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3.エンキドゥの酒場

【かんぱーい】

僕とティズは赤ら顔で4回目の乾杯をして、のどを鳴らして蜂蜜酒を飲む。


ここは冒険者達が集う場所、エンキドゥの酒場。


迷宮の目と鼻の先に陣取っているという酒場ということもあってか、迷宮にこれから向かうものには情報と仲間を引き合わせる場所として、迷宮から帰ってきたものに対しては、癒しと夢見心地なアルコールを提供する場所である。


値段はレベル1冒険者にとっては少しばかりお高めな設定であるが、本日ばかりはそんなことを気にする必要はない。


 「しっかしコボルト23匹で金貨10枚にまでなるなんて……ふふふ」

フラフラとワイングラスに頭を突っ込むようにして蜂蜜酒を飲むティズは、酔いが回っているのか機嫌が良さそうに12回目の同じ台詞を吐く。


あ~あ、勢いあまってワイングラスが風呂になってる……幸せそうだ。


「……いつもコボルト一匹で銅貨10枚位なのに」

「まぁ、そんなことどうでもいいじゃない! このお金で装備を整えて、明日はもっともっとたくさん稼ぐわよー!」


「うん! 頑張ろうねティズ!」


「それで……お金持ちになったら……ふふ、ウイルといっしょに」

「ん?なぁに?」

「ふふ……ふふふ。 きゃー! なんでもなーいー!」


ニヤニヤとにやけた後にティズは黄色い悲鳴を上げる。 相当酔っているようだ。


 無理もないか。 レベル1冒険者として冒険を始めてから、僕達の迷宮探索は決して楽なものではなかった。


 そもそも僕は始めはきこりだった。 森の中でティズを発見し、ひょんなことから冒険者になることになったのだ。


 ティズを助けるために……。 


まぁ、きこりだったせいもあって、冒険者に必要なステータスが足らず、他人よりもずば抜けて優れた幸運以外は全て平均以下であり、戦士 魔術師 僧侶 盗賊のどれ一つにもなることが出来なかった。


 その為、僕は冒険者ならば持つことが出来るスキルを持つことが出来ず、現在も職業きこり兼レベル1冒険者として迷宮にもぐっている。


 その為、ティズには随分と苦労をかけてしまった。冒険者としての力が無いから、迷宮最弱のミルキースライムとの戦闘に丸一日をかけてしまったり、罠に引っかかって一日中落とし穴から出られなくなったりもした。


 今でこそコボルト程度なら一人で倒せるようにはなってきたおかげで金銭的な余裕は出てきたものの、始めのころは本当にお金がなくて、食料調達と迷宮めぐりを一日おきに繰り返す時期もあった。


 本当なら実力ではなく偶然手にいれたこの金貨は、これからの為に貯金するのが正しいのだろうけど。


 こんな僕を信じていつでもついて来てくれているティズに少しでも報いてあげたい……。

だから今日は金貨一枚を使う覚悟でこの酒場にやってきたのだ。


 「ほらティズ。 君の好きなさくらんぼだよ」


僕は甘やかすように、赤ら顔でワイングラスの中でだらしなく寝そべっているティズに大好物のチェリーをプレゼントする。 保存のため、薄い水あめが塗ってあるのか、きこり時代に良く見ていたさくらんぼよりも光沢がある。


 「わああーーー!」

 

 瞳を輝かせ、ティズはワイングラスの中でさくらんぼに抱きつき、キスをしてからかじりつく。


頭ほどもあるさくらんぼを頬張っているティズはとても幸せそうで、僕は笑みをこぼしてそんな幸せそうなティズを見守る。


 「うーんおいしい!ウイルだいすきぃ」

 甘えた声で悪戯っぽく笑いながら、ティズはフラフラと飛びながら僕の肩に座る。


彼女にとってこれがお腹もお酒も満足行ったという合図であり、僕も注文をやめて相棒との会話を楽しむことにする。


「今日はコボルトを23匹も倒したけど、そろそろレベルアップってしないのかな?」


 レベルアップをすればスキルを手に入れることも出来るし、もしかしたら戦士や盗賊になることが出来るかもしれない……そうすればダンジョンのもっと奥深くにもぐることが出来るし……スキルがあれば探索もはるかに楽になる。今まで倒してきたコボルトと同じくらいの量を今日一気に倒したのだ……もしかしたら。

「馬鹿ねウイルは」


 しかし、僕の淡い希望はティズの一言によってかき消される。

「いい、コボルトなんて毛ほどの経験値しかもらえないのよ。普通の冒険者は、もっと経験値の入るアンデットやゾンビを倒して、効率よくレベルアップをするの。だけど私達は普通の人より弱い。だからこそゾンビよりも弱いコボルトを狩ってるの。だからコボルトなんて100匹くらい倒さないとレベルアップなんて出来ないわよ」


「そんなぁ」


となると、今の生活を続けるとなるとあと三ヶ月はこのままということになるだろう。


ティズの助けが急ぎの用ではないということをかんがみても、随分と気の長い話である。


「まぁでも、今日手に入れたお金で装備も整えられるだろうし、明日からはゾンビに挑戦しても大丈夫になるから、あと一月もあれば次のレベルになれるわよ」


そう消沈する僕に、ティズはそう付け加えてくれる。


「あと一月かぁ」


決して楽をしたいとか思っているわけではないし、迷宮をなめているわけではない。

しかしそれでも、レベル2になるにはあと一月も掛かるのかと思うと、ため息が自然と漏れてしまう。


「アンドリューを倒すのに、何年掛かるのなぁ」


「なんだぁウイル! お前迷宮の主を倒すつもりなのか?」


不意に後ろから声が聞こえ、振り返るとそこにはワーベア、もといドワーフのアルフがたっていた。


「だったら何なのさ」


アルフは僕の冒険者としての先輩で、レベル5の戦士であり、色々と面倒を見てくれる気のいいおじさんだ。 顔が広く鍛冶師としてのスキルも有しているため、中堅冒険者達に引っ張りだこの存在である。


冒険者になりたての僕に基本的なことをレクチャーしてくれたり、最低限必要なアイテムを分けてくれたとても面倒見の良いおじさんであり、僕とティズは~熊さん~(ワーベア)と親しみをこめた愛称をつけている。―本人の前では呼ばないが―


「いやなに、アンドリューを倒すなんて恐ろしいことをいうやつがいるから顔を拝んでみたらウイルだったから声をかけたのさ」


「そうだったんですか。 随分と酔ってるみたいですけど、祝勝会ですか?」


「ったりめぇよ。 この俺様が地下3階のスケープゴートを倒してやったんだ!

これでしばらくは安心して4階層にいけるってもんよ! 報酬もたんまりだ」


「スケープゴートって言えば確か地下5階の敵じゃない。 どうしてそんなもんが上層にいるのよ、危なっかしいわね」


「なぁに、たまに間抜けなモンスターはテレポートの罠を踏んで上層階に来ちまうんだ。

魔素も薄いし地下5階にいるときよりも弱体化はするがな、それでも地下3階の奴らじゃ手に負えないから俺に依頼が来たってわけよ」


「で、それを今倒してきたと。 流石だね、アルフ」


「おうよ、ところでさっきの続きだが、お前さんら本当にアンドリューを倒すつもりなのか?」


「それが目的じゃない人間がこの酒場に集まるのかしら?」


「そんな奴この酒場にはいねーよ。 命がいくつあってもたりねーし、それに仮にアンドリューを殺しちまったら、冒険者は路頭に迷うことになるからな」


「どういうことですか?」


僕が首をかしげて問うと、熊さんはやれやれとため息をつきながら僕の肩に手を置く。


「考えても見ろ、アンドリューを倒しちまったらこの迷宮は消えちまう。 

そうなれば、モンスターは消えちまうし、宝も地面深くだ。そうなりゃ冒険者達は行き場を失うだろ? だからこのままでいいんだよ。アンドリューは迷宮から宣戦布告をしてから一度も顔を覗かせないし、迷宮のモンスターも表の世界には出て来れない。


なら無理して危険な場所に飛び込むことはない……それに地下深くにもぐれば確かに巨万の富が手に入る……だが、何も危険が渦巻く最下層なんかに行かなくても、2階層3階層だけでも地上では手に入らないようなお宝が手に入る。ある程度になれば生活には困らなくなるんだよ」


蜂蜜酒を飲みながら、アルフは少し悲しそうな表情をして僕に続けて言葉をかける。


「お前はまだ若い、ウイル……確かに強大な敵を倒したいというんも分かるし、正義感が人一倍強いのも痛いほど分かる。だが、それは命をかけるほどのことじゃあないんだよ。

だから無理をしようとするんじゃぁないぞ? ましてやアンドリューを倒そうだなんて……俺の生活を奪わないでくれよな。じゃあな」


がははと笑いながらアルフは僕の元を去っていく。


いつもなら一人でいつまでもしゃべる人なのに、今日はやけに切り上げるのがはやい。


「気にしちゃだめよ、ウイル」


ふとティズがそんな言葉をかけてきた。


「大丈夫だよティズ。熊さんが僕を心配して言ってくれているのはすごい分かったし。それに、僕は正義感なんかの為にアンドリューを倒すわけじゃない……でも」


「やっぱり気にしてんじゃないのお馬鹿」


「ごめん」


「まったく、アンタはくだらないことで悩みすぎなのよ。そんなにダンジョンを残して欲しいんだったらアンドリューを殺すんじゃなくて、飼いならしてやればいいのよ」


「飼いならす?」


「そうよ、最終階層で死に掛けるくらいにぶっ飛ばす程度でとどめておいて、命乞いを始めたところで、ある契約をするの、そうね。 クラミスの羊皮紙で書かせて約束をたがえたら死ぬのろいでもかけてやりましょう……」


「契約? ティズ、またろくでもないこと考えてるね?」


「ろくでもないことじゃないわよ! それで、契約書にサインさせたらアンドリューに引き続き迷宮の管理運営をさせるのよ。オーナーは私とウイルで、そんでもって迷宮に入るには一人銀貨一枚を私達に支払わなければ迷宮に入れなくしてやるの、そうすればみんな私達にお金を貢ぐ代わりに、迷宮の恩恵に引き続きありつけるようになるってわけ!どうよ」


「どうって……あはは、まったくティズ酔っ払ってるね? 大体まだレベル1なのに……もう最下層のことを考えてるなんて、気が早すぎるよ」


「笑うなー! いつかれぇ、わたひのウイルはやってやるのよさ! ずえええったい」


ティズはワイングラスの中で奇怪な動きをしながらキーキーと騒ぐ。


僕を信じてくれているのは嬉しいが、少しばかり今日は調子に乗らせて飲ませすぎた。


そんな相棒への甘さを反省しつつ、このまま行くとワイングラスを割りかねないティズの羽をつまんで勘定を済ませる。


「銀貨一枚になります」


迷宮一回分か……て、僕まで何を言い出すんだ!?


どうやら僕も飲みすぎだったようで、反省して二人で夜道を歩く。


「明日は、装備を整えてから迷宮にもぐりましょう」


「そうだね。 飲みすぎちゃったみたいだひ、もぐるのは午後に……」


そう、いい終わらないうちに、僕の後頭部に衝撃がはしる。


「がっ!?」


吹き飛ばされる衝撃と共に、僕は何が起こったのかを悟る。 


追いはぎだ。


暗い夜道、人通りの少ない道に時間帯……完全に油断していた。


その場に倒れ、起き上がってあたりを見回すと、冒険者の格好をした男達数人が

僕とティズのことを包囲していた。


酔っ払っていたとはいえ、一切気がつけなかった自分を呪う。


「レベル1冒険者の癖して、随分と調子に乗ってたじゃないの? おたくら」


「その不釣合いな大金、ちょーっとかしてもらえねえかな」


ニヤニヤと笑いながら男達は棍棒を振り上げ、攻撃を仕掛ける。


「やめなさいよあんた達! ぶっ飛ばすわよ!」


「るせぇ!」


「ティズ!危ない!」


ふらつく頭を抑えながら、僕はティズを抱えるように守る。


同時にティズに向かって放たれた一撃が僕の首へとあたり、痛みでティズを抱えながらその場に倒れ伏す。


呼吸が出来ない……のどをやられたせいで全身が麻痺し呼吸困難に陥る。



「ちょっと!あんたら何なのよ! 悔しかったら自分で稼ぎなさいよ臆病者!」


ティズは僕の腕の中で抗議の言葉を漏らすが、男達はもとより会話などするつもりはない。

おそらくは酒場から付いてきたのだろう……自分の迂闊さが憎い。


当然だ、あれだけ大声で騒ぎ立てていれば嫌でも誰かの耳に入る。 

冒険者は善人ばかりではない、人のものを奪っても平気な人間なんて山ほどいる。

完全に浮かれていたのだ……自分達は。


逃げなければ……呼吸もままならないまま、僕は立ち上がろうとするが。


振り下ろされる棍棒がもう一度走り、僕の背中を叩く。


いやな鈍い音がして、肩に力が入らなくなる。


「ごっは……」


「こいつもう壊れてやがんの! よえー!」


「こんなんでよく、アンドリューを倒すとか言ってられるな!」


「どうせその金も! 汚ぇ手使って手に入れたんだろ! 偉そうに説教してんじゃねぇぞこら!」


「ぐっ あっ っああぅ!?」


振り下ろされる棍棒は四方からとび、全身は痛みにより悲鳴を上げる。


「やめて! もうやめて!!」


折れた肩と、後頭部の不意打ちは重く……それよりもいつも強気なティズの悲痛な叫びが僕の全身を打ち据えた……。


当然、こんな体ではティズを守るだけで精一杯であり、僕はすぐに動けなくなる。


男達が僕の体から金貨の袋を取り出し、最後に僕の顔を踏みつけてから去っていくまでに時間は掛からず、男達の楽しそうな会話と笑い声ははっきりと聞こえてはいたが、内容を記憶する気にはなれなかった。


「ごめんなさい……ごめんなさいウイル……私が、調子にのってべらべらしゃべったから……」


謝らないでティズ……何も悪くない。 君は何も悪くないよ。


「大丈夫? ねぇウイル!ねぇ! しっかりして」


「だい……じょうぶだよ、ティズ」


力が欲しい。


ティズは泣いている。 僕が泣かせた……僕が弱いからティズを泣かせたんだ。


力があれば……ティズを泣かせずに済むのに。


「……ごめんね、ティズ。 せっかくの、大金だったのに」


力が欲しい。 何もかもを、何もかもを手に入れられる力が。


「お金ならまた集めればいいじゃない! 美味しい料理が食べられたんだから、ね?

 今日はそれでいいじゃない」


良いわけがない……だけど、弱い僕には、吼えることも許されない。


「うん……帰ろうかティズ」


二人で、夜道を歩く。 ボロボロの体を引きずりながら……。 


自らの弱さを噛み締めて……。


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