62.鉄の時代の叡智
作業を再開し、シオンの部屋を片付けること1時間ほど、汚く乱雑になっていたのは本だけだったらしく、気が付けばおどろおどろしい呪いに取り込まれた部屋は、普通の女の子の部屋へと変貌を遂げていた。
のろいが好きだというから、部屋のコーディネートももっとおどろおどろしいものになるかと思いきや、熊のぬいぐるみや、可愛らしいフリルのカーテンなどが飾られているあたり、シオンは基本的には普通の読書好きの女の子という認識が正しいことを悟る。
彼女はただ単に読む本が異常なだけで、それ以外は普通の女の子なのだ。
「わーい! 綺麗になったよ~! ありがとー」
シオンは飛び跳ねながら大喜びで自分の部屋を見回している。
「……あれだけ何度も君の顔を見ていると、流石に慣れてきたよ」
こうやって可愛らしいものに包まれている中で見ると、この顔のような模様もなかなか芸術的センスに溢れた表紙に感じてしまう。
触れて中身を見ると呪われてしまうのが呪いの本だが、呪われないと分かっているとやはり人間の好奇心は抑え込みきれず、僕は呪いの本を一冊手に取り開いてみてしまう。
「ん?」
そこに記されているのは、不思議の世界に飛ばされた少女が、一人で大冒険をするという話だ……。
少女が怪物になったり、異形の神と契約をしたりするわけではなく、異世界で一人の少女が魔法やその世界の住人と共に大冒険をする話であり、内容はいたって子供向けとも思える。
「……んん?」
一瞬僕は見る本を間違えたかと思ったが、確認をしてみると表紙には相変わらずの人の顔が苦しそうにもがいている。
「……なんだこれ?」
何かの偶然かと思い、僕はもう一冊しまいきれなかった本を手に取り開く……と。
今度は不思議な西の砂漠の国の住人が船で遭難し、オーガやサイクロプスに襲われながらも生き抜く物語が描かれている。
こちらもとてもじゃないが呪いをかけられるほど悪名だかい邪教の本とは思えない。
「シオン、これ同見ても普通の本にしか見えないんだけど、これも呪いの本なの?」
僕は飛び跳ねるシオンに呪いの本を見せてそう聞くと。
「間違いないよー? それぜーんぶ呪いの本……というか、頭いかれた怪文書とか、邪教の聖典なんかは基本的にみんな普及をしたがるから、そういう本当に危ないものには基本のろいは掛かっていないよー、基本的に本に呪いを掛けるのは、その本を読んでほしくはないからだよー」
「へぇ、意外。 でも、この本なんかいたって普通の内容だけど、どうして呪いがかけられているの? ちょっと読んでみたけど何も問題はないし、むしろ面白かったけど」
そういって僕は最初に読んだ不思議の国のアリサという本をシオンに手渡す。
「あーその話ね……それは他の国の神様が出てきたり、王様や女王様を出し抜いたりする内容が書かれた、鉄の時代の本だからだよ」
「鉄の時代の?」
「そう、クレイドル神がこの世界にやってきたのは鉄の時代が崩壊した直後といわれているの。 だから鉄の時代の本にはクレイドル神が出てこないからね、まだ宗教対立が激しかったときは、鉄の時代の本は殆どクレイドル寺院の人間が呪いをかけちゃったんだよ~」
「え? 寺院の人が?」
「うん、鉄の時代は文化も文明も今よりももっとすすんでいて、書物とか物語のクオリティもとても高かった。 そうなるとクレイドル神よりも鉄の時代の神様を賛美されるかもしれない……でも、鉄の時代の叡智は残しておきたいって考えからクレイドル寺院の創始者達が片っ端から鉄の時代の書物に呪いをかけていったの。 おかげで今は鉄の時代の情報は呪われながらじゃないと手に入らないというわけ」
やれやれとシオンはため息をついて見せるが。
「それで、呪われているうちにクセになったと」
「あのお星様が頭の中できらきらする感じがたまらないのー!」
彼女の存在は呪いをかけた人たち最大の誤算だろう。
しかし、そう考えると隣で先ほどからじーっとこちらを見つめている顔たちにも親近感が湧く。
「じゃあさ、この『ルーン魔術でポエムを作る! ~戦いながらも芸術的に~』 って本も鉄の時代の本なの?」
「それは作者が黒歴史を封印するためにかけただけだと思うよ」
「黒歴史……世界の闇に触れそう……とっても大事な資料なんだね、読んでみようかな」
「作者のためにもやめてあげて!」
シオンは目に涙を浮かべながら僕から本を取り上げる。
なるほど、黒歴史は僕には荷が重かったようだ……シオンが目に涙を浮かべるほど危険なものなのだと僕は理解し、黒歴史の開拓は諦める。
「しかし、なんでそうまでしてシオンは鉄の時代の情報を手に入れようとしているの?
もしかして、ザ・ゲートと何か関係があるとか」
「そうだね~。 鉄の時代が終わると同時に、クレイドル神が現れたとされているの。 そして、鉄の時代が滅んだ原因は魔界にあるということも」
僕はルーシーの言葉を思い出す。 メイズイーターとメイズマスター……鉄の時代の終焉はこの二つの戦いが原因であると。
つまり、メイズイーターとメイズマスターは少なからず魔界や天界と関係が有るということだろうか?
「天界と魔界をつなげるなんて、ザ・ゲートにしか出来ない……いや、つなげるだけなら他でも出来るかも知れないけど、一度完全に繋がってしまった三つの世界の均衡を保つなんてことが出来るのはザ・ゲートくらい。 鉄の時代が滅んでそして、この時代が始まったのには必ずザ・ゲートが関係している……だから私は、鉄の時代の書物を探しているの……ザ・ゲートが黄金の時代創生に関わっているならば、彼は鉄の時代を生きた人間……だから鉄の時代の書物に、彼の手がかりがあるかもしれないから。 決して、呪われたいから集めてるわけじゃないんだから!」
「でも呪われるのは?」
「かい・かん!」
「だめだこりゃ」
笑いながら僕は最後の呪いの本を持ち上げ、ブラックボックスと書かれた本棚にしまう。
これで呪いの本の整理は終了だ。
しかし、この本棚がいかに呪いを遮断するつくりになっているからといって、いつまたさっきの僕みたいに呪われる人が出てくるかも分からない――ティズなんかモロに効きそうだ――迷宮の構造を自由に変えられるようになったのだから、メイズイーターで迷宮内にいつか書庫でも作ってあげようか……。
そんなことを考えていると。
「すっかり遅くなっちゃったねー」
部屋の模様替えが終了すると同時に、シオンは外を見てそんなことをいう。
僕も釣られて外を見ると、既に太陽の光は傾き始めて茜色に染まっている。
シオンとのデートや部屋の片付けて一日が終わってしまったが、とても楽しい有意義な時間だった……。
また一つシオンとの距離が近づいた気もするし。
「どうしたのウイル君? 私のこと見つめて~」
「へっ!? いや……えぇと、シオンと少しは仲良くなれたかなって思って」
「うんうん! 今日はとっても素敵だったよウイル君! 私ウイル君のこととっても大好きー!」
「だ、だいす!?」
急な告白に、僕は自分でも分かるくらい赤面する。
今までシオンの残念な性格からあまり意識はしていなかったが……彼女はとてもいい子でそして何より絶世の美人だ……。
そんなことを言われると意識してしまい、心臓が早鐘を打ち始める。
「それとね! ティズちんもサリアちゃんもリリムッチもだーいすき!」
が、その言葉と同時に芽生えたものが全てガラガラドンと崩れ落ちる。
「……あ、うん。 そうだね……仲間だからね」
「うん! みんな私の大切な人たち! ずっと一緒にいてもいい?」
僕の純情を返せと頭の中で一度は思いはしたが、僕のそんな言葉など一瞬で彼方へと消えてしまう。
なぜならその笑顔は、昼に見たときよりもとても幸せそうな笑顔であり、炎よりも明るい彼女の笑顔は、夕暮れ時に恐ろしくなるほど美しくうつったからだ。
だからこそ、今日のデートで浮かべたあの表情が色濃く僕の中で再生される。
過去に何があったのか、それはわからないが、今の笑顔も今朝の表情も、どちらも本物なのだろう……ならば、僕はこの笑顔を全力で守ってあげたい……。
そう心の中でまた一つ決意をする。
「あーん、なんだかおなか減っちゃったー」
そんな僕の決意など知る由もなく、シオンはおなかをさすりながら僕のほうに向き直る。
ティズとはまた違ったご飯の催促の方法である。
「うーん、台所は今サリアの荷物に占領されちゃってるからなぁ、エンキドゥの酒場に二人で行こうか?」
「本当! わーいやったー!」
「ついでにまだ帰ってきていないリリムさんとサリアの様子も確認しつつ、ティズは……まぁトチノキさんとどっかで飲んで帰ってくるから遅いようだったら迎えにいけばいいか」
「うんうん! じゃあ早速ご飯を食べにいこー!」
「はいはい」
「ごっはんごっはん!」
子どものように僕の背中を押してくるシオンに苦笑を漏らしながら、僕は家の明かりを消して外に出る……と。
「およよ?」
「おや、マスター、お出かけですか?」
丁度そこにはサリアがたっていた。
「サリア……もう大丈夫なの?」
「ええ、魔剣製作の儀式は無事に終了をしました……」
「儀式? まぁいいや、二人でエンキドゥの酒場に行こうかって話しになったんだけど?」
「サリアちゃんも一緒だよねー!」
「ええ、是非ご一緒させてください、リリムの質問攻めでお昼を食べ損ねてしまいまして」
「それは大変だ。 食は体の資本だからね、急いで酒場に向かおうか」
「はい」
「おー!」
そう言って僕はシオンとサリアを連れて冒険者の道を歩いて行く。
「ところでシオンは今日マスターとどこに行っていたのですか?」
「えっとねー!」
シオンは楽しそうに子どものようにサリアに今日あったことを楽しそうに報告する。
まるで子どもが母親に今日あったことを報告しているようで、僕はどこか微笑ましいものを覚える。
……幸せ家族計画。
「何を馬鹿なことを考えているんだ僕は……」
ティズがいたらきっととび蹴りを食らわされていたなと思いながら、僕はサリアとシオンの会話の輪へとはいっていく。
そういえばティズはまだ帰っていないが、どこにいるのだろうか……まぁ大丈夫か。