68.リリムとの指切りと選定者ティターニア
ただ広いだけの公園である子供たち専用のスペースは、貴族の子供たち御用達ということもあり芝生の手入れが行き届いており、あたりに忘れていったのだろうボールなどが落ちている。
子供がここでボール遊びをする際に描いたのだろうか? 芝生の上には何か白いラインがどでかく引いてあり、大きなサークルを作っている。
この大きさだと子供たちなら40人くらいは入れてしまいそうな円だが……この円の中でどんな遊びをしているのだろう……田舎出身の僕にとっては、そもそも年齢が近い友人がいなかったためボール遊びの種類なんて全く分からないが……楽しそうだ。
「どうしたのウイル君? 足元を気にして」
「いえ、子供たちの遊んだあとがほほえましくて……こんな円状のサークルの中で遊ぶボール遊びなんてあるんですね」
リリムさんなら知っているかもと思い、僕は何となしに聞いてみるも、リリムさんは困ったような表情をして。
「わからないなぁ、今の子って自分でルールとか作って遊ぶ子もいるからね」
「あーなるほど」
じゃあ僕が知らなくても無理ないってことか……安心した。
僕が一つ胸をなでおろすと、リリムさんはサークルの真ん中に立って。
「わー、すごいよウイル君! ここからだと、王城がすっごい綺麗に見える!」
「本当ですか?」
リリムさんの驚きの声に、僕は言われた通り円の中心に立ってみると、確かにここの場所からは王城が全体を見渡せ、手前の木々以外に遮るものがないため、そびえたつ王城の全体像がはっきりと見える。
もちろん外壁より下の部分は見ることはできないが、今まで王城に出向く機会もなく、遠目から頭をのぞかせる屋根の部分しか見たことがなかった僕には、その全体像は威厳がありロバート王がどれだけ偉大であったかを物語っているように感じる。
「……立派ですねぇ」
「本当、こうして子供たちは私たちのロバート王の偉大さを見ながら育つんですね」
この公園の設計者には、ヒノモトの光景もそうだが見事の一言しか思い浮かばない。
「ふぅ、立派なものも見れたし、今度こそ帰ろうか」
リリムさんと僕はしばらく呆けて王城を眺めた後、思い出したかのように踵を返す。
「ええ、また絶対に来ましょうねリリムさん」
「うん! もちろん! 約束だよ!」
リリムさんは笑顔でそういうと、小指を僕に差し出してくる。
指切りの催促だろう。
「ええ、約束です」
僕はその言葉に一つうなずいて小指を出し、そっと絡める。
思えばリリムさんの手に触れるのはこれが初めてであった。
◇
同時刻 リルガルム・王城。
「ロバート王! 冒険者の一団に潜ませている密偵から連絡が……」
王城、王への謁見の間は、そんな王国騎士団長の報告により騒がしく静寂を乱される。
普段真面目であり、王への礼節を何よりも重んじる王国騎士団長レオンハルト、しかし今日この時に限っては、その言動や王への礼儀作法すべてを投げ捨てて無礼承知で謁見の間、王の目前へと走り寄る。
それがどのようなことであろうとも、謁見の間の静寂はレオンハルトにより乱され、
天井につるされる獅子をかたどった旗は、不機嫌そうに一斉にはためく。
しかし、それはこの城の主であるロバート王にとっては吉兆であり、眠るように瞳を閉じて座していた老王は急ぎ瞳を見開く。
当然のことながらレオンハルトの不敬など気にもかける素振りもない。
「何事だ?」
「報告します……先日ご報告しました伝説の騎士に動きがありました」
「申してみよ」
「ええ、どうやら、迷宮一階層の地図を完成させたそうです」
「なに、迷宮の地図だと?」
ロバート王はそういうと、驚愕から息を詰まらせる。
当然だ、迷宮の地図とは、アンドリューとの戦いに備えて一度全勢力をそそぎ作成しようと試みたことが王にはあったが、重く大きな測量器具に、迷宮の罠や魔物の襲撃、そして極め付けが暗闇の道の存在により、作成を断念したものだ。
それを伝説の騎士がまだこの国にきてひと月もたっていないという期間で成し遂げたというのだ驚かない方がおかしい。
「まさか……そんなことがあり得るのか?」
密偵はレオンハルト直属の部下であり、この国最高峰の諜報部員だ……。 つまり情報の信ぴょう性は高く本当に地図を完成させたのだろうが、それでもなお疑念が渦巻く。
「それを成し遂げるからこそ、伝説の騎士なのでしょう」
レオンハルトは王の前で控えながらそう呟き、その言葉に王はうなる。
「伝説の騎士が酒場に?」
「いえ、しかし密偵の情報から、その酒場に居合わせ、地図の取引をしている者たちがの外見的特徴や会話の内容が、以前私がであったエルフの聖騎士とアークメイジと一致しました。 伝説の騎士は姿を見せていなかったということなので、交渉事や表に立ってやることはすべて仲間が引き受けているのでしょう」
「なるほど……」
「そして王よ、実はもう一つ報告が」
「なんだ」
「実は交渉の場にいたものは確かに以前出会ったエルフの聖騎士とアークメイジだったのですが、二人ほど仲間が増えていたという報告があります」
「二人もか?」
「ええ、おそらく着実に勢力を伸ばしているのでしょう、一人は人間の戦士で、腰には伝説の騎士の愛刀の一つ、魔剣ホークウインドを下げていたとか……剣を預かっているという立場からおそらく伝説の騎士の弟子でしょう。 そしてもう一つ……このものが直接地図の販売の交渉を行っていたのですが……そのもの、妖精であり 『ティズ』と名乗っていたそうです」
王は驚愕のあまり立ち上がる。
「ティズだと?……もしそれが本当ならメイズイーターの選定者がとうとう姿を現したということになる」
「確か、かつての妖精女王ティターニアの愛称でしたか、しかしだとしたらなぜ私たちのもとに姿を現さないのでしょうか」
「なに、奴には奴の考えがあるのだろう……あやつの行動にはすべて理由がある……迷宮の地図を商人に売っているということは我々へのアピールと、アンドリューとの戦いにむけて我々をサポートする意図もあるのだろう、酒場で騒ぎを起こしたのもおそらくは計算のうち……まんまと利用されたな、レオンハルト」
「まさかそこまで計算づくだとは」
「永遠の女王は伊達ではないということだ」
王は口元を緩め、昔を懐かしむように目を細める。
「しかし迷宮の地図も『メイズイーター』を有するものが現れたのだとすれば納得ができます」
「伝説の騎士……よもや本当に選ばれるとはな……しかし地図があるからとはいえ、まだメイズイーターを発現させているかまでは分からぬだろう……」
「確かに……ですが、もしやメイズイーターを発現させるためにティターニア様は単独行動を取られているのでは?」
「その可能性は高い……なればメイズイーターの能力に伝説の騎士が完全に目覚めるまでは我々が手を出すのは愚策と言えよう……今はただ、支援に徹せよとのティターニアのメッセージか……」
「王がそう認識されるのであれば間違いではないでしょう……あれだけの大英雄です、すぐにでも目覚め王のもとに現れるはずです」
「ふふっ本当に……今宵は良き知らせばかりが耳に入る……これも大神クレイドルが我が生誕を祝福しているからだろうか」
あまりの吉報に感極まったのか、王は立ち上がりレオンハルトのもとへと歩く。
その足取りは強く、老人とは思えないほどの覇気を有している。
英雄王ロバート、老いはしたが戦士としての力は顕在であることが、その歩みからでもレオンハルトへひしひしと伝わっていく。
「レオンハルトよ」
「はっ!」
「急務である! ティターニアの真意を探り伝説の騎士の支援を行え! ただし、ティターニアの意向を妨げることは許さん! 決して気取られず、役目を果せ!」
「はは! この命に代えても!」
王の威厳とその喜びを受け、レオンハルトは命令を承諾すると立ち上がり急ぎ伝説の騎士の捜索を開始するために謁見の間を後にする。
歴史が動き、そして長きにわたるアンドリューとの戦いにもようやく終わりが見え始める。
「……これでようやくお前に会えるな……アンドリュー」
王は一人になった謁見の間でそう天を仰ぎながらそう一人つぶやき、玉座に今一度座り瞳を閉じる。
今日この日が、英雄王ロバートが絶望をしてからようやくさした希望の光であり。
その光が潰えぬように生まれて初めて神に祈りながら、ロバートはまた眠りにつくのであった。




