれた古看板、名前のセンスと看板のダサさが売りとなり、廃墟の中でもチンピラやローグの集合場所となっているそこは、観光客が入ってはいけない危険な場所トップスリーとなっており、現在は本当の悪魔の寝床となっている。
「お、お、お帰りなさい……ふ、フランク」
中に入るとそこにいたのは一人の真っ黒なワンピースを着た少女が椅子に座って紅茶を飲んでいた。
座っている椅子はこのぼろぼろの家屋には似つかわしくもない貴族様御用達のゴシック調を意識した赤い椅子であり、カップから香る甘いローズの香りは、さびた鉄のにおいが充満する裏路地の中で少女の違和感を増長させる。
「おやおやココア、今日は珍しく寝床に戻っているみたいですねぇ……それはいいんですけれども、そのとりまき、何とかなりませんか?」
フランクはそう苦笑を漏らすと、棒立ちをしているローグを指ではじくと、ローグは呆けた表情のままその場に倒れ伏す。
少女の呪いにより、正気を失った人間たち……何かと命令に忠実ではあるが、必要のない場合はこのようなマネキンのように立ち尽くすため、あまり広いとは言えないこの悪魔の寝床では邪魔なことこの上ない。
「ご、ごめんなさい! わ、私……その」
「ええ、えぇわかっていますよココア……。 いいえカルラ。 あなたは臆病だが勤勉でありそして何より隠密行動にたけている。 いなくなっても誰も気づかずかつそこそこの実力がある兵力をかき集めてきた……そういうことなのでしょう?」
こくりと少女はうなずき、フランクはくすりと笑みをこぼす。
「素晴らしいですよ、その働き、四分の価値があります」
フランクはそう少女の仕事に評価を下し、同時にローグをどかしてソファに座る。
道化師らしく大仰に足を組んで。
「あ、あの……フランク……さん」
「はいはいフランクです、何でしょうか?」
「……四分って な、何ですか?」
「なんですとー!?」
急にフランクは驚いたかのように飛び上がり、直立のままカルラへと近づいてくる。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 何もわからなくてごめんなさい」
「いえいえ、そういえばこの評価方法を誰かに伝えたことはなかったことを思い出しました、いやいや失敬失敬。 じゃんじゃじゃーん! ではでは奔放初公開です!……忘れてただけだけどぉ―。 君の気になっている……えーと」
「四分の価値?」
「そうそれ!!」
「ひっ」
「はっははー! 大道芸人とはお客さんのきちょーな時間をいただいて芸を見ていただくもの。 つまり、実力や面白さに応じて演技をする時間が与えられる すなわち! 我々大道芸人は演技に与えられる時間こそがすべてなのですよ。 どんなにすごい技を持っていても、時間を与えられなければそれを見せることもできない! だからこそ我々は命を懸けて時間を手に入れるのです! はははっは!」
ピエロは発狂と冷静を繰り返しながらカルラへと迫り、そのたびにカルラは小さく悲鳴を上げて肩を小さくする。
正直人選ミスとしか言いようのないメンツであったが、フランクは気にすることなく今度は呪われたローグの一人と手を取りダンスを始める。
「じゃ、じゃあ、ダンデライオン一座を見逃したのも、それが原因なんですか?」
ダンデライオン一座、本来であればこの王都リルガルムで公演を開いていた一団であり、今回の彼らの隠れ蓑となった存在。
手筈では彼らの馬車を襲いそのすべてを乗っ取ることでこの王都リルガルムへとフランクたちは侵入するつもりであったのだが、作戦の指揮をとっていたフランクが急きょ彼らを見逃し、一部の記憶の改ざんを行ったのみでダンデライオン一座の人間を殺さずにダンデライオン一座という名まえと文字通り面の皮だけを奪うだけで済ませたのだ。
下手をすれば作戦に支障が出るほどの行動であり、カルラは当初からその行動に疑問を抱いていた。
「ええ、当然です。 彼らの芸に努める姿はまさに芸術、そして彼らの演技にはこの私でさえも目がくらんだ……世界最高のサーカス団……決してその名に恥じることのない素晴らしいそれを目の当たりにしては……地獄の道化師とて心を奪われますよ」
「……」
カルラは大道芸についてはよくは分からなかったが、魔界の道化師とも呼ばれる彼がそこまで言わせるのであれば、それはかなりの腕前なのだろうと、少女は口を閉じて何も言わないでおく。
「彼らには時間にして38時間の価値があった……ええ、それは私の生きてきた中で最長の時間でしたね……」
「38? じゃあ、結局殺すんですか?」
「とうっぜんです! 殺さなければ作戦に支障をきたしますからね!」
「でも、38時間後じゃ逃げられちゃうかもしれないんじゃ……」
「問題ありません、匂いを覚えさせたファイアドラゴンを向かわせましたから」
「ふぁっ」
ファイアドラゴンと言えば迷宮内でも10本の指に入るほどの強さを誇る魔物である。
それを高々最高レベルが5の大道芸人へと差し向けるなど……。
オーバーキルなんてものではない。
「殺すと決めたら時間は上げるが必ず殺す……手抜かりも手抜きも何もなくスマートに確実に凄惨に徹底的にぶち殺おおおおおす! これが地獄の道化師のやり方なのですはい」
「……ええと、あ、はい」
カルラはよくわからなかったがとりあえずうなずき、飲みかけであったローズティに口をつける。
「つれないですねぇ、まぁいいか。実は、今回あなたには深く深く感謝をしているのですよカルラ」
「え? か、感謝?」
「ええ、とってもとっても感謝しています。 本当にあなたにはいろんなことをやってもらいましたねぇ……クレイドル寺院への魔法陣設置から始まり、あんなじめじめしたヴェリウス高原まで足を運んでもらって私たちを召喚してもらった。 よもやシノビが召喚魔法を使えるのかと思いましたが……器用なものでうらやましいです。 おかげで、迷宮からの脱出という我々の悲願がかなった」
そうフランクがいうとカルラは一つほほえみカップをローグに渡し、お茶のお代わりを用意させる。
当然、フランクに褒められたからではなく、クレイドル寺院に向かう途中で出あった一人の少年を思い出したからだ。
カルラはこの忙しかった日々を思い出す……。
クレイドル寺院での迷宮の魔物の召喚実験に始まり、ヴェリウス高原でマスターレベルの魔物であるフランクの大召喚を行い、そして現在も町の人間を兵士として仕立て上げている。
頼まれたことは基本的に人間である自分にしかできないことであったため、作戦についてはほとんど知らされてはいないが……フランクの町での打ち解け具合を見れば、彼が魔物であるなど誰も気づいてはいないだろうし、この様子からは首尾は上々なのだろう。
そうカルラは一人心の中でそう呟き、同時にこの作戦に巻き込まれないように配慮した一人の少年のことを思い出す……。
彼女にとっては、フランクたちが燃えている王都襲撃なんぞよりも、自らにとって第一の存在の安否こそが最優先なのだ。
「あなた、今何か不穏なことを考えませんでした?」
「ふえ! か、考えてないです」
「そうですか……まぁ、ですよねーーー! 勤勉であるあなたが怠惰を抱くなんてあろうはずがないですからねー!? はっははは、フランク大しっぱーい!」
「え、えと……」
「ふうやれやれ、あまり反応がなくて悲しいですね、道化師としての自信が音を立てて崩壊していきますよあなたといると…………ですがまぁそれはさておき、そろそろ四分ですね」
「え?」
「言ったでしょう? あなたの働きには、四分の価値がある……と!」
瞬間、フランクは持っていた杖から刃を引き抜き、少女へと走らせる。
「きゃあ!?」
「あっははははははははは!! はぁ?」
完璧な奇襲、少女の油断し切ったはらわたを引きずり出すことを確信していた一撃。
しかしそれは、途中で何者かの腕に捕まれ阻まれる。
「お戯れを……フランクさま」
いつの間に……いや、いつからそこにいたのか。
「死霊騎士……アンデッドハントか」
気が付けば少女を取り囲むように、顔色の悪い騎士たちがカルラを守るように現れ、襲い掛かる脅威を取り除くために剣を構える。
「いかにも……」
一人の騎士は憎らし気にそう呟くフランクの言葉に対しゆっくりと太い声で肯定をし。
「偉大なるアンドリュー様直属の騎士団が、今じゃ小娘一人のお守とは……」
「それもアンドリュー様のご意思」
「やれやれ、その忠誠心は3秒の価値がありますねぇ」
「やめておけフランク……」
騎士と道化師はにらみ合い、騎士は刃を、道化師は柄を。
互いに刃を握る力を強める。
「得体のしれない力……人間……この女は必ず私たちに牙をむきますよ? 今のうちに殺しておくのが吉だ、これはフランクとしての命令です、殺させなさい」
「なれば我等もカルラさま、そしてオーバーロード様の命でお守りしている。
お三方の地位は対等、なれば我らは多数決で我らはお二人の意思を優先させましょう」
コクリと、カルラの周りで剣を構える死霊騎士たちはうなずき、殺気を放つ。
「ちっ……オーバーロード……迷宮の主にでもなったつもりか……」
「それはどうでもいい。 ただあなたは王都襲撃を企て、協力をカルラさまに要請した……そしてカルラさまはあなたの希望にこたえ、今に至る。 こちらに落ち度はなく、カルラさまが殺される理由はないはず……不義・不忠……それすなわち我らの刃引き抜かれるときにほかならん。
「ふふふっ、御託なんていいのですよ騎士ども……人間は信用ならん、それが得体のしれない力を持ったメスならなおさらね……」
フランクは舌打ちをし、魔法を放つために片方の腕を振り上げるが。
「それに、勘違いをしているみたいだが、今私が守っているのはカルラさまではなくお前だ」
「何?」
フランクは死霊騎士の言葉に不意に頭上を見上げると。
そこには大量の影がうごめいていた。
圧倒的な呪いの塊、侵食性の呪い……フランクでさえも知ることのないその呪いを放つ少女……。
それを気に入ったアンドリューは、彼女を自らの配下に迎えた。
人間でありながら、人に忌み嫌われ人を捨てた少女……。
その恨みと呪いが今、刃を向ける自らに向けられていることを、フランクはとっさに察し、冷や汗を垂らす。
この呪いにより、このローグたちは魂を引き抜かれた。
正気を失い、衰弱し、そして命令に忠実な木偶人形となる……それがこの呪いであり、たとえフランクであってもその呪いから逃れることはできない。
「ふふっ……ふふふ……あなたも私が嫌いなんですね……ええ、ええ……ならば私も、私も大っ嫌いです……嫌いな人間は操ります、奪います、殺します……」
「ふふっ、素晴らしい。 えぇこの私を操るだなどと……その傲慢さは美しい……
今日のところは引き下がりましょうか♪」
「それは助かる……ここで殺し合えば、おそらく互いに死ぬことになるからな」
「いいえ、僕は大けがだけで済みますよ、騎士さまがた」
フランクはそう殺気を解くと、二、三歩ステップをしたのちに、仰々しく一礼をする。
「ですがまぁ、こいつは骨が折れそうなので、今は王都の襲撃に専念させていただきましょう、ひひっひひひっひひ」
「あぁ、そうしていただきたい」
「ええそうしましょう。 眠りから目覚めないアンドリュー様が目覚めたときに、この地をすぐにお渡しできるように……地上の人間を八つ裂きにしてアンドリュー様に捧げましょう! 凄惨に、それでいてどこまでも芸術的に! あーっはははははっ はははっはあはあははははは!」
フランクはそう笑うと、一人高笑いをしながらくるくると店の中で回る。
気が付けば死霊騎士たちはすでに姿を消しており、カルラはもう興味をなくしたとばかりにお茶のお代わりに口をつけ、その様子をだまって見つめていた。
生誕祭まで、あと9時間。
◇




