53.冒険者の休日と迷宮の地図。
「さーて、早速私達の苦労の成果を見せてあげようじゃなーいの!」
ルーシーズゴーストとの戦いから一夜明け、僕達は当初の予定通り、午前中にクリハバタイ商店の前へとやってくる。
目的は当然、昨日完成させた地図をクリハバタイ商店に売り込むのと、壊れたミスリルの鎖帷子と白銀真珠の小手の修理をリリムさんにお願いするためだ。
メイズイーターとティズのたゆまぬ努力によって生まれた迷宮の完璧な地図。
まだ一階層のみであるが、それでも僕みたいな駆け出し冒険者からしてみればのどから手が出るほどほしい一品であろう。
ということで、今日は一日休みを取るということになったので、早速完成した地図を僕とティズはクリハバタイ商店に持ち込もうとしている最中である。
「ふっふーん♪ しかしここまで良いものが出来るなんて、流石はサリアね」
ティズは鼻歌を歌いながら丸められた羊皮紙にキスをして、ふよふよと蝶のように僕の周りをご機嫌に飛び回る。
それもそうだ、相棒を贔屓するわけではないが、当然完成度も高く、素人の僕が見ても売れる商品だということが分かるほどだからだ。
というのもこの地図作り、始めは僕が東側、ティズが西側を方眼紙で塗りつぶしただけの簡易な地図であったが、
測量術と装飾術を有するサリア監修の元行われたブラッシュアップにより、方眼紙は丈夫な羊皮紙に書き写され、罠の場所や隠し扉の場所にそれぞれ独自の印をつけることにより、誰が使用しても迷うことなく安全に迷宮を探索できるより実用的な一品が出来上がっていた。
これを酒が入った状態で一晩でやってのけたというからサリアのすさまじさを思い知らされる。
「あー楽しみねぇ、これで収入が安定するようになればいいんだけど」
「そうは言っても一階層の地図だから、安定した収入までは行かないんじゃないかな?」
「そーなのー? また祝勝会開けるのかとおもったのにー」
昨日遅れながらも行ったシオンの歓迎会がよっぽど楽しかったのか、シオンは期待するような眼で僕を見てくるが、とりあえずスルーしておく。
「マスターの言うとおり、一階層だけでは高収入は見込めないとは思いますが、下の階層に進めば進むほど需要も上がるし、高い値段を払ってでも購入していく冒険者は出てくるはず……未来のための今日は第一歩ですよ」
「そうね、焦ってもろくなことがないものね」
サリアの冷静な分析にティズも納得したのか、口元を依然緩ませながら大事に抱えた羊皮紙を鼻歌交じりにクリハバタイ商店まで運んでく。
「クリハバタイ商店なんて久しぶりー」
僕とティズだけで向かうつもりであったこの売込みであるが、サリアはクリハバタイ商店に用事があるといい、そしてシオンは一人ぼっちは寂しいという理由で、休みだというのに全員が全員そろってクリハバタイ商店へとお邪魔することになってしまった。
僕達のパーティーはとても仲が良い。
一緒に暮らしていて、休みの日まで全員でお出かけをする迷宮探索者などそうそういない。 もともとパーティーとはたまたまエンキドゥの酒場で居合わせるのみで、仕事が終われば他人へと戻ってしまうもの。
中には迷宮の報酬を巡って殺し合いや裏切りが発生するのは日常茶飯事だとかで、そういう点では僕達のパーティーは幸運に恵まれているとしか言いようがなく――そして何よりみんな美人だし――少し女性達の後ろを歩きながら、楽しそうな会話を聞いて微笑む。
「今日は確か家具が午後に届くんだったよねー……」
「そうね、アンタの呪いの本をしまう本棚がやっと出来上がるのよ……あんた変な呪い家に持ち込んでないでしょうね」
「大丈夫だよー、ちゃんとオリーブオイル飲ませてあげてるからー」
「本にオリーブオイル飲ませてどうするのよ」
「オリーブオイルには解呪の力があるといわれています……正確には神聖魔法で清めたクレンジングオイルと呼ばれるものですが……それに、油でふき取るように呪いは解くものなのですが……飲ませるとは斬新ですね」
「とりあえず何一つ呪いが解けていないことだけは分かったわ」
「大丈夫大丈夫―、みんな良い子だからー」
「今のところ家が呪われているという気配は感じませんが、それでも油断は禁物ですね。
死の宣告のように死ぬときになって初めて呪われていたと気付く呪いもありますから」
「う、なんかその話を聞いたら頭が痛くなってきたような気がするわ」
「それは二日酔いですね、ティズ……昨日も酷い酔い方でした」
「良く苦情が来なかったよねってレベルで騒いでたよねー」
「ふっふっふ、私だって反省と改善くらいはするのよ」
その事実に驚愕である。
「じゃーん!」
「それは?」
「カームの護符よ」
「カームの……いつの間に」
「この前ちょろっとね、これでもうティズさんなんて呼ばせないし、汚いハイエナに眼を付けられなくて済むわ」
「厄介ごとの六割はティズチンが原因だったからねえ」
「そうね、そして残り四割はアンタの魔法が原因よね」
「もちつもたれつ?」
「持ってないじゃないのさアンタの場合」
「持っているのは全てマスターかと」
『それは納得』
二人が同時にこちらを向いて、深々と頭を下げる、分かっているならもう少し自重してほしいと思う僕であったが、言っても無駄なので何も言うまい……みんなが幸せでいてくれるならそれでいい。
「やれやれ」
そんな談笑を楽しむこと数分後、僕達は目的地であったクリハバタイ商店へと到着する。
「じゃあ、早速いきましょう」
サリアはそう言うと、改めて地図の出来を確認するティズをよそに、クリハバタイ商店の門を開け中へと入る。
「あっ! ウイル君―! 久しぶり、会いたかったよ!」
早朝と夕方以降は混み合うが、このように中途半端な時間にはお客は少なく、立ち寄るお客さんも武器や防具ではなく魔法のアイテムや素材などを吟味しにやってくるものが殆どのため、武器や防具、素材の買い取り専用カウンターに座っているリリムさんは暇をしていることが多く、僕の姿を見ると耳をぴこんと立てて尻尾を振ってくれる。
かわいい。
「お久しぶりですリリムさん、最近見なかったんですけれども、何かあったんですか?」
「鍛冶師のお仕事が忙しくなったのと、西の人たちと交易のお話があってね~。 近々香辛料がこのお店でも取り扱えるようになるんだ~」
「香辛料ですって!? よくもまあそんな大層なもんが」
かつて鉄の時代にはあちらこちらに存在していたといわれる香辛料。
肉や魚の保存に長け、更にはその味すらも引き立てるといわれる西の国にのみ存在する幻の調味料であり、かつては香辛料一袋は金貨一袋と同じ値段で交換されていたとも言われている。
現在では交易街道 ヒザクリゲが整備されているため金貨の袋が銀貨の袋になったが、それでも高級品であることには変わりない。
「ここリルガルム王国の迷宮の素材はやっぱり他の国にはないものが多いみたいだからね~。 それらと交易という形で香辛料を取引できるようになったの。 本当に迷宮様様だね~」
メイズマスターの話を聞いているため、そのリリムさんの言葉に僕は複雑な心境だ。
「鍛冶師の仕事もって事は、順調みたいですね……」
「うん、すごい注文が殺到しちゃって」
「そんなに?」
「なんでも、伝説の騎士って人が、私の剣を使っているみたいな噂が流れ始めてね。 変な話だよね、私伝説の騎士なんかに剣を売った覚えないんだけど……まぁ、そのおかげで注文殺到。 ほら見て、あそこの棚にある剣、全部私が打った奴なんだよ? 伝説の騎士さんも、どこで私の剣なんて手に入れたんだろう」
すみませんそれ僕です。
と、心の中で僕は謝罪の言葉を漏らしつつも、リリムさんの夢に貢献出来たことが嬉しくて少し微笑んでしまう。
「少し見せてもらっても?」
「ふえ? えーと、サリアさん、だっけ? どうぞどうぞ、どんどん見てって」
トチノキ店長から話は聞いているのか、リリムさんはそう笑顔でサリアにいうと、サリアは一本一本興味深そうに手にとって見つめ始める。
どうやらサリアは今日クリハバタイ商店に新しい剣を購入しに来たらしい。
「今日は彼女の武器を見に来たの? ウイル君」
「いや、それもあるんですが、本題は別にありまして」
「なぁに?」
「これよこれ!」
そういうとティズは、机の上にばんと――妖精のため実際なった音はこつん程度だが――羊皮紙を広げる。
「ふえ? これは」
「迷宮の地図よ」
「迷宮の? そんなもの拾ったの?」
「違うよー、作ったんだよー」
「作った!?」
「そうよ、ウイルと私でこつこつ作り上げた迷宮の地図よ、まだ一階層だけだけど、これから二階三階とどんどん増やしていくつもり……地図なんて迷宮探索者からしてみれば喉から手が出るほどほしい一品だと思うし、売れると思ってあんたのところに売り込みに来たのよ!」
ティズは高らかにそう宣言し、この店にこれを置いてくれるように頼む。
「すごい……こんなこと細かく罠の場所まで……うーん、ちょっと待って、これは私一人の一存じゃ決められないから店長を呼んでくるね」
リリムさんはそういうと慌てて立ち上がり、小走りで店の中を走っていく。
とても驚いていた様子ではあったが、その表情は商人の顔をしていた。
「うまくいきそうだね」
リリムさんのあの表情は、決まっていい品物を見た時のものだ、まだトチノキさんがどういう反応をするかはわからないが、とりあえず門前払いはされないで済みそうだ。