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64.シノビのカルラ

「ういー飲んだわー……人の金で酒飲むのってどうしてこんなに幸せなのかしら~」


家に帰り部屋に戻ると、ティズは夢見心地のままバスケットの中にダイブをする。


「……幾らなんでも飲みすぎだよティズ……一体何回ディスポイズンかけてもらったのさ」


「5か~い」


フラフラと小さな手をバスケットから伸ばしてティズは五本の指を開く。


この様子じゃ、明日は二日酔いの姿が容易に想像できてしまう。


やれやれとため息をつきながら、僕は荷物を一通り置いて部屋着に着替える。

「ぐごー……ぐがー」


着替え終わる頃にはすっかりとティズは寝入ってしまっており、そんな酔っ払い妖精に僕は苦笑を漏らしながら、乱れている服と蹴っ飛ばされている布団をかけなおして僕はロビーに戻る。


「ティズはもう寝てしまったのですか?」


ロビーに戻ると、そこには早速部屋の模様替えの準備を開始しているサリアの姿があった。


「うん、もうぐっすり……シオンは?」


「あぁ、彼女なら」


「ファイヤーボール!」


「あー、大丈夫、言わなくても分かった」


風呂場からはお湯を沸かしているシオンの声が響いてきて、僕はサリアの言葉を静止する。


二人とも結構な量のお酒を飲んだというのに――ティズほど飲んだわけではないが――

お酒が強いことだ。


「私はこれから模様替えを開始しようと思いますので、マスターからお先にお風呂に入っていてください」


「そんな、シオンのも手伝ったし、サリアのも手伝うよ?」


「いいえ、私の都合ですし、そこまで時間も掛からないので、マスターは先に寝ていてください」


「そう?」


「明日は初の迷宮二階層への挑戦になります。 マスターの力が有れば問題はないでしょうが、相手は迷宮です、万全を期しましょう」


「うん、そうだね」


僕はサリアの言葉にそううなづく。


と。


「あれ? サリア」


「はい?」


「首飾りがないみたいだけどどうしたの?」


「首飾り? あっ」


ふと気になった疑問を口にするとサリアはしまったという表情をして言葉を漏らす。


「クリハバタイ商店に忘れてきてしまいました」


「あらら……まだ商店は開いてるかな?」


「そうですね……ですが今となっては必要なものでもないですし、明日迷宮の帰りにでも取りに向かおうと思います」


「こらこら、さっき万全を期そうって言ったのはサリアだろ? 僕が取ってくるから」


「しかしマスター……」


「大丈夫大丈夫。 ここからクリハバタイ商店はそんなに遠くないし、今度はちゃんと剣も持っていくよ」


「……分かりました、ですがお気をつけくださいマスター。 尾行するものはいなかったのでこの家は特定されてはいないですが、ぱったりと先ほどのローグと鉢合わせるなんてこともありえるんですからね……やっぱり私が」


「大丈夫だよサリア、おなかいっぱいで食後の運動をしようと思ってたついでだから」


「むぅう。 分かりました……お願いしますマスター。 すみません」


「うん、行ってきます」


僕はそうサリアに言うと、暗くなった冒険者の道を歩く。


クリハバタイ商店まで大体歩いて二十分、いい運動のため、帰る頃には疲労感も相まってぐっすり眠れることだろう。


夜の街はすっかりと眠りこけており、迷宮近くの繁華街以外は息を潜めるようにその全てを閉じてしまっている。


民家に明かりは当然なく、野良犬の遠吠えがどこか遠くで響いている。


空を見上げると顔を覗かせている満月。


街灯の明かりだけではいつも心許ないのだが、今日ばかりは満月のおかげで夜道に足を取られることなく歩いていける。


「これなら思ったよりも早くつけそうだ」


そんなことを考えていると。


ふと気配を感じて足を止める。


「……そこにいるのは誰?」


気配察知のスキルなど持ち合わせていない僕がどうしてそこに人がいるのか確信できたかはわからないが、何となく僕はそんなことを呟く。


それは数メートル先の家の角……息遣いも生気も何もかも感じられないはずのそこにいるものは、その声に反応してゆっくりと動く。


黒いもやが立ち上り、それはすぐに人の形となって僕の目の前に姿を現す。


それは。


「さ……流石ですね……ウイルさん」


そこにいたのは、いつぞやの暗殺者の女の子だった。


「……あれ? 君は、どうしたのこんな夜中に!」


前に会ったときと同じ服装、同じような怯えた表情で現れた少女は、僕の言葉に一度びくりと体を震わせるも、一歩一歩確実に僕へと近づいてくる。


何故だろう、その背中から黒いモヤのようなものが上がってみえる、洋服の所為だろうか。



そんなことを思いながら、少女が近づいてくるのを許すと。


「失礼します」


不意に少女は僕に抱き付いてくる。


「へっ!? なっ、なななな」


「安心して——」


少女はそう一言いうと、何かを僕の胸の中で呟き始める。


「あ、あの……」


抱き着かれた状態で、僕はなすすべもなく唖然とする。


それもそうだ、いきなり出合い頭に少女に抱き着かれるのだ。


僕ぐらいの年頃の男の子ならそんなシチュエーションを一度は夢見るだろう。


それが今目の前で現実になっているのだ、呆然としないほうがおかしい……このまま腕を回して抱きしめてしまってもおかしくないくらいだ。


だが、それをしないのはまだ彼女の名前すらも知らないという僕の崩れかけた貞操観念が必死になって僕の理性をつなぎとめているからだ。


「えと……その」


「ウイルさん、私と一緒に行きましょう?」


声をかける僕に、甘いうっとりとしてしまうような声が耳をくすぐる。


どこか妖艶で、どこか幼さの残る声……彼女の名前さえ、いや、一時間もともに過ごしていたら、僕はホイホイとどこにでもついて行ってしまっていただろう。


それだけ彼女の声には魅力があった。


だが。


「ええと、ついていきたいのはやまやまなんだけど、っというかむしろ是が非でもお願いしたいんだけど、これから少し行くところがあって」


「!? そんな、これもき、効かないなんて」


「効かない?」


「あ、あう……えと、その……こ、今夜は月がきれいですね」


少女は恥ずかしさをごまかすようにそんなおかしな会話を開始する。


「ふっ、あははは」


そんな突拍子もない会話の結びに、僕はついつい笑ってしまう。


「あ、ああうう!? ど、どうして笑うんですか!?」


「い、いや、なんか君って何もかもいきなりで……ごめんごめんつい」


「ごご、ごめんなさい……私、その……人とどうやって付き合えばいいかその、よくわからなくて」


あぁ、だからいきなり抱き着いて来たり、突拍子もないことを言ってしまうのか。


彼女の行動は不可解だったが、貴族出身であればそんな子もいるのだろう。


現に貴族の令嬢の中には自分一人では服も着ることができないなんて人もいると聞く。


「そっか、それじゃあ笑うのは失礼だったね、ごめんね」


「い、いえ、いいんです! う、ウイルさんは初めて私にやさしくしてくれた人ですから」


「それって、最初にあった時の事?」


「え、ええ! ど、ドジでダメな私を……身を挺して守ってくれて、そ、その優しくしてくれて……」


「守ったのはサリアだし、結局君の邪魔しちゃっただけだったと思うんだけど」


「そんなことない! あっ……ごめんなさい。 私、ここ、こんなだから、人とかかわれなくて……独りぼっちで……あんなにやさしくされたの……か、かわいいって」


少女は興奮気味にそう語り、僕に詰め寄ってくる。


その黒髪の間から覗く瞳はとても輝いており、本当に感謝されているということがひしひしと伝わってくる。


大したことをしたつもりではなかったけど、こうやって感謝されるのはとてもうれしい。


「ありがとう、君の助けになれてうれしいよ」


「あ、そ、そうだ!……お、お礼を、ずっと言いたくて……あ、あ、ありがとうございました……助けてくれて……や、やっといえた」


「もしかして、それを言うために僕のことを追いかけてたの?」


「え、えと……」

少女は観念したように一度うなずく。


あきれた……というよりも、お礼一つのためにここまで追いかけてきた彼女の努力に素直に感心してしまう。


こんな夜更けに女の子が一人で危ないじゃないか……と言おうとして、僕は彼女が凄腕の暗殺者、シノビであることを思い出して口を閉じる。


「シノビというと、冒険者をしているの?」


「え、ええ。 そ、そんなところ、です」


「仲間は?」


「ご、ごめんなさい……私、ひ、独りぼっちで、人間のお友達は、そのいないんです」


「一人で迷宮を旅するなんて……すごいんだね」


「そ、そんな……」


少女はほめられ慣れていないのか、その一言で一気に顔を赤くして両手でほほを押さえる。


「……君くらいすごい冒険者なら、みんなから引く手あまただろうに」


「い、いえ……わ、私は、友達とか……いなくて、いちゃいけない子だから」


「いちゃいけない子なんてこの世にはいないよ。  それに、友達がいないって、君と僕はもう友達でしょ? まだ僕は君の名前すら知らないけど、君とこんなに楽しくお話を月夜に楽しんでいるんだ。 これが友達でないならなんだっていうんだい?」


「と、友達……私と、ウイル君が?」


「うん」


少女は一瞬、何かが抜け出るような表情をした後。


泣きそうな表情で笑みをこぼす。


「ふふっ……詩人なんですね……ウイルさんって」


「そうかな?」

その瞳には涙が実際にこぼれていたかもしれなかったが、それをわざわざ確認するほど僕は悪趣味ではなく、嬉しそうな表情の少女に心が温かくなったような気持になる。


「ええ。 とっても素敵です……」


最近素敵という言葉をよく聞くようになった。


日常会話ではあまり出ることのない言葉のため、すとんと心の中に残るため、なんだかこそばゆくもうれしい。


「ありがとう。 でも君も、とっても素敵な人だよ」


だからこそ、僕は素直な気持ちを少女に伝える。

少女はとても嬉しそうな表情をした後に、可愛らしくほほをおさえて、ぴょこぴょことはねて喜びを表現する。 


そして。


「私、お礼がしたいです。 ウイルさんのために、なんでもできます……あ、貴方の願い事を、な、なんでもかなえてあげられます」


そんなことを言ってくる。


それなら、かなえてほしい願い事は一つしかない。


「そう、じゃあ君の名前を教えてください」


「名前? そ、そんなんでいいんですか?」


「そんなことじゃあないよ、名前は大事さ、いかに友達であっても、名前がなければ親友にはなれないし、恋人にはなれない。 名前を互いに知るということは、お互いが特別な関係になる前準備だからね……僕は君との関係を、ただの友達で終わりにするのはもったいないと思うから、 だから君の名前を教えてください」


「ふふ、ほ、本当に欲が、ないんですね……ウイルさん、私はカルラといいます。

シノビのカルラ……」


「カルラ。 とてもいい名前だね」


どこか妖艶で、彼女の雰囲気をよく表していると思う。


「あ、ありがとう……ウイルさん」


「ウイルでいいよ、カルラ」


「あう……で、では……ウイル」


「うん……と、もう少し君とお話をしていたいけど、クリハバタイ商店に向かわないと。

その前に君の家はどこ? いかにシノビだからって、女の子の夜道は危険だ。 送っていくよ」


「だ、大丈夫ですウイル。 わ、私の家……ここのすぐ近くで」


「あ、そうなの?」


意外だった、この冒険者の道に住んでいる人間の顔はだいたい知っていはいるのだが、カルラを見たことはなかったからだ。


「ひ、引き止めちゃってごめんなさい」


「ううん、僕のほうこそ。 おやすみなさい、カルラ」


「お、おやすみなさい……また明日」


「うん」


なんだか恋人同士みたいな別れの言葉を交わし、僕は新しい友人カルラに背を向ける……と。


「……う、ウイル!」


不意に叫ばれた僕を呼ぶ声に振り返る。


「どうしたの? 何かあった?」


「……え、えと……や、やっぱりお礼が……したいから、その……えと。う、占い!


ま、祭りは近づいちゃダメ……きっと、よ、良くないことが、起こる。


できればどこか、と、遠くへ」


「え? それってどういう……」


何を言っているか要領を得なかったが、祭りに参加をするなと言っていたことだけは理解した。


「と、とにかく危ないから……お願い、お祭りには……出ないで」


哀願するようなセリフは忠告であり僕を困らせようとしているわけではなさそうだ。


「わかったよカルラ、できる限り近づかないようにするよ」


僕はそう少女にお礼を言うと、忠告を胸に刻み込む。


理由も何もかもが不明な忠告でったが……カルラがせっかく勇気を出して伝えてくれたことだ、嘘を言っているわけでもなさそうだし……。


僕はそう考え、新しい友人の忠告を受け入れることにする。


「……ありがとう、ウイル」


その様子にカルラは安心したのか、満足げな表情をして踵を返して夜の闇に消えていき、気が付けば僕は一人冒険者の道に残されていたのだった。


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