プロローグ3.襲撃のダンデライオン一座
「ふっふふ、本当にお前さんらは不思議な奴らだ、一緒にいるだけで不思議な気分になる」
「まぁ、ここに珍しい石男がいますからね、そのせいでしょう」
「ストーンオーガは珍しくないよー、俺の村では―」
「そりゃストーンオーガの集落だからでしょう」
「……あっ、そっか」
「ストーンオーガといえば、オーガ種の中で最も穏やかな種族だな。 確か北の国の山の中に住んでいるとか?」
「そうそう、寒い日は体を丸めて石になるよ~」
「性格はいたって温厚というのはうそ偽りなしといったところか」
「その分少し間抜けだけどな」
「ひどいよフランク~」
「どうしてモックスは旅芸人に? ストーンオーガはあまり外界に出ない種族と聞いたが」
「僕たちの家系は冒険者の家系でね~、僕もはじめはフランクと一緒に冒険者やってたんだけど、僕たちこんなだから冒険者向いてなくて~」
「ストーンオーガは防御面に秀で、爪もいかなる名刀よりも鋭いと聞くが」
「いや、そういう問題じゃなくてな……俺たち、あんまり争い事好きじゃないんだよ」
「なに?」
「私たち三人は、フランクに誘われて冒険者となったのですが、目的というのもただ漠然と世界を冒険したいからというもので、憧れを抱いていたはいいものの、いざなってみるといつも死と隣り合わせ」
「おまけに冒険者同士はいつも互いを目の敵にして、争い事が絶えない絶えない。 喧嘩ならまだいいが、入り口付近で追いはぎ騒ぎなんてしょっちゅうあってさ……すぐにうんざりしたんだ」
そう、俺たちがやりたいことはこんな危険なことでもこんな互いを疑ったり争ったりするようなことじゃない。
そう思ったから気が付けば剣を捨て、ジャグリングをしていた。
「大道芸人になるなんてフランクが言ったときはどうしたのかと思ったけど~、みんなが喜んでくれるし世界中を旅することができる。 今はすっごい充実しているよ~」
そんな俺たちのくだらない誕生秘話に、アルフはあきれるかとも思ったが、真剣な面持ちで俺たちの話を聞いており。
「そんな生き方もあるのか」
なんて感心したような言葉を漏らす。
「いや、アルフ、別になにもすごいこともないし感心するようなこともないぞ? ただ単に冒険者に嫌気がさしたから逃げ出しただけで」
「だが、お前さんらは自分の欲ではなく、人を喜ばせることを選んだということなのだろう?」
「そんな大層なものじゃないです。 どうせ金を稼ぐなら、みんなを笑わせてお金をもらいたい……私たちはそう思っているだけです」
「その考えだけで尊いさ……いつか俺も暇になったら……あんたたちと一緒に世界を回るのも悪くはないかもなぁ……大道芸はできねえが、ボディーガードになってな」
「本当かアルフ! 約束だぞ!? いつでも席は開けておくからな?」
「おいおい、さっきであったばかりの人間に心を許しすぎだろう……はっはっは、まったくフランク、お前というやつは」
「ははは、それはアルフも同じだろ?」
「それもそうかな……さて、話がかなり脱線しちまったがほかに何か思い当たることはないか? ここにくる途中に合った些細なことでもいい」
「なんでもいいなら死霊騎士につながるかはわからないけど……大きな魔法陣があったな」
「魔法陣?」
「ああ、ヴェリウス高原の手前に大きな奴があってな、もう稼働はしてなかったみたいだけど、随分と古い魔法陣だったぜ?」
「私も見ました、あんなおっきな魔法陣で一体何するつもりだったんですかね?」
「巨人がドラゴンの卵で目玉焼きでも作ろうとしたんじゃねーの?」
「いやー、きっとヴェリウスの炎の仕業だよぉ、あれできっと炎魔法の実験でもしてたんだよ~」
「なんだ? そのヴェリウスの炎って」
「魔界から来た魔法使いで、不思議なテンションと無詠唱の火炎魔法を操る魔法使いのことさ。百年前くらいにヴェリウス高原で村のボディーガードをしていた魔法使いだっておばあちゃんから聞いたよー、ウオーターリッカーに襲われている所を助けてもらったんだってー」
「おいおい、ウオーターリッカーは炎耐性を持ってるし、この沼地にごまんといるバーンスネイルも何もかもが炎に対して耐性を持っている奴らばっかりなのに、なんで炎の魔法で攻撃してるんだよその魔法使いは」
「炎魔法を愛してやまないスペシャリストって自分では言ってたみたいだよー? それでやることも派手で、いっつもあっちこっちの沼地で火柱あげてたんだって~」
「もはやおとぎ話や伝説を通り越して笑い話だな」
「まぁ、その沼地の魔女は死霊騎士とは関係なさそうだな……ヴェリウス高原で火柱を上げる魔女なんて話は……ん? どこかで聞いたことがあるな」
「あるのか」
アルフはそう頭をかくと、しかめっ面をして考え始める。
「まぁ今は関係ない話だ……その話を聞いたのもおそらくかなり昔だろうし……とりあえずはリルガルムに戻って、その旅芸人ってやつらに話を聞かなきゃぁな……名前も顔もなんもわからんが」
「面目ない……」
しゅんとする三人。
「まぁしかしお前たちのおかげで一歩前進だ、ありがとうな……やはりお前さんらの言う通り、少しの冒険は偉大な一歩を手に入れるらしい」
「えへへ」
「ねぇアルフさん、どこまで一緒にいられるんですか」
人見知りのココアもすっかりアルフに心を許しているらしく、隣に座ってそんなことを聞いている。
「ヴェリウス高原を抜けて少し行くと、振り返りの分かれ道という場所がある。そこでお別れだ」
「そんなぁ、一緒にアリシアの町までいこうよ~。 僕たちの公演を見て行ってよ~」
「モックス、気持ちはわかるが俺とて仕事があるんだ。 空振り三振スリーアウトでしたって依頼主に報告をしなきゃならん」
「あまりアルフを困らせちゃだめですよモックス」
「うううぅ」
モックスはすっかりとなついてしまったのか、まだ道は長いというのに目に涙を浮かべてアルフとの別れを惜しんでいる。
つい先ほどあったばかりだというのに、このドワーフは俺たちの中でかけがえのない友となっている。
これはアルフの人柄ゆえなのか、それとも何かの導きなのか、俺はそんなことを思いながらアルフのグラスに蒸留酒を注ぎ、何度目になるかもわからない乾杯をした後に、俺は外に広がる沼地を見やる。
あちこちに上がるバーンスネイルによる炎に、遠目に俺たちを見るウオーターリッカー。
そういえば、このヴェリウス高原に入ったところで俺たちはウオーターリッカーに襲われたが、アルフが全員を蹴散らしてからウオーターリッカーどころかバーンスネイルさえもこの馬車を避けているように感じる。
たぶん面倒見のよいアルフのことだ、何かこっそり魔物除けの魔法でもかけてくれているのだろう。
本当に頭が下がる。
「このままだと、夜までには沼を抜けそうだな」
道はぬかるみ天候は曇天。 燃えるナメクジ、人食い人種。
今思い返せばこの高原は危険の感謝祭が行われているような場所だ。
そもそも、こんな沼地が高原と呼ばれているのは、過去高原だった場所がなぞの天変地異によりすべてが腐り落ち泥に沈んでしまったからだ。
本来ならばヴェリウス沼地と呼ぶのが正しいのだろうが、あまりに突然のことで
地名の変更をするタイミングを逸し、結果として今でもヴェリウス高原と呼ばれていると、リルガルム冒険マップには記されていた。
まぁ、何が言いたいかというと、よくもまあ昨日の俺はそんな危なっかしくも殺風景な場所を無理矢理横断しようとしたなということで、自らの判断の愚かさを、遠目からこちらをみているウオーターリッカーを見ながら反省をする。
人を拒絶し、すべてが腐り落ちる危険地帯。
されど現在馬車は足も車輪も取られることなく、順調にヴェリウス高原を横断する。
後ろの団員たちの様子を見ても何もトラブルが起きている様子はなく、俺は自らの幸運を神に感謝する。
「……しかし火柱なんて上がらないじゃないか、モックス」
「ヴェリウスの魔女の話が合ったのは100年も前の話だよ! その魔女が生きているって可能性は低いし! そもそもそんなのがまだこの沼地にいたら、今頃こっからでもわかるくらいの火柱が…・・・」
瞬間、馬車の窓がオレンジ色一色に染まる。
だれだオレンジジュースを俺たちの馬車にぶっかけた不届き物は……。
そんな感想を述べていると。
「火柱ですね」
冷静にココアはそう分析をする。
なるほど、随分と外が明るくなったなぁと思ったら炎だからか……。
何もかもがいきなりの出来事すぎて頭の処理が追い付かず、あほみたいな感想しか浮かんでこない。
「火柱? これが? となると、本当にヴェリウスのま……」
【ぐらがあぎゃああああああああああああああああああ!】
だがしかし、その恐ろしいほどの嘶きによって、俺はとりあえず魔女よりももっとすごいものが現れたということだけは理解した。




