59.サリア視点・リリムの恋とホークウインド
「さて、二人きりになったわけですが、どんな質問に答えればよいのですか?リリム」
マスターとシオンが出て行ってからしばらくして、私はリリムが淹れてくれたお茶に口をつけて、本題に入る。
場所は変わらずクリハバタイ商店のカウンター。 仕事の邪魔になるのではないかと一度は危惧したものの、リリム曰くこの時間帯にくるお客さんはめったにおらず、来たとして
も一緒にお茶を楽しむから良いということらしい。
「そんな堅苦しく考えないでいいですよ、本当に他愛のないお話だけでいいんです」
なるほど、この人当たりの良さがリリムさんの人気の秘訣でもあるのだろう。
きっとどんな客とでも本気でお茶会を楽しんでしまう、そんな姿が容易に想像できる。
「なるほど、性癖の暴露を要求されたら少しばかり迷うところでしたが」
「どうして性癖を聞かれると思ったのかなサリアさん」
「ひた隠しにしている部分にこそ真実は映し出されるといいますので」
「そこまで深層心理を探ろうとまでは思ってないですよ……安心してください」
「そうですか、少し安心しました」
「そうですか……じゃあまぁ、始めましょうか」
リリムはそういうと、カウンターの上に紅茶のカップをおいて、私の近くまで顔を近づけ。
「……率直に聞くんですけど、サリアさん、ウイル君とどういう関係なんですか」
そんなことを聞いてきた。
魔剣を作るのにマスターとの関係が必要なのだろうか? とも一瞬頭の中をよぎったが、餅は餅屋……鍛冶師の知識がない私が、どうこう考える必要はなく、特に隠すことでもないので正直に教える。
「私ですか? 私はマスターの忠実なる僕です」
「し、僕!? ま、まさかウイル君そんな趣味が!?」
一瞬リリムが卒倒しかけるが、すぐに意識を引き戻しそんなことを聞いてくる。
さすが人狼族、意識喪失に対する耐性はとても高いようだ。
「いえ、マスターにはそういった性癖はありません私が頼んで従者にしてもらったのです」
「え? 自分から? どうしてウイル君の従者になることに?」
「それはですね」
メイズイーターのスキルと伝説の騎士について話すと、何か問題があったときにリリムを巻き込むことになってしまう。
それはマスターの本意ではないと考え、私はその部分は伏せて説明をする。
と。
「……迷宮で死んでいたあなたを、全財産売り払って助けたなんて……」
「あぁ、安心してください、あなたの打った剣と鎖帷子は決して手放していないので」
「大丈夫ですよ、分かってますから。 ただ」
「ただ?」
「相変わらずお人よしというかなんというか……」
あきれたような口ぶりだが、リリムはとてもうれしそうな表情をしている。
「高潔な方です」
「助けてもらった恩義はわかりますが、なんだか恩人以上にウイル君を慕っていますけど、何かほかに理由があるんですか?」
少し探りを入れるような質問の仕方に、私は今現在から魔剣づくりのための質問が開始されたことを理解し、嘘偽りなく自分の心を語ることにする。
「助けてもらった恩はもちろんありますが、私がマスターに仕えたいと思ったのは違う理由です」
「違う理由? ほかに何かウイル君したんですか?」
「ええ、彼は気づいてはいないでしょうが、彼はいつでもありのままの私を受け入れてくれる……生き返ったときに取った高慢な態度も、魔法が使えず、コンプレックスを抱え続けて生きてきた過去を語っても、マスターは必ず受け入れてくれた……どんな私でもいいと言ってくれた……私は、そんなマスターに憧れ、少しでも近づきたいと考えたから、マスターの従者になることを決めたのです」
すべてを受け入れる懐の広さ、そして誰かのためにならすべてを投げ出すことをいとわないその高潔な魂。
それが本当の強さであり、それが私がほしかったもので、ほしかった居場所であると気づいたから……だから私は彼に仕え、彼を守りたいと思ってしまう。
そうさせる偉大なる何かが、マスターの中には眠っているのだ
「……もしかしてサリアさん……ウイル君のこと好きなの?」
「……な、なにを言うのですかリリム! 話を聞いてなかったのですか? 私はマスターの気高さと高潔な魂に憧れたのであって、恋愛感情とはまた別のものです」
「そ、そうなんだ。 ごめんなさい」
「いいえ……気にしないでください」
そう、恋愛感情とは別のものだ。
そのはずなのに、なぜだろう、こんなにも心がざわついていて気持ちが悪いのは。
これもテストの一環なのだろうか……平静を保てているし、特別なことは聞かれてはいない。
だというのに、胸が締め付けられるように痛く、脈も速くなっている。
原因を数秒思案し、すぐに洞察力のスキルから一つの答えにたどり着く。
これが、魔剣づくりに必要な儀式か……。
まだ会話を始めて一分もたっていないというのに体力を相当量持っていかれているようだ。
マスターレベルの冒険者である私でさえこれなのだ……マスターはレベル1で平然とこれをクリアしたというのか……さすがはマスターだ……私も負けてはいられない。
「そういえば、相変わらずとリリムはさっき言っていましたが、リリムも何かあったのですか?」
「ふえ!? わ、私も言わなきゃダメかな!?」
「ええ、私だけでは不公平ですから」
「む……むむ、まぁ確かにそうだよね……」
「ええ、剣に恋文まで彫り込んで渡すほどです、よっぽどのことがあったのでしょう」
「やめてええええ!? 言わないでそれ! 誰もお客さんいないけど言葉にされるとすごい恥ずかしいから! お願いもう言わないで! 言わないでくださいお願いします」
「す、すまない……」
「うぅ……まさかウイル君以外の人に読まれるなんて……ウイル君に教えないでいてくれたのは感謝の言葉しかないんだけど……恥ずかしくて死にそうです」
「それはすみませんリリム……それで、どうしてリリムはマスターに好意を寄せるようになったのです?」
「むぅ、どうやら見逃す気はないようですね、サリアさんが何もためらわずに全部話してくれたせいで断れない……はぁ、観念しますよ」
そうため息を一つ漏らして、リリムは何か心に決めたように深呼吸を一つして、過去を語りだす。
といってもほんの少し前の話だが。
「サリアさんって、エルフだから長く生きていると思うんですけど、獣人族の鍛冶師って見たことありますか?」
「いいえ、見たことはないし、獣人族には鍛冶師は不可能と言われていましたし、不可能だと思っていました。 あなたを知るまでは」
「そうなんです……私たち獣人族は本能的に炎を怖がる。 生活で使用する火に慣れ、文化的な生活をおくれるように進化したのもつい数百年前ほど……それでもかまどや暖炉の火は恐れなくなっても、鍛冶場のような炎で手を焼きながら行う仕事など、だれもやろうとしないし、不可能だと言われていました」
「ではなぜ、鍛冶師になろうと?」
「私結構勝ち気で……いつかナイトオブラウンドテーブルの一つ、天剣~御桜~のような剣を作りたいって言ったら、友達に馬鹿にされたんです。『獣人族が鍛冶師になんてなれるわけがない』って、それが悔しくて悔しくて……気が付いたら村を飛び出してリルガルムで鍛冶師になる勉強をしていました」
「リリムは強いんですね。 しかしなぜ司教に?」
「司教が有することができるパッシブスキル、炎耐性を手に入れるためです。
炎耐性があれば、炎を怖がらなくて済む……そう考えたんです、ですが」
「それだけでは炎を克服できなかった」
「ええ、確かに熱さや痛みを我慢することは炎耐性のおかげですることはできました。
ですが、炎に対する恐怖はいつも手元を狂わせ、槌を振るう力加減も火加減さえも間違えてしまって……一度も剣を作ることすらできなかったんです。 何度も何度も失敗してるのに、炎への恐怖だけは全然薄れなくて、もう無理なのかなってあきらめかけそうになった時にウイル君が来たんです」
「マスターが?」
「ええ、お客さんとしてですけどね……ぼろぼろの姿で、スライムにやられたって笑ってました」
「スライム……ですか」
スライムといえば、迷宮一階層においては最弱と揶揄される魔物であり、動きも緩慢であれば特殊能力もなく、迷宮の壁に張り付いて敵から襲われるのを避けるだけのモンスターである。
確かにスライムの体は酸でできているため、触れればぼろぼろになるかもしれないが……。
到底ぼろぼろになるシチュエーションは考えられない。
「そう、スライム。本当に売りに来たアイテムもスライムので、そのとき私あきれちゃって……落ち込んでいたのもあって私は彼にひどいことを言ったんです」
「ひどいこと?」
「ええ……冒険者に君は向いていないから、やめたほうがいいよって。 自分のことを棚に上げて、必死に頑張っている人間を蹴落とそうとしたんです……最低ですよね」
「……それでマスターはなんと?」
「ふふ、それがウイル君、僕もそう思いますって言ったんです。 面白いですよね」
「マスターらしい……」
「でもその時の私は本当に意地悪な女で、そこでやめておけばいいのにそう思うならなんで続けるんだって聞いたんです……そしたら、なんて言ったと思います?」
「さぁ?」
「誰かのためだから頑張れるんですよ……そういったんです」
「ふふ、本当にマスターは変わらないんですね」
「そう……自分よりも他人を優先して、それでいて自分も心の底からそれを楽しんでいる。 本当に尊くて、本当に優しい人」
「……でも、あなたはそんな姿を見ただけで心を奪われたわけではないのでしょう?」
「サリアさん結構興味津々だね」
「私も一応女の子なので……」
「納得……まぁサリアさんのいう通り、その時の私は彼の言葉を尊いとも優しいとも思えず、ただただ能天気で何も考えていない人間だって思っちゃったんです。 だからでしょう、なんだかすごいいらついちゃって……ついつい自分が鍛冶師を目指していることを口を滑らせちゃったんです……よっぽど私のほうが向いていなかったのに」
「でもマスターは否定をしなかった」
「その通り。 というかウイル君、きっと意地悪されたことにも気づかなかったんだろうね……獣人族史上初の鍛冶師リリムさんの最初の剣は僕に使わせてくださいって……目を輝かせてお願いしてきたの。 もう、私が剣を作れないなんて夢にも思わないって表情で……すごいうれしかった」
リリムはその時のことを思い出しているのだろう……うっとりとした表情で、私ではなく私の背後に映っているのであろうマスターの姿を見つめている。
そんな彼女の表情をみて、私は再度マスターの偉大さを確認する。
私のいかな言葉をもってしても、人の心にあそこまでの思いを芽生えさせることはできない。
「それで……どうなったんですか?」
このまま夢の世界に浸られても私の魔剣制作に支障をきたしそうなので、私は言葉を促してリリムの思考を引き戻す。
「あっうん。 そのあとね、自分でもびっくりするくらい簡単に剣ができちゃっんたんです」
「え?」
「集中しなきゃいけないのに、頭の中ウイル君のことでいっぱいで……炎の中にもウイル君の顔が浮かんできちゃう始末で……気が付いたら私は本当に今までのが何だったんだって拍子抜けするくらい簡単に鍛冶師に慣れていたんです……それがホークウインド、ウイル君のウイル君を守るためだけの剣……魔剣にしたのは、私の持てるすべてをもってして、ウイル君を守らなきゃって思って、気が付いたら剣に文字を彫り込んでいたんです」
「……べた惚れじゃないですか」
「人狼族の恋は燃え上がるものなので
「そういう問題なのですか?」
「もちろん」
自信満々に答えるリリムに、私は「はぁ」としか答えることができずに、のろけ話に近い魔剣誕生秘話に少しばかりあてられてしまう。
本当にマスターは……いろんな人の心を簡単に奪ってしまうのだから、油断ならない。
ん? なんで油断ならないのだ?




