55.シオンとデート
「さて、ウイル君に連れられてここまで来たけど、これからどうするの?」
王都リルガルム中方広場。
平日の午前中は、町の様子はとてものどかで、散歩をするご老人や、元気に走り回る子ども達、床に座って子どもと大人入り混じってカードゲームをする集団もいる。
やること叶えたいことは何でもかなうこの町であり、シオンも何か面白いことが始まるのではないかとわくわくした眼で僕を見つめている。
そう期待されると応えてあげたくなるのが僕の悲しい性なのだが……今回は期待にそえそうにない。
「何もすることはないかなぁ」
そう、僕としてはやることなどまったくといって良いほどないのだ。
確かに、明日から迷宮二階層に挑むに当たり、必要な装備を整えておきたいという気持ちもあるのだが、思えば白銀真珠の小手にミスリルの鎖帷子、そしてリリムさんのホークウインドと、気付けば十分すぎるほどの装備が整っている。
なので、僕に出来ることといえばサリアの言うとおり傷を癒すことだけなのだ。
「……何もないのに街にきたの?」
シオンはいぶかしげな表情をして僕の顔を覗き込む。
「一応、クレイドル寺院に行くって言う目的はあるよ?」
「クレイドル寺院に?」
「うん、明日の迷宮探索に備えて、昨日隠し部屋にいた魔物に付けられた傷を治しておきたいんだ」
「あー、薬草で血は止まってるけどボロボロだものねウイル君……痛む?」
「傷はふさがってはいるけど、不完全な状態で挑めるほど、二階層は甘くないって事は分かってるから」
「ウイル君はすごいのに慢心しないね。 そういうところとっても素敵」
「そ、そうかな」
シオンに褒められて、僕は頬が熱くなるのを感じる。
サリアのポジティブフィルターを絡めた賞賛の言葉も嬉しいが、シオンのように普段僕を特別視しない普通の女の子からの素直な褒め言葉はとても嬉しい。
「でも、クレイドル寺院って随分遠回りだねぇ?」
そんな僕が現在心の中で飛んだり跳ねたりしていることなど露しらず、シオンはそう僕に疑問をぶつけてくる。
まぁその疑問は当然だろう、クレイドル寺院を目指しているならば、冒険者の道の通りからいったほうが当然のように早く到着する。
なのに何故、用もないのに中央広場などにやってきたのか。
その答えは単純である。
「無駄なことは嫌いだったかな? シオンは」
そう、ただの気まぐれである。
「無駄なことしてるの?」
「うん。 要は暇つぶしさ、確かにクリハバタイ商店から直接クレイドル寺院に行ったほうが早いけど、寺院まで続く道には面白いものは何もないし、見慣れた道だ。 早く帰って、家で家具が来るのを待つのも退屈でしょ? だったら、無駄なことだけどわざと遠回りをして、素晴らしい町をシオンと二人で歩くほうが楽しいって僕は思うんだけど、どうかな?」
そう散歩の口実をシオンに伝えると、シオンは一瞬口元を緩ませた後。
「そういう無駄ならだいさんせー!」
両手をバンザイして承諾してくれる。
「そうこなくっちゃ……何か美味しいものでも食べながらいこうか」
「わーい! やったー! 私ハッピーラビットのパイが食べたい! この時期はとっても脂が乗って美味しいんだよ! 私聞いたことがある!」
「へぇ……それじゃあ、先ず第一の寄り道はハッピーラビットのパイを売っているお店を探すこと」
「中央広場ならあるよーきっとー」
「それなら、クレイドル寺院へは中央広場を突っ切って中央街から向かおうか」
「あとあと、私魔道書屋さんに行きたーい!」
シオンは子どものようにはしゃぎながら、やりたいことを僕に訴えてくる、
その表情はとても幸せそうで、今までだってこうやってマイペースに生きてきただろうに、今日初めて人と触れ合ったかのような純真さで笑うのだ。
「さて、じゃあいきますか」
「れっつごー!」
こうして僕とシオンの、無駄な時間がスタートするのであった。
◇
王都・中央街
「おーいしー!」
ハッピーラビットのパイを頬張りながら、シオンは口から油をたらしながら軽く飛び跳ねる。
揺れていないのが少し名残惜しいが、それでも可愛らしいジャンプと子どものような仕草をする銀髪の美少女は道行く人の視線を集める。
サリアとはまた違った方向の美しさではあるが、シオンもサリアに負けず劣らず美人であり、僕は前回のサリアとのデートの時に感じた殺意の篭った視線をその背中に受ける。
しかし、サリアのときと違うことは。
「次は本屋だけど、呪われた本あるかなー?」
「ないことを僕は祈りたいんだけど」
残念であることがすぐにばれるため、視線がすぐにはずれ、比較的安全にシオンとのデートを楽しめるという点だ。
「なんでー? 呪いの本ってすごいい事書いてあるんだよ?」
「人を呪っておいて?」
人を傷つけてはいけませんと牧師が子どもを殴ってしかりつけたという笑い話を思い出す。
「違うよー、呪いの本っていうのは、誰にも読まれないためにかけるものなの! だからそこに書かれている物の多くは魔法の極意だったり、時にはえらーい人が書いたとっても徳のある言葉だったりするんだよ」
「魔法の極意は分かるけど、どうして徳のある言葉に呪いをかけるの?」
「それは、異端な神を信奉する人間のありがたいお言葉だからだよ」
「あぁなるほど……」
「今私達はみんな大神クレイドルを主神としているけど、昔は……特にロバート王がこの国を作る前なんかは神様なんていっぱいいたの。 そんな中、当然あっちこっちの神様の話が、他の部族に流れ込んじゃうってことは多々あったの。 中には宗教を利用して内乱を起こさせることがあったくらいだし、そんなこんなで、そういった宗教の流入を防ぐために、異端の宗教本に昔のクレイドル教会の人間は片っ端から呪いをかけていったって話を聞いたことあるよ。 すっごい昔の話だけどね」
「宗教戦争……今では信じられないね、確かに地方に行けば行くほど神様の数は増えてくけど、どんな神様を信じていてもきっとこの街の人は誰も気にしないよ。 冒険者くらいじゃない? クレイドル寺院にわざわざ行く人なんて」
「まぁ、一番強いはずのクレイドル教会の神父があれだからねー」
「ありがたみの欠片もないからね……」
「ねー。 平和な街の神様は弱いんだよ~」
現在この街の全員がクレイドル神を主神と認めてはいるが、敬虔な信徒の数は少ない。
聖地に巡礼に出かけるものもいなければ、神を信じないという発言を聞いて怒り出す人間もいないだろう。 むしろ今この街では、そういう人間のほうが大半を占めているのかもしれない。
僕たちは確かに奇跡という形で神様の恩恵に預かっているにも関わらず……だ。
死んだ人間をも生き返らせる神の力を目の当たりにしながらも、そんな力を与えてくれるクレイドル神を敬わないというのは今考えれば相当なことで、そして神を敬わないことで争いがなくなっているという現状はどこか人為的なものを感じてしまう。
神の力を有する彼らをああすることが、宗教対立の緩和に一役買っているのだとすると、あの神父のかつての横暴ぶりをロバート王が見過ごしていたのもうなずける。
クレイドル寺院の神父がああなのもこれもロバートの作戦のうちと考えるとなぜか妙に納得してしまうのは、かつての彼の英雄王という肩書きのせいなのか、事実に近い推測だからなのか……。
まぁ、考えても答えは出なさそうなので僕はいったん思考を止めた。
「あっそうだ! 宗教戦争で思い出したんだけど、中央広場ならここに行かなきゃ」
思考を宗教なんて小難しいものから、またもやシオンとのデートと言う浮ついたものにシフトチェンジをすると、ふと僕はこの王都中央街に存在する観光スポットのことを思い出して、近道をするため小さな通りに方向転換をする。
「え? 何々?」
急な方向転換にシオンは驚いたような声をだすも、その表情はどこか楽しそうだ。
「この街一番の観光スポットが近いから、少し寄り道していこう」
「そんなものあったっけ? まぁいいや、ウイル君についてくよー、お散歩お散歩~」
「今日は一段と楽しそうだねシオン」
「うん! デートなんて生まれて初めて! 私ずっと独りぼっちだったから」
かわいそう。
「確かにシオンはマイペースだけど、いいところなんて沢山あるのに……、ずっと一人だったの?」
「……」
一瞬、シオンは困ったような表情を浮かべって言葉をつぐむ。
「あ、ごめん……」
その表情は泣きそうでもあるし、とてもうれしそうでもある不思議な表情で、僕は反射的に謝る。
誰だって自分が独りぼっちだった時のことなんて聞かれたくないに決まっている……今のは本当にデリカシーのない質問だった。
「ううん、その、ちょっとびっくりしちゃったの」
「びっくり? なんで?」
「それは……ううん。 ウイル君って本当に優しくて素敵。 ずっと一緒に冒険していたくなっちゃう……もっと早く出会いたかったよー。 そうすれば私のボッチ記録もそんなに記録が伸びなくて済んだのに」
「あはは……じゃあ今度はその記録を塗り替えるくらい冒険をしないとね」
「うん!」
元気よく笑うシオン。
こんな太陽のような笑顔を見せる少女を見捨てるパーティーがいるなんて、よっぽど見る目がない人たちだったのだろう。
そんなことを考えながら今までこの街に住んでいながら一度も行くことのなかった最大の観光スポットへと、相変わらず楽しそうに飛んだり跳ねたりをしているシオンを連れて向かう。
そこにはいつでもほかの町から来た人々でごった返していると評判であり、用事がある場合は避けて通るが正しいのだが、今日のようなデートで行くならば最高の場所だ。




