76.隠し事
僕はそんな聞き覚えのある男性の声に呼び止められ、振り返る。
そこにいたのは、現在宣伝公演を行っているはずの、ダンデライオン一座の団長、フランクであった。
「フラ…もごっ」
名前を呼ぼうとして、僕は不意に口元を押さえつけられる。
「しーっ、まだパーリーの最中だからね、君がここで声を上げると僕はこのフードを脱いで踊りださなきゃいけなくなる。 わかるね?」
フランクさんの言葉に僕は数度うなずき、手を放してもらう。
「あなたが団長ですか?」
「おやおや、そこのお嬢さんのほかにもこんなに可愛らしい女の子をほかにも連れ歩いているとはね、もてる男はうらやましいよ」
「そ、そんな、彼女たちはただの冒険する仲間で」
「そうよ、ウイルの女は私だけなんだから!」
「ふふ、皆さんとっても仲がいいんですねぇ」
「ええ、まぁ。 あれ? そういえばフランクさん、その隣の方は」
「え? ああ、彼女ですか?」
一瞬気が付かなかったが、よく見てみるとフランクの後ろに一人の女性が控えており、
フードを深くかぶっておずおずとこちらの様子をうかがっている。
彼女も団員の一人だろうか?
「ああ、彼女の名前は……ココアと言ってね、備品や大道具などの管理を任せているんだ、
舞台で飛んだり跳ねたりはしないけど、彼女も立派な僕たちの仲間さ」
「へぇ、そうだったんですか」
うつむいているためか、フードの下の顔は見えないが、体のラインと長く伸びている髪の毛から女性であることはかろうじて分かったが、本当にそれ以外の情報は外見からは全く得られない格好をしている。
それどころか気配すら感じない気もする。
「ところでフランクは何をしてたのー? 公演は出なくていいのー?」
シオンはぴょこぴょことはねながらフランクにそう聞くと、フランクは苦笑を漏らしながら。
「本番が近づいてきているからねぇ、宣伝公演ばかりで疲れてしまっては意味がないからね、明後日の本番に向けて体を休めるがてら街を回ってきていたんだよ、今ちょうど希望の像を見てきたところさ」
「あぁ、観光スポットですね」
「昨日は錬金術広場を、その前日はロイヤルガーデンを見てきたよ、いやーどこもかしこも王都リルガルムは素晴らしいね」
関心をしたようにフランクはうなずき、その情景を思い出しているのか口元が少しほころんでいる。
「フランクさんの国はどういうところなんですか?」
「ん? 私のところかい? そうだねぇ、私の住んでいたところは薄暗くて何もなかったよ」
「薄暗い? 天気がいつも悪いってこと? そりゃ難儀な国ね」
「まぁそんなところさ、明後日の生誕祭開始のパレードと、明々後日の生誕祭終了のパレードが終わったらまたそこに戻らなきゃだからね、仕事だけで終わっちゃうんじゃ、パレードでもフランクに笑えないからねぇ」
「あ、それわかるー! 自然な笑顔は、遊びのあとで! だよね!」
なぜか年がら年中遊んでいるようなシオンがその言葉に反応し、共感をする。
「そうそう、だからこそ宣伝公演は部下に任せて、俺たちは遊んでるってこと。
まぁ任せておいて、きっちり補給をしたから、パレードではこの町全体を絶叫で埋め尽くしてあげるから」
自信満々にフランクはそういうが、それは決して高慢ではなく実際にできるだけの実力とそれをしなければならないという使命感が感じられた。
「さすがですねフランクさん!」
「なに、冒険者の君たちに比べれば大したことではないさ……もちろん、生誕祭は来てくれるんだよねぇ?」
「いくいくー!」
「ダンデライオン一座の妙技、私もとても興味があります」
「行くに決まってんじゃないの!」
すっかりダンデライオン一座の曲芸に興味津々の三人であり、僕もぜひその仲間に加わりたいところであったが。
「……」
「どうしたんだいウイル君。 君も来てくれるよね?」
~生誕祭には来ないで~
カルラとの約束が頭をよぎる。
「あー、ごめんなさいフランクさん、生誕祭の時にはその……友達と約束があって、いけないんです」
「えっ! そうなんですかマスター!」
「初耳よ初耳! はっ! まさか犬耳と! 犬耳となのねあんた!」
「いや、リリムさんは関係ないけど」
「逢引きだー! ウイル君また女の子と逢引きだー!」
「どうして友達っていうと女の子になるんだよみんな!」
「じゃあ、違うのですか?」
「あ、いや女の子なんだけど」
「このエロウイルー! どーこでまた女こしらえてきたのよ私というものがありながら
この浮気者―!」
「マスター……」
なぜかサリアがとても悲しそうな表情で僕を見ている。
いや、誰かと会うわけじゃなくて、生誕祭に行かないって約束をしただけなんだけど
どうしてこんな誤解を生んでいるのか……。
「あ、もちろん生誕祭終了のパレードは行きますよ! それは約束はないので」
「本当かい! 両方来てもらえないのはとても残念だけど、ぜひ楽しんでおくれよ……ダンデライオン一座は、期待を裏切らないからね」
にっこりと笑みを作りながら、フランクはそう笑い。
なぜかその後ろでココアさんが嬉しそうにその場で飛び跳ねている。
なにかいいことでもあったのだろうか?
僕はつい気になって変な行動を取り出したココアさんを見つめていると。
「! あっ、だ、団長、わ、わたしこれから行くところがあるので」
慌てた様子でココアさんはフランクにそういうと。
「おやおやココア、やっと合流したと思ったらもうさようならかい? 単独行動ばかりとるんだからもう……まぁいいや、ちゃんと明日までにはもどるんだぞ?」
「は、はい!」
短い会話のあとに、ココアさんは一人僕たちがやってきた方向へと走っていく。
「……ん?」
すれ違いざまに、サリアはいぶかしげな表情をしてフード姿の少女を見る。
「どうしたの、サリア」
「……いえ、なんでもありません……ただ、どこかであったような気がしたので」
「あぁ、ココアは長く生きる種族だからねぇ、エルフの方であればどこかでお会いしたことがあるのかもしれませんねぇ、彼女、ダンデライオン一座に入ったのは最近だし、その前は冒険者として世界を旅していたらしいから」
「そうか……そうなのかもしれないですね。 顔が隠れていて判別のしようがありませんが」
サリアはフランクの言葉に納得がいったという表情をする。
「さてさて、ココアも行ってしまったことだし、私はそろそろ皆のもとへ戻らなければいけないので」
「はい! 公演楽しみにしてますね!」
「私たちは絶対行くからねー!」
「楽しみにしています」
「ちゃんと特等席用意しておいてよね!」
「はは、考えておきますよ、それでは」
僕たちは手を振って人ごみに消えていくフランクに全員で手を振り、フランクを見送る。
とても不思議な雰囲気を持つ人であったが、とてもいい人そうだ。
「公演楽しみですね」
「うん」
サリアの言葉に僕はうなずくと、同時に頭の上に何かが飛び込んでくる感覚に襲われる。
まぁ、ティズなのだが。
どうやら先ほどの約束の件が解決はしていないようで、僕は頭を揺さぶられながら問い詰められる。
「本当に誰と逢引きするのよウイル! 今日という今日はとことん問い詰めるんだから」
「かんねんしろー!」
「だから誰かに合うわけじゃないってー!」
遊び半分のシオンと、本気で問い詰めにかかる怒り心頭のティズに小突かれながら、
僕たちは人ごみを抜けて予定通り繁栄者の道のレストラン街へと向かう。
高級かつ美味な料理が、この話題を吹き飛ばしてくれることを心の中で祈りながら。