80.エルダートレントと友との約束
ドライアドたちに連れられながら森を歩くこと一時間、丁寧に掃除がなされ、等間隔に木々が生い茂るこの場所での地図作りは順調そのものであり、東のエリアはほとんど完成と言ってもいい出来となった。
まぁその反面。
「本当に恐ろしいぐらい何も出ないわね」
ティズは退屈そうにそういいながら、地図に情報を書き込んでいく。
通常迷宮の地図には罠や宝箱、魔物の巣の位置などを記入していくのが普通だが、書いてあるスポットと言えば。
『きれいな泉』 『お買い得品あり』 『絶景』 『お昼寝に最適』
など、迷宮と似つかわしくない言葉ばかりである。
トチノキさんに見せたら観光か! と突っ込まれそうではあるが、ティズのいう通り本当にドライアドたち以外何もない場所であり、これぐらいしか書くことがないのも事実である。
まぁ何かあるよりかはない方がこちらとしてはいいのも事実だが。
「シオン最強!」
「おししょー!」
「おししょー!」
先ほどから背後で行われているシオンちゃんのドライアドリルガルム語教室。
皆が皆幸せそうで本当に何よりなのだが、シオンの笑い声にドライアドたちの無邪気な声が相まっているせいか、どうしても気が抜けてしまう。
これもこれで問題である。この後あの殺伐とした弱肉強食の世界に戻って果たしてやっていけるのだろうか。
「しかし、彼女たちのおかげですよ? たった一時間で東側をほとんど回れるなんて、そうそうあることではありません」
「そうなんだけど、とりあえずあのちびっ子たちのおかげでドライアドの群生地の地図はほとんど出来上がっ他のは事実よ。 気は抜けるけど感謝はしないとね」
ティズはそういうと、ドライアドとシオン達にその出来上がった地図を見せる。
「おー! これで僕たちも立役者」
「奇跡のひと」
「インタビュー考える……」
「世界中のお父さんのために」
「次が最後の目的地―」
いまだに地図というものの意味を分かっていないドライアドたちは口々に自分たちの夢を広げていくが、僕たちはそれに何を言うでもなく、ドライアドの群生地最後の場所へと急ぐのであった。
「この場所には何があるの?」
最期にドライアドが向かった場所のことを聞くと、ドライアドの一人が手を挙げて。
「この森で一番偉い人。 エルダートレント」
「おじいちゃんおじいちゃん」
ドライアドたちはそう笑いながら身を震わせる。
「迷宮ができてからまだ十年しかたっていないというのに、エルダートレントが?」
サリアは驚いたような声を上げる。
「あれ? ここら辺って安全地帯だからみんなよく来るんじゃないの?」
最初、サリアの話しぶりからしてみんな見知った土地で安全地帯だからここから迷宮探索をしているのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
「いいえ、確かにドライアドは穏やかな性格の魔物ですが、敵対しないわけではありませんし、階段からも離れた場所です、わざわざ魔物のたくさんいる場所を散歩しようなんて冒険者はいませんからね」
「あ、あんた!? 安全って言っといて未開の地を私たちに探索させてたっての!?」
「そういうことになりますね、ですが、マスターがドライアドに嫌われることなどあり得ないので安全であることには間違いありません」
サリアは親指を立ててどや顔をする。
要は結果オーライというやつだ。
いつか彼女の信頼に殺される気がする。
そんな危機感を僕は覚え、サリアに殺される前に少しばかりサリアを幻滅させておいた方がいいのではないかと本気で思い始めながら、僕たちはドライアドたちに連れられて、目的地であるエルダートレントのもとへと向かう。
「ローローロータスー 黒い蓮~ たくさん魔力が詰まってるー宝石よりもー詰まってるー!」
『ロータス ロータス~!』
歩き始めて数十分、シオンのリルガルム語講座がいつの間にかシオン合唱団になってきたころに、僕たちは森を抜けて大きな広場にやってくる。
森を抜けたわけではない。 そこは依然として森であり、その広場全体は木陰となっている。
上を見上げればそこにあるのは巨木……つまりここが広場のようになっているのは、その足もとに入らぬように、木々たちが意図的に避けて生えているからだ。
それだけ恐れ多く、それだけ森からの尊厳を集める存在……それだけでわかる、この目の前の巨木こそが、エルダートレントその人であるのだと。
「おじーちゃおじーちゃ! 人間さん連れてきた、です!」
ドライアドたちはそんな中で子供の用に巨木のもとに駆け寄り、ぺしぺしと幹を叩く。
すると。
【起きてるよ子供達……そしてよく参られた、我が盟友の子息たちよ……】
「あ、お、お邪魔しています。ウイルって言います」
【我はエルダートレント……この森を管理する役目を負った管理人】
そう重く深い声が森に響き渡り、巨木の目が開く。
エルダートレント、魔物の中でも最上位種として名を連ねる森の賢人。
太古から眠る森に生まれ、森を操る種族であり、生物を見守る父でもある。
最上位種の魔物と言われているが、鉄の時代以前より続く~盟約~というものにより、彼らからこちらに危害を加えることはない――もちろん、森に害をなすものへの鉄槌は存在するが――。
本来ならば人間とともに生きる彼らが、アンドリューに協力をしているとはにわかには信じがたい……。
「本当にエルダートレントがいるなんてねぇ……しかもあんた、かなりの古株じゃない」
ティズが感心したようにエルダートレントに近寄りそういうと。
【さよう……我、万を超える時を生きた】
「あれ? でもこの迷宮って十年前にできたんじゃないの? おじいちゃんサバ読んじゃってる?」
【我が友にこの地を納めるように頼まれ連れてこられ、……短き時をここに生きる……】
「友というのはアンドリューのことか? 森の賢人ともいわれるエルダートレントが、なぜアンドリューに加担をするのです?」
【我は古き盟友との盟約は守る。 これは絶対の掟なり、ゆえに、我、この場所から動かないことを約束した、新しき友との約束の証を持つものにのみ、この道を通すという約束を……盟友の子孫の願いと友の願いであれば、我は約束を優先する】
つまりは、アンドリューにこの道を通さないでくれとお願いをされてここに連れてこられたということであり、人間を傷つけることはないが、ここを通すこともないということだ。
確かにエルダートレントは壁を背にするように生えており、その木の根が盛り上がり壁をもしっかりとふさいでいる。
第二階層にエルダートレントを配置するということは、この先にはよほどアンドリューにとって大切なものが眠っているということだ。
「……私たちはその奥にあるものを欲したりはしない……ただ迷宮の地図を完成させたいだけなんです、
それでもだめでしょうか?」
【ならぬ、押しとおるというならば、我ら全森全霊をかけて盟友の子孫に敵対する】
脅しをかけるようにエルダートレントは身を揺らして木々をざわめかせ、同時にドライアドたちが不安そうな表情をする。
同時にシオンとサリアも、僕の判断を待つような表情でこちらを見てくるが。
そんな質問は僕にとっては愚問である。
「つまりは、友人の証がないとこの先は通してくれないってことでしょ……。 だったら今日のところは帰ります」
「いいのですかマスター……メイズイーターなら」
サリアはそうこの先に行くための方法を提示するが、僕は首を横に振る。
「この道に続く壁は迷宮の壁よりも固いからね……僕にはどうしようもないよ」
見られたくないもの、約束として守っている物……これだけ迷宮の地図作りを手伝ってくれた人達への恩を仇で返すわけにはいかない。
何も絶対に通さないといっているわけではないのだ。
ならば条件に従ったほうが敵対してしまう心配が消える。
時間がないわけでも今日中にやらなければならないものでもないため、僕はそう判断をして一人のドライアドの子の頭をなでる。
「戦わねーです?」
「へーわてきかいけつ」
ドライアドたちも、緊張の糸がほぐれたのか、楽しそうにはしゃいでいる。
【感謝する……】
「どういたしまして」
そういうとエルダートレントは一人また瞳を閉じてしまい、木のようなってしまったのであった。




