番外編 ハイエナの末路と狂ったシノビ
冒険者の道。
「ったく、ひでぇめにあった」
「まったくですね、兄貴」
現在、顔面に熊猫のようなあざを作って夜の冒険者の道の裏路地にたむろしているのは、このリルガルムで冒険者狩りと呼ばれるローグの一団~ハイエナ~の一味と、そのリーダーである。
彼らは本日、リーダーがカツアゲしようとした冒険者の一団に半殺しにされあと、ギルドの掟を破った挙句店の床を汚した罪により、現在このような醜態をさらしており、リーダーにいたっては一時的にも障ってしまった影響により、まだ一人で満足に歩くことも出来ず、仲間の肩を借りて歩いている状態だ。
「ちくしょう……あのがきぃ」
のど元過ぎれば熱さを忘れる。
リーダーは消滅の恐怖を全身で体験したにも関わらずそんな言葉を漏らし、復讐の方法を考えている。
まだ体が満足に動かず、娼館の裏手でたむろすることしか出来ない現状だが、作戦を考えることは出来る。
獲物はたとえ負かされたとしてもとことん追い詰める。
それがこのローグ一味の信条であり、この根性とねちっこいやり方で格上の盗賊団にも引けを取らない稼ぎと地位を確立しているのもまた事実だ。
だが。
こと今回においては粘着をする相手を間違えたようだ。
「あのぉ、~ハイエナ~の皆様で、い、いらっしゃいますかぁ?」
不意に目の前に現れた少女。
冒険者の道でも風俗店や娼館が立ち並ぶ歓楽街にその裏路地に、一人のローブを纏った女性がローグたちの前に現れて道をふさぐ。
この女が見せのキャッチであるならば盗賊団は眼もくれずにその場を後にしていただろうが、その女は肌の露出が多い女しかいないはずのこの歓楽街で珍しく、全身を黒ずくめのローブで覆っていた。
そう、それはつまり娼館や風俗店の女では無いということだ。
「なんだぁてめぇ……買って欲しいならそのローブはいでからこいや」
「え、えと。 ハイエナの皆さんで、よ、よろしいでしょうか?」
「聞こえなかったのかてめぇ? 俺たちに買ってもらいてぇんだったら……」
「その反応、ハイエナの皆さんで、よろしいみたいですね」
すごもうとしたリーダーは一瞬にして、飲まれる。
「なっ……なんだてめぇ」
仲間のローグたちもその異常に気が付いたのか、剣を抜いて敵の襲撃に備える。
娼館の裏路地、衛兵もやってこない寂れた場所……思えばそんなところに来て、自らを買ってもらおうなんて思う女はいない……。
「少し、わ、私の仲間から話を聞かせていただきまして」
淡々と、しかしその言葉は誰が聞いても分かるほど。
狂っていた。
「あなた方、う、ウイルさんの腕を、お、折ったそうですね?」
瞬間、太い木の枝をへし折るような音がして一人のローグの腕がへし折れる。
「ひっ!? ひぎゃあああああああああああああ!?」
「なっ!?」
絶叫が上がり、男はごろごろと地面を転げまわりながら折れた腕を押さえて泣き叫ぶ。
「腕って折れると痛いんですよ? おなかって蹴られると色んな所がじくじく痛んで、歯が折れると腫れあがって折れ方が酷いと口の中が腫れて頭まで痛くなってくるんです、地面を転がると惨めな気持ちになって、背中の骨にひびが入ると電気が走ったみたいに痙攣した後、体のどこも動かなくなるんです……刺されるとそこが焼けるように熱くなって、眼を抉り出されると泣きたくても涙が出ないし死んで生き返るとせっかく忘れていた痛みが全部一斉に頭の中でよみがえるんです……腕が折れるって痛いんですよ?痛いって嫌なことなんですよ? 痛いと死んじゃうかもしれないんですよ? 死ぬって怖いんですよ? 今ので分かりました? ウイルさんは痛かったんですよ? なんでウイルさんを蹴ったんですか? なんでウイルさんのものを盗ったんですか? なんでウイルさんを襲ったんですか? なんでまたウイルさんを襲ったんですか? そしてまたなんでウイルさんを襲おうとしてるんですか? ねぇ、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?」
「ひっ!?」
そこにあるのは~歓喜~疑問を投げかけているのでも、怒りをぶつけているのではない、
ただただその少女はローグを痛めつけることが出来ることに歓喜の感情のみを全身で表現をしている。
「い、いやだああ!? いやだあああああ!?」
少女の異常さに目を奪われていたが、仲間の叫び声に再び腕が折れ地面を転がりまわっていた仲間に視線を戻すと、折れていない腕と両足が変な方向へとゆっくりゆっくりと捻じ曲がっている。
「ひっ!?」
「ウイルさんのため、ウイルさんを傷つける悪い人を私が駆逐してあげるの、ウイルさんが安全でいられるために、ウイルさんは大切な人だから……ふふ、ふふふふふ」
もはやローグの姿は見えていない。
恐怖に怯えながら、ローグたちはそれでもなお抵抗を試みる。
「う、うあああああああああああ!」
心がおられてもリーダーは流石はレベル5の冒険者、油断をしているローブを纏った少女へと短刀を取り、すかさず先陣をきって切りかかり、他のローグたちももはや恥じも外聞も関係なく一斉に少女へとリンチをする覚悟で襲い掛かる。
しかし。
「あがっ!?」
全員が一斉に何かに足を取られて動けなくなる。
足元を確認してみても何も見えず、しかし確実に粘着質な透明な何かがローグたちの足を絡めとっており、ローグたちは身動き一つとれずにその場に立ち尽くす。
「ダメですよ、ダメですよダメですよダメですよ! 大人しくしないと、大人しくしていないと!! 大丈夫です、殺しはしません、ウイルさんは貴方を殺さなかったから、きっと貴方にも生きてる価値はあるんですよ、でも仲間にも友達にもウイルさんはしなかったから、きっといらない子なんですね、ウイルさんに捨てられたかわいそうな子は私が貰ってあげます。 私が貰ってあげますよ」
「ふ、ふざけんじゃ!?」
「大まじめですよ? 今目の前で起こっているこれが? おふざけやお遊戯に見えますか?」
最後の抵抗にすごもうとリーダーは必死に叫ぶも
そのフードの中から覗く、光の一切ない真っ黒な瞳に声が詰まる。
そこに来てようやくローグたちは気付く。
この少女は復讐に来たわけでも買ってもらうために来たわけでもない。
ただ自分たちを捕食しに来ただけなのだと。
「私の呪いは感染性……ゆっくりじっくり染み込んで……」
少女はそういうと指を鳴らし、同時にローグたちは足元に絡みついていた何かがゆっくりと自分達の体を這い上がってくる感覚を覚える。
締め付けられ、体の中に取り込み、そして一つ、また一つと頭の中に声が響いてくる。
瞳は虚ろに、頭は呆け、耳は幸福な異形の神の賛美歌を、その記憶には忘れ去られたはずの名状し難い異界の記憶が流れ込む。
薄れ行く意識の中、まだかろうじて残っている意識の中でローグたちは理解をし、そして飲み込まれる。
自分たちの足を止めていたものの正体は、圧倒的なまでに強力な呪いの塊であり、
自分達はもう助からないということに。
「ふっふふっふっふふ……さぁ、いきましょう? ハイエナさん」
もはや盗賊団はそこにはおらず、目の前には瞳を虚ろにして少女の命令につき従う、
忠実な呪いの人形が出来上がっており、少女の言葉に彼らは抵抗も反応もすることなく、かちゃりかちゃりと不気味な足音を立てながら、少女と共に人知れず、夜のリルガルムの裏路地へと消えていくのであった。




