85.迷宮教会
迷宮教会 異常な人間が発狂するので注意。
「迷宮教会?」
そんなもの聞いたこともないが、どうやらシオンは聞いたことがあるらしく。
「あ~、あれがねぇ」
なんてつぶやいている。
「迷宮教会?」
僕は小さな声で呟くと。
「ええとですね、彼らは我々が大神クレイドルを崇め信仰しているように、この迷宮に存在する魔物を神として崇める人々で、迷宮二階層の西側に勝手に寺院を立ててあれやこれやをしているんです、言ってしまえば狂信者ってやつですね」
「狂信者……」
「ええ、なのであまり関わり合いになりたくはない人種ですね」
「襲ってきたりとかするの?」
「あ、いえ。 迷宮の神様を信奉している以外は、確か普通の人間だったと思います」
「あれー? だったらわざわざ隠れる必要もないんじゃ……」
『ラビ万歳! ラビ万歳 ラビ万歳! ラビ万歳! ラビ万歳!』
「ひゅい!?」
『お~~お、マイラ~ビリ~ンス! いだ~いな~我が聖地~♪』
歌ってる……なんか歌ってる。
茂みの中から僕たちは様子をうかがっていると、確かに西の方から法衣を身にまとった剃髪の男たちが――女の人もいるがそちらは修道服で顔を隠している――歌を歌いながらボスの部屋の扉を開く。
どうやらいきなりニ階層のボスが倒され、幻影の森が消えたために様子を見に来たらしい。
ぞろぞろと迷宮の中に入っていく信者たちであったが、僕たちは気になってついメイズイーターでのぞき穴を作り、こっそり中の様子をうかがうと、石で囲まれ階段のみとなったボスの部屋の中で信者たちは祈りを捧げるように跪き、一人の男――おそらく司祭だろう――人間が手に持ったなんだかよくわからない杖を振り上げて高らかに語り始める。
「おぉ! マイラビ! ここにあったものは何だ!」
『おおマイラビ! ここにあったのは密林と邪悪で美しい不滅の魔物!』
「それが今はどうなっている?」
『すべてが消え去り、魔物も消えた! ラビ万歳!』
「これもすべて、偉大なるラビの人知を超えた素晴らしき力!」
『お~お! マイラービリンス!』
「祈りを捧げよ! 十二年の永遠と思われたものが今消えた! これもラビのご意思也!」
『ラビ万歳! ラビ万歳! ラビ万歳! ラビ万歳! ラビ万歳!』
「ごめん、私が間違ってた。 あの人とは仲良くできないわ」
あのシオンがそうそうに関係を持つことを拒絶した。
確かに、人を襲うような危険な信者ではないが、お近づきになりたい人たちではない。
隣に引っ越して来たら三日でほかの家が一斉に夜逃げをするレベルだろう。
「わかっていただけて何よりです」
「あいつらの総本山にもお邪魔しないといけないわけ?」
「まぁ、地図作りをする以上は避けては通れないでしょうね」
「いきなり地図作りの難易度が跳ね上がったわね」
ティズは頭を抱えて僕の頭の上に泊まり、ため息を漏らす。
「しかし、なんでロバートの奴はこんなの放っておくのかしら? 迷宮を賛美するような教会なんてあったら危険じゃない……取り壊せばいいのに」
「いえ、それがですね、彼らが崇めている魔物というのが、どうやらアンドリューさえも危険と判断して封印をした魔物らしく、その封印の解除が目的である彼らはむしろアンドリューとは敵対しているのですよ」
「なるほど、だからこそこの迷宮教会の人間も国とはうまく付き合うし、国側もアンドリューと敵対しているならば魔物を崇めてても構わないってことなのね?」
「寛容さは争いを避ける第一の手段……ですからね」
なるほどねぇなんてお互いに納得をし合いながら、僕たちはもう少しだけ様子を伺う。
「迷宮の変化に!」
『祈りを捧げよ!』
「聖女の帰還に!」
『願いを捧げよ!』
「今日この日この時に、迷宮の変化に祈りを捧げる!」
『ラビ万歳!』
「この地を清めるために、今日この場所にて~降力の儀~を行う!」
『ラビ万歳! ラビ万歳!』
司祭は言葉を上げると同時に、一人の男を指さす。
「ラビの力は生と死の狭間に! 今宵ラビはそなたのもとに!」
「おおおお! ラビ万歳!」
『ラビ万歳!』
歓喜の声を上げた男は、同時にまとっていた上半身の衣服を脱ぎ、司祭の前に座って
背を向ける。
その表情は歓喜に満ち溢れており、これから何が起こるかはわからないが、彼には名誉なことが始まるということは分かった。
僕たちは何が起こるのかを見守っていると。
瞬間、司祭は短剣を抜き、男の背中を切りつけた。
「痛みは力! 痛みは力! 痛みは力力力ぱあああぁわあああぁ!」
『おおおおおおおおおお!』
「んなっ……」
それと同時に僕の口から声が漏れる。
「ラビの力は生と死の狭間に!」
「ラビよ、我が体に力を宿したまええ!」
切りつけられた男は嬉しそうに手を天に掲げ、さらに司祭はその男の背中を短剣で切り付ける。 まき散らされる鮮血と歓喜の笑い声をあげる司祭と男……そしてその光景を前に信者たちは更に沸き立つ。
「なによ……あれ」
「おかしいよ……あれ絶対おかしいって」
あまりにも異常な光景……まるで何かの狂気演劇の舞台を最前線の特等席で拝んでいるかのようなそんな世界が僕たちの目の前に広がり、僕たちが知りえなかった現実が、僕たちを侵食していく。
異常だ……陳腐な言葉でありこの二つの文字だけでは到底収まり切りそうにはないがあえて言おう、この光景はまさに異常そのものであり、嫌悪感以外の感情すべてが消え去ってしまう。
胃を鷲掴みにされたかのようなそんな不快感が全身を支配し、僕はあんな人間が近くに存在しているのかと思うと、めまいを覚えてしまいそうになる。
あれが、獣や魔物であればまだ納得もいったであろう。
しかし、あそこにいる人間がすべて、いつ隣人になってもおかしくはない、エルフやドワーフ、ノームに人間であり、その事実が僕の精神をむしばんでいく。
迷宮は人を狂わせる。 アルフが僕に言ってくれた言葉であるが、まさにそのとおりであり、僕は歓喜の声をあげて儀式を執り行っている信者たちから目を離す。
どうやらほかのみんなも見ていられなくなったようで、無言のままこの場から立ち去ることが全員の総意で決定となった。
「……いくら目的が一緒だからって、あんなのを放置するなんて」
「ロバート王が狂ったって、本当だったんだね」
「アンドリューが強大な力を持っている以上……王もなりふり構っていられないのでしょう……」
「だからってー、あれ絶対アンドリューよりもやばいよー」
「まぁそれは否定しませんよ……」
一応折り合いはついているのだろうが、それでもあの場で見た信者の姿は完全に異常であり、これ以上眺めていても仕方がないとして、僕たちは気づかれないように迂回し、ほかの道から迷宮一階層へと戻っていく。
それにしても強烈な人たちだった。
もはやそんな感想しか抱くことができず、まだ声が響き渡るボスの部屋を遠回りで素通りしたのち、階段を上がっていき、地上へと戻っていくのであった。
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