74.ささやかなつもりが致命の仕返し
このまま何もせずにお酒でも飲んで帰ってくれればよかったんだけど、この二人の化け物二人に殺気を向けられているのに気づくことなくそのローグのリーダーは僕の方にやってきて肩をかけてくる。
彼にしてみれば、僕がいじめっ子に見つからないように身を縮めているいじめられっ子にでも見えているのだろう。
どうやら彼を守ろうとした行動が彼の間抜けな行動を助長させてしまったようだ。
「や、やあ。 久しぶりだね……貸したお金を返しにでも来てくれたの?」
「はっはっは!? 面白いこと言うなぁお前! あれは俺のもんだろ? なんでお前に返す必要があるわけ? 間抜けもここまでくるとかわいげがあるぜ」
ぶちりという音がして、サリアの瞳孔が開くが、僕はすかさず足を踏んで冷静さを取り戻させる。
今完全に首をはねるつもりだったろサリア……完全に目線が首を狙っていた。
「そ、そうなんだ……じゃあ気に入ってもらえたのならそれは何よりだけど……今日はどんな用事?」
シオンの貧乏ゆすりでエンキドゥの酒場が揺れている。
溶岩でも噴き出すんじゃないだろうか。
「はっはっは、物分かりは少し良くなったみたいだね~……関心関心。 いや~最近お前結構調子に乗って稼いでるみたいじゃん? だからまたぼこぼこにしてお金を奪ってもよかったんだけど、毎回それじゃぁ可哀想になったからこうやって穏便にもらおうかなっていうのと……いい女を連れてるみたいだからさ、そいつらもついでにもらっちゃおうと思ってね」
何かグラスを握りつぶすような音が響き渡る。
誰かと思ってあたりを目だけであたりを確認すると、その主はガドックであった。
目の前二人の化け物にギルドマスター。
この三人に目をつけられて果たしてこのローグは生きて帰れるのだろうか……。
因縁つけられてカツアゲされそうになっているのは僕であったが、僕は彼らの命の心配をしてしまう。
「何無視してんだよてめぇ……俺の話聞きたくないってか? あぁん?」
「ふっふふ、ダメっすよリーダー……そいつもうぶるっちゃってますって」
「あぁ、そっかぁ。 じゃあしょうがねえな、君は腰抜け君だったもんね……ママがいないと怖い人とは話せないんだった……そんじゃ金をもらうのはオーケーとして」
何がオーケーなのかはわからないが、僕に興味をなくしたのか、男は断食三週間目のファイアドラゴンよりも凶暴なサリアへと寄っていき、その肩に手をかける。
正直ここは僕も首をはねようかと思った。
「君もさぁ……こんな腰抜けより俺と来なよ……くっくく、いい女だし……遊ぼうぜ?」
サリアは一度男を横目で見た後に、元の場所へ視線を戻す。
よく我慢した。 えらいよサリア。
「つれないねぇ、こんな男の何がいいの? お金の支払いがいいのか? まさか惚れてるなんてないよな? こいつこの前なんだけどよ、俺たちに腕の骨おられてぼこぼこにされたんだぜ? 情けなくそこの妖精必死に守ってさ……くっくっく、傑作だったよ本当に!騙されてるんだよ君、こいつに……こいつはぁ、ただの腰抜けなんだって」
その時、この男の死刑が確定したことを僕は察する。
サリアの殺気が、先ほどまでの荒々しい怒りから、純粋な殺意に変化したのが手に取るように感じられたからだ。
まずい……。
「ふ、ふふふ……愚かですね」
サリアは怒りに頭がおかしくなったのか、笑い方がどこかおかしい。
「あん? 誰が?」
「マスターは偉大なお方です……あなたのような下賤なものの物差しでは測ることすらできないほどにね……あなたの命も今、マスターにより守られているというのに……確かにあなたの言う通りです、確かに、間抜けも過ぎれば可愛げがある」
「あん? ちょっと嬢ちゃん……ちょーっと俺最近耳が悪くてよ、聞き違いだと思うんだけど……俺が? この腰抜けに生かされているって?」
「そういったのですよ、はじめはその首を刎ねようかともおもいましたが、マスターの願いで見逃しています。 マスターに感謝するんですね」
煽っていくぅ。
「て、てめぇ! よりにもよってこの腰抜けにこの俺が生かされているだとぉ!?」
怒り狂ったローグとその仲間たち。
それでもサリアは凛とした表情を崩すことなく、平静を保って酒に口をつける。
その余裕な態度がさらにローグの神経を逆なでしたのか、ローグは怒り狂いながら剣を抜く。
このエンキドゥの酒場では抜刀は禁止されている。 そのルールを破ったときどうなるかはこの男も分かってはいるのだろうが、もはや頭に血が上ってそれどころではないらしい。
「だったら! そのご自慢のマスターが、切り刻まれて五体ばらされてるところ見れば!そのすかした面も少しはゆがむんだろうなぁ! このくそエルフがぁ!」
どうやら殺意の対象はサリアではなく、僕だったらしく、少し胸をなでおろす。
この人も運が良い部類の人間らしく、死の運命を回避したようだ。
「なに笑ってんだてめええええええ!」
振るわれる盗賊の短刀、回避すればたやすかったが、僕だって怒らないわけではない、あれだけ言われて剣を振るわれたら、反撃の一つもしたくなるのは当然だ……。
なので僕は、止まって見える振り下ろされた剣を、小手でたやすく弾き飛ばす。
いつもならばここまでだった……しかし、その時の僕の体は、自然に、ごく自然に
短刀を弾き飛ばされて無防備な盗賊の胸――心臓部分――に手を触れて軽く押す。
付き飛ばしたわけでもなく、力も入れなかったが、それだけで盗賊は糸の切れた人形のようにその場に尻餅をつき。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
絶叫をした。
◇
「なに笑ってんだてめえええ!」
ローグは本気であった。
剣をたたきつけ、目前の馬鹿にする人間をすべて切り刻む覚悟で、ローグらしく感情のままに剣を振るった。
彼はこう見えてレベル五のローグであり、その一撃はビックバイパー程度ならば簡単に切り伏せて倒すことができる。
彼のちっぽけな自尊心を傷つけられたこと、そして、圧倒的強者の前でなぜか弱者が余裕の表情を見せていること……そのことが彼の感情のタガを完全に外し、本来ご法度であるギルド内での抜刀を行った。
殺すつもりだった。
彼に加減も油断もなかった。
魔物や冒険者をいつも通り殺すように剣を振り……そして弾かれた。
目前の少年はローグを見ていない。 見ていないにも関わらず剣を見切り、片腕で剣を弾き飛ばしたのだ。
「ばかっ……」
何か言葉を吐こうとして、ローグは言葉に詰まる。
何故なら目前の少年は気が付けば立ち上がっており、剣を弾かれて大きく急所である心臓部をさらけ出している自分がそこにはいたからだ。
剣をふるったのだ、反撃をされるのは当然。 それが以前強盗を働いた相手ならばなおさらである。
悲鳴を上げようとしたがもう間に合わない。
伸ばされるのは何もない手。
その手には何も持たれておらず、拳も握られていない。 ただただ軽く、突き飛ばされるよりも弱い力が彼の胸に触れるだけ。
だがそれは、大斧を振り下ろされるよりも恐ろしく、巨竜に飲み込まれるかのごとき威圧感があった。
胸――心臓のあるところ――に手が触れる。
外傷はない、単純に、弱い力で触れられただけ。
しかしその瞬間にローグの全身が死を理解する。
いや、この一瞬ローグの脳は自らが死んだという認識をして活動を停止しようとした。
かろうじて命をつなぎとめることができたのは、尻餅をついたおかげで脳が勘違いを解いたからだ。
男は死んでいた。
何かがひとかけらでも欠けていたならば、確実に男は死んでいた……。
いや、死ならばローグという職業柄、何度かこの男も経験したことがある。
生き返れる死ならば、ローグはここまで恐怖をしたりはしない。
つまりそれは、今この男が感じた死が他と違うということ。
何が違うといわれれば、考えられることはただ一つ、この死は、もう二度と戻ってこれないということなのだろう。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
それを理解し、その感覚が体に残り続けるローグに、理性を保てという方が酷な話であり、当然のようにその男は壊れるのであった。