66.ローグのチンピラと人狼
冒険者の道からでて、中央広場に入ると、街の喧騒もばか騒ぎをする酔っぱらいの声も彼方へと消え入り、静かに家々で眠る人々の寝息が聞こえてくるのではないかと思えてしまうほど穏やかな夜が中央広場には舞い降りていた。
僕たちを照らすものは冴え冴えとした満月の光と、魔鉱石の街灯によるオレンジ色の光のみ。
生誕祭も近いということで、中央広場も生誕祭に向けて飾りつけはされているが、だれもいない現在はものさみしさを引き立てることしかできずにいる。
「中央広場って、昼間はすごい人ですけど、夜は誰もいないんですね」
「そうなの。 私、時々夜にお散歩をするんだけど、ここはとっても静かで、あそこのベンチでのんびり考え事とかしながら過ごすのが好きなの」
「へぇ、意外ですね」
「そうかな?」
「はい、クリハバタイ商店でのリリムさんは、なんだかいつも忙しそうで、それでいて楽しそうで……忙しなくしている方が好きなのかと思っていました」
その言葉にリリムさんは苦笑を漏らす。
「ふふふ、そんなことないよー。 私って、実はみんなが思ってるほど真面目じゃないし、のんびり屋さんなんだよ?」
「全然そうは見えないですよ」
恐らく、クリハバタイ商店に通うもの全員が真逆の印象を抱いているであろうなと僕は思いながら、リリムさんの発言にこちらも苦笑を漏らす。
中央広場を抜け、僕たちは特に行先も決まらぬままふらふらと中央街を歩いていく。
「そういえば、この先の貴族街前に、大きな公園があったよね。 貴族や中流階級のお子様御用達で、結構お花とか装飾とかが凝っててきれいだったと思うんだけど、行ってみない?」
リリムさんからのお誘いに、僕は断るという選択肢はなく。
「いいですね……ぜひ」
二つ返事でオーケーを出す。
「えへへ、なんだか本格的にデートみたいになってきたね」
「そ、そうですね……」
先ほどまで上品に微笑んでいたリリムさんは、急に年頃の少女のような悪戯っぽい笑みを僕に向けてくる。
それはとても無防備で、それでいて強烈な一撃を僕にお見舞いし……一瞬で顔がゆでだこのように赤くなるのがわかる。
こんなの反則だよ、リリムさん。
「じゃあ、行こっか!」
元気よく、どこか子供のようなあどけなさを残した表情でリリムさんはそう僕に言い、その手が僕の手に伸びてくる……。
ような気がしたとき。
「はぁあ~い、そこまで~、ここからは俺たちにバトンタッチ~みたいな~?」
「ねぇねぇ、そこのプリティウルフな彼女、そこのひょろひょろな彼はもう疲れておねんねの時間みたいだから、俺たちに乗り換えな~い? 朝まで飽きさせないよ~?」
お約束、とでも言いたいのか、ローグが現れる。
闇夜の家の角から現れた三人は、僕とリリムさんを取り囲むように三方向に立ち、ニタニタと笑いながらそんなことを言ってくる。 見た感じ三人だけだが、さっきから一人がちらちらと奥の方を気にかけているので、おそらく伏兵がいるのだろう。
「楽しい時間にゴートゥーヘールターイム! 女も金もぜーんぶ俺のもの!」
要は、身ぐるみはいでリリムさんも連れ帰ろうという魂胆だ。
声をかけてから襲うという点から、組織的な犯罪をしている集団ではなく、そこらのチンピラ……というのが一番正しい認識だろう。
その容姿はなんというか、どこかの小説家が考えたこの世で最も嫌悪する軽い男の印象の詰め合わせのような輩であり、頭は鶏のような赤いモヒカンに、口にはピアスが刺さっている。
これが人間ならばまだ想像ができるし納得ができるというものなのだが、恐ろしいことに三人そろってエルフであり、美しい容姿を自ら破壊して楽しむ破滅願望の持ち主あるいは真性のドエムなのではないかと僕は一瞬本気で考えてしまう。
しゃべり方や見た感じからして、僕たちを襲ったローグの一団ではないことは明白であり、隣のリリムさんは魂が抜かれたようなそんな残念なものを見るような目で三人組を見ている。
「あっ、びびっちゃった感じ? ぶるっちゃった感じ?」
同情しちゃった感じです。
手には剣を持っていることから、戦う意思があるらしいが……もう一度言うが三人そろってエルフである。
「じゃあ、返事がないってことは、俺たちと朝までおーけーってことでいいのかな? 狼ちゃん」
「ごめんなさい、私ニワトリとお散歩する趣味はないんです」
容赦ないリリムさんの言葉に、全員が首を絞められたニワトリのような顔になる。
「に、に、ニワトリいいぃ!? てめーこのアマ! この俺様のチキンヘッドをニワトリだとぉ!」
やっぱりニワトリじゃないか。
「兄貴! 落ち着いて!」
「兄貴はな、この髪形を維持するのが大変で朝早く起きるから、不眠症なんだぞ」
どうでもいいわ。 というかそれただの寝不足じゃないか。
「えーと、養鶏場の場所を知りたいのでしたら私じゃなくてこの先にいる衛兵さんに聞いた方がいいですよ?」
「誰が迷えるニワトリだこの野郎、俺たちは別に人生の道に迷ってなんかいねえよ!」
迷おうよ……。 その姿がすでに迷走してるんだからそろそろ迷おうよ。
「そう、じゃあそのまま行けるところまで行って二度と戻ってこないで食卓に並んでください」
「いい加減ニワトリから頭離せ!」
リリムさんは不機嫌そうに火に油を注いでいく。
どうやらお散歩の邪魔をされたことにご立腹らしく、口調は丁寧だがその言葉の端々に棘がある。
まぁ、だれだってこんな輩にいきなり絡まれたら不快にもなるか。
そんなことを僕が悠長に考えていると。
「無理ですよ、そんな頭してたら否が応でも思い出しちゃいます」
リリムさんの言葉に堪えきれなくなったのか、兄貴と呼ばれたニワトリが剣を振り上げる。
「ってめえ! 女だからって大目に見てれば調子に乗りやがって!」
どこまでも予定調和でありきたりなセリフを吐き、兄貴と呼ばれたローグはリリムさんに切りかかるが、そんなことを許すほど僕も間抜けではない。
ルーシーの剣技に比べれば止まって見える剣、リリムさんは一瞬何かをしようとしたけれども僕はそれを片手で静止してホークウインドを抜く。
一閃。
ホークウインドが綺麗にローグのロングソードを文字通り両断し、僕は一歩踏み込んでその胴体にもう一撃を叩き込む。
もちろん、刃は返して。
「ごうふっ?!」
吹き飛ばされた兄貴はピクリとも動かなくなる。
「これで止めにしてくれると嬉しいんだけど」
「このやろおおお! よくも兄貴を!」
「ぶっころしてやああある!」
まぁこうなるよね。
僕は一つため息をついてホークウインドを構えて、剣を振るう二人に走る。
「おおおおお!」
「ぶった切ってやる!」
二人は同時に僕に向かって左右から剣を振るうが、一方をホークウインドで、一方を白銀真珠の小手で防ぐ。
「あっ」
「なっ」
左手に握ったホークウインドはロングソードをへし折り、右手の小手はロングソードを弾き飛ばし、その持ち主は尻餅をついて無防備になる。
「これで終わり」
その隙を見逃すわけもなく、僕は刃を返して二人の顔面にホークウインドを叩き込み吹き飛ばす。
実感がわかなかったが、レベル1の時から比べるとしっかりと成長していることが分かる。
「すごいすごーい! ウイル君! 本当に強くなったんだね!」
リリムさんは喜びながら飛び跳ね、僕へと駆け寄ってくるが。
まだ一人残っている。
「兄貴の仇いいい! せめてお前だけでもおお!」
やはりというか、今までどこに隠れていたのか気になっていたが、古風にも石畳に布を敷いて隠れていた四匹目のニワトリが、飛び上がり、背後からリリムさんに襲い掛かる。
襲い掛かってくるのは分かっていたため、僕は剣を構えたまま迎撃行動をとろうとするが。
「あ、大丈夫だよ~」
リリムさんはそう笑顔で笑い、腕を上げて。
「へっ?」
素手でその剣を受け止める。
「り、リリムさん!?」
「大丈夫だよー。 ほら」
よく見ると、リリムさんの右腕は一部だけ獣のようになっており、爪も人のものから獣のような鋭い爪になっている。
「満月の夜に人狼に喧嘩売るって、本当、勇気あるよね」
リリムさんはそう怒気をはらんだ声を少し漏らし。
ロングソードを片手で握りつぶす。
「あ、あれれ……?」
「夜はニワトリは寝てないと……でないと、悪い狼に食べられちゃうんだよ?」
砕かれた剣を見ながら呆けるローグに対し、リリムさんは肉食動物特有の鋭い目と緩んだ口元から覗く長い犬歯を見せながら、反対の手でローグに対してデコピンをする。
鈍い音が中央広場に響き渡り、ただのデコピンでローグは弾き飛ばされ中央広場の端から端まで吹き飛ばされる。
うわリリムさんつよい……剣の峰で顔面を叩かれたことよりもはるかに重症そうだ。
「ふー、すっきりした、じゃあウイル君、今度こそ行こうか♪」
伸びたローグをそのままに、リリムさんは一人中央広場を走り出し、この僕も呆けていた頭をリセットし、リリムさんについていく。
もうリリムさんには逆らわないようにしよう。 そんな決心を心の中でしながら。




