84.カエルの肉と迷宮の異変
「よいしょっと」
形成した壁を少しずつ破壊しながら、僕はみんなのもとへ戻り、僕たちに幻影を見せていた魔物の姿を拝む。
サリアによって両断されてしまってはいたが、それは図鑑でも見たことのない魔物であった。
見た目は完全にカエルであり、大きさも子牛ほどの大きさだが、その口には霧をためておく用の袋と、泥をためておく二つの袋があり、その二つを駆使して縄張りに入ったものを攻撃していたらしい。
蓋を開けてしまえば子供だましのくだらないものであるが、それを十二年間も続けていたというのには正直感心してしまう。
「霧で姿を隠して攻撃をするカエルだから、名付けてフォッグフロッグとでも呼ぼうか」
「駄洒落じゃない」
「……まぁしかし、これくらいの大きさのカエルの攻撃じゃぁ攻撃もそんなに効かないわけねぇ」
ティズはあきれたような表情でそんな言葉を言い、真っ二つになったカエルにけりを入れる。
プルンとカエルの死体が揺れた。
「こんのー! こんなカエルに泥ぶっかけられたってこと―!? 焼いてやるー!
焼いて食ってやるんだから!」
「え、食べるのこれ?」
「カエルは鶏肉のような味になるらしいですからね」
「おやつくらいにはなるんじゃないかしら」
「なぜか食すことが前向きに検討されている!?」
嫌だよカエルだなんて、おいしいかもしれないけど、こんな匂いのする泥を吐いてくるカエルの肉だなんて。
「焼いてやる! こんがり焼いてやるんだから! サリアちゃんそれおいて!」
「はいはい」
シートの上にカエルを置きサリアは離れる。
「いっくよー! ファイアブラスト!」
怒りのままに、シオンは火炎の波を放ち、こんがりカエルを焼こうとする。
しかし。
「ん?」
カエルに炎を放ったシオンであったが、炎が放たれた部分だけ火が消え、カエルを避けるようにあたりに火が飛び散る。
「あらら?」
「何やってんのよシオン」
「いやいや、私のせいじゃないよぉ!? なんかこのカエル、魔法が当たらないんだよぉ」
シオンは試しにともう一度今度は第四階位魔法 火炎の渦を放つが、やはり同じように炎の渦はあらぬ方向へと飛んでいく。
「どういうこと?」
ティズが困惑した様子でそうサリアに言葉をかけると、サリアは一度ふむと言葉を漏らしたのち。
「なるほど、魔法無効化ですか。 物理攻撃ならば幻影で説明が付きましたが、シオンのメルトウエイブを受けて無事でいたところが謎でしたが、こういうことなら納得です」
そう答える。
確かにそういわれてみれば、たかが幻影で姿を隠したところで、範囲攻撃魔法を放つ魔法使いから逃げられるわけではない。
魔法攻撃無効で、幻影で姿を消すカエル……なるほど、それならば十二年間も無敗を誇っていたのは納得である。
「魔法無効化の皮を持つカエル……これは高く売れそうな気がするわね! 食べるのは中止よ中止! リリムの奴に見せて高値で買い取ってもらいましょう!」
「そうだねー! お肉はハッピーラビットがあるものねー!」
シオンもお金になるならとすっかりと食べることはあきらめたらしく、僕は一つ胸をなでおろしてカエルをトーマスの大袋へとしまう。
「ふぅ、では、脅威も去ったことですし、この後は北のフロアの地図作りをして終了にしましょうか」
「そうだねー、こんなくさい状態じゃほかにはいきたくないよぉ」
「僕も同感」
「私のクリーンの魔法も、1日に3度しか使用できませんからね。 迷宮を出るまで辛抱してください」
「わかったよぉ〜〜だから早くおわりにしよ〜」
シオンがそういうと、僕たちはその言葉にうなずいて、さっさと家に帰る方向で話はまとまったのであった。
◇
「これでだいたい北は踏破って感じねぇ」
ティズはそんな言葉を漏らして、手に持っていた羊皮紙をぱちんと叩く。
地図作りは順調そのものであり、僕たちは絡みついて来ようとする食人植物を適度にシオンの魔法で焼き払いながら先へと進む。
「ふぅむ、さっきから気になっていたのですが、魔物が少ない気がしますねぇ」
迷宮北を踏破したサリアであったが、何かいぶかしげな表情をしてそんなことを言ってくる。
「少ない? さっきから食人植物を焼き払っては根っこを引き抜くっていう樵時代を思い出す作業を結構しているんだけど」
「炎打ち放題で私は幸せだけどねー!」
「あぁ、まぁ確かに食人植物にはかなりの数エンカウントしていますが……そういうわけではなくて、その、本来であればもっとビッグバイパーであったり、ビッグシルバーバックやジャイアントトードにクレイジードッグなど毒や麻痺を持ったそれも群れを成すような敵が多く現れるのですが……出てくるのは先ほどからハッピーラビットに食人植物ばかり……本来であればハッピーラビットを捕食する側の魔物が少ないのですよ」
僕はそんなサリアの話を聞きながらここまで戦った敵を思い出す。
ここまで戦った敵はハッピーラビット・フォッグフロッグ・そしてビッグバイパーに今シオンが焼き払っている食人植物。
探索が楽と言えばそれまでなのだが、マリオネッターの時と同じように、サリアは何かが起きているのではと勘ぐっているようだ。
あの時僕はサリアに杞憂だといったが、ここまで強い違和感をサリアが覚えているということは、本当に何かが起き始めているのかもしれない。
だが。
「そんなこと悩んだってしょーもないでしょーに筋肉エルフ」
難しい表情をするサリアにティズがそう苦笑を漏らしてそう笑いかける。
「ティズ……しかし」
「もし王都に何かがあるんだとしても、それを悩むのは冒険者の仕事じゃなくって、王城で偉そうにふんぞり返ってるロバートの役目よ、迷宮探索が楽に進むんだったらそれでいーじゃないの、もし、その何かがあたしたちに牙をむいたとしても、あんたやシオン
それに、わ・た・し・のウイルがいるんだから、何も心配することないでしょう?」
「えへへへ、ティズちんほめすぎだよー」
シオンはほめられ慣れていないのか顔を赤くして全身で喜びを表現する。
「ティズ」
「なんたって、私の百八の拳法だってあるんだからね」
どや顔でティズはふんぞり返り、空中で見事な一回転を披露して見せる。
「ティズ……そうですね、あなたの言う通りかもしれません」
「ティズもたまにはいいこというね」
「あによウイル! 私はいつだって名言しか生み出さないじゃない! 生きる名言辞典なんだから!」
「確かに、よく迷言は生み出すよね……特に酔っぱらってるときとかー」
「あんだとこらー!」
「きゃー!」
ティズとシオンはいつも通り、ぐるぐると迷宮内で追いかけっこを始める。
「確かに、彼女たちを見ているとこんな悩みが馬鹿らしく感じますね」
「でしょ?」
「ええ」
僕は苦笑してサリアにそういうと、サリアも小さくうなずいて微笑む。
「さて、では戻りましょうか」
「そうだね、これ以上長居は無用だし、もうそろそろエンキドゥの酒場も混むはずだ」
「あっそうよ!! 先にリリムのところにも行かなきゃだし、少し急がないと行列を並ぶ羽目になるわよ!」
「えー!? おなかペコペコなのにー!」
「では、急ぎましょうか」
「メイズイーターで一直線にボス部屋までは戻ろう」
「賛成よ賛成……みんな帰り始めでだれもここら辺まで来ないだろうし、ボス部屋までだったら誰かに見られる心配もないしね」
「じゃあそういうことで」
僕はそういうとブレイクを使用して出口へと続く道を切り開く。
「こういう時本当に便利―」
地図作りではそこそこの距離を歩いたが、一直線にしてしまえばボスの部屋まで五分もかからず、僕たちは景気よく壁を破壊しながらボスの部屋の前までたどり着く。
と。
「!? マスター! 隠れて!」
不意にサリアは僕たちをジャングルの茂みへと引っ張り無理矢理に隠れさせる。
「なっなにを」
「しっ……」
不意の出来事に僕たちは困惑をするが、サリアの険しい表情に反論することなくすぐに全員が息を殺して外の様子をうかがう。
と。
奇怪な鳥の鳴き声や動物たちのうめき声がひしめき、木々がざわめくジャングルの中で、僕たち以外の人のような声が響き渡る。
「――――イ―――ザイ――――――――ンザイ」
「な、なにこの声」
奇妙な呪文のような羅列に、シオンは不安そうな声をこぼすと、サリア小声で口を開き。
「……さっき言った、西の森の厄介なもの……迷宮教会です」
そう苦虫をかみつぶしたような表情でそう呟いた。




