2.クリハバタイ商店
「随分と大荷物になったね、ティズ」
「しょうがないわよ、23匹分のコボルトの毛皮と爪と牙なんだから。爪ぐらいなら持つわよウイル」
「いいや、ティズに持たせて落とされても困るから僕が持っていくよ」
「何よそれー!」
軽口を叩きあいながら、僕達は夕暮れの赤のレンガ通りを歩く。
迷宮付近の荒廃した土地ではなく、レンガが敷き詰められた城下町は、迷宮入り口から歩いて5分程度だとは到底思えないほど栄えている。
王城から迷宮を一本の線で繋いだこの大通りは、通称冒険者の道と呼ばれ、昼間は目的地のクリハバタイ商店をはじめとし、鍛冶屋、宝石商、魔法店など冒険者に必要なものを取り扱う専門店が全国各地からやって来ては果てのない商戦を繰り広げている。
そして夜は、エルキドゥの酒場を中心に疲労した冒険者を癒すために、風俗や賭博といった娯楽施設が輝きだす……二つの顔を持った道であり、冒険者達は昼も夜もこの一本の通りと迷宮だけで全て事足りてしまうため、迷宮にもぐり続けたベテランが、城下町で迷子になるということもざらにあるほどだ。
日が落ち始め、ちらほらと魔鉱石を埋め込まれた街灯に光がともり、商店の看板が下ろされ、きわどい服を着たエルフや人間のお姉さんが客引きを始めだす頃合だ。
そんな中を、僕とティズはバッグがパンパンになるまで詰め込まれた毛皮を背負いながら、クリハバタイ商店へと向かう。
最も早く店を開け、最も遅く店を閉めるこの商店は、武器の売り買い、魔法薬やのろわれた装備の浄化まで何でも請け負ってくれる便利な道具屋だ。冒険者はまずここで必要な装備を整え、迷宮で手に入れたアイテムや素材をここに売却することで生計を立てている。
一見冒険者のための商店にも見えなくないが、その実世界中からお客さんがやってくる。
というのも、迷宮には地上では採れない貴重な鉱石や、地上には存在しない生物の毛皮などが手に入るからだ。
冒険者がこの店に売る素材を求めて世界各国から商人が訪れるほどで、この国の王ロバートもちゃっかり国を挙げて利益確保に乗り出している。そんでもってこのクリハバタイ商店はその政策の先駆者的存在であり、迷宮と地上を繋げる交易拠点の第一人者ともいえる。
「いらっしゃいませー、てあら? ウイルくん!」
店の中に入ると、受付嬢のリリムさんがたれた耳をぴこんと上げて出迎えてくれる。
人狼族のリリムさんは、たった犬耳とふわふわした尻尾がトレードマークのクリハバタイ商店の看板娘である。
黒と白を基調としたフリルをこれ見よがしにふんだんに盛り付けたメイド服は、当然このクリハバタイ商店の店主の趣味満載の作品―店主の手作りであることは言うまでもない―であり、冒険者達の中にはリリムさんに求婚をするものが後を絶たないが、当然のように全員が玉砕している。
ちなみにその割合はリリムさん本人からが3であり残り7が店主による物理的玉砕である。
「買取をお願いします」
「うんうんいいよいいよ! ウイル君の持ってきたものなら何でも買っちゃう!」
ふりふりと尻尾を振りながら、リリムさんはカウンターから身を乗り出してくる。
いつものことだがこういう人懐っこい所が求婚が絶えない理由なんだろうな、当然のことだがリリムさんは絶世の美女であり、迫られるたびに僕の心臓は早鐘を打つ。
今はもう慣れてしまったからそれくらいで済んでいるが、始めのころは緊張のあまり直立したまま倒れてしまったほどだ。
あぁ、思い出すんじゃなかった恥ずかしい。
まぁ、しかしそれもしょうがないじゃないか。 その、ええとあれだ。
リリムさんが身を乗り出すたびに、その豊満な二つの果実がカウンターの上に乗っかって……。
「どこ見てるのかしらエロウイル」
ティズは全てを知っていた。
「はうお!? 見てない!! 何も見てないよ僕は! それよりも今日は結構多いんですけど大丈夫かな?」
バックを開き、僕は買い取りようのカウンターの上に毛皮を広げておき、その後に袋詰めにした爪と牙を置く。
「んー? くんくん。 これはコボルトの毛皮だね、随分と量があるけど、迷宮の中で武者修行でもしてたの?」
「いや、それがモンスターハウスのトラップに引っかかっちゃって」
「えー!? ダメだよーウイル君、盗賊の職業を持ってないのに宝箱なんて開けちゃぁ!?」
驚いたようにリリムさんは目を丸くして、その後僕を叱ってくれる。
「ごめんなさい。 まぁでもそのおかげで、今回は大量に毛皮を手に入れられました」
「そうだね。 うん、がんばったのは認めるよ。 でも、もう無理はしないでね?」
「は、はい! 心配してくれてありがとうございますリリムさん!」
「死んだら常連が一人減るものね」
「ティズ!」
「相変わらず仲が良いね二人は。 じゃあちょっと待ってて、鑑定するから」
ティズの皮肉もまったく気にしない様子でそういうと、リリムさんは素材を手に取り匂いをかぎ始める。
リリムさんの職業は司祭である。司祭にはアイテムを鑑定する能力が存在し、そのアイテム素材の価値や用途を的中させる。
それだけでも十分鑑定としては優秀なのだが、リリムさんは人狼族の人間のため、その類まれなる嗅覚を使用して鑑定の成功確率を飛躍的に高めている。
その正解確率は90パーセントを超えており、その為鑑定のスキルを持った人間がリリムさんに鑑定をしてもらうことを目的に来店するというケースは非常に多い。
「こうやってコボルトの毛皮とか見てると、初めてウイル君がこの店に来たときのことを思い出しちゃうなぁ」
「初めて?」
「うん、どこからどうみても初めて来ましたーって表情で、お隣のティズさんに怒られながら防具を見てたっけ……」
「仕方ないじゃないですか! 田舎のきこりだったんですよ僕!」
「今も職業はきこりだけどねぇ」
「ティズ! そうなんだけどそれは言わないで!」
「ふふ、そんな君が今やコボルトくらいなら簡単に蹴散らせるようになってると思うと、なんだか感慨深くて」
すみません蹴散らせてないんです。 半べそかきながら逃げ回ってたんです。
「当然じゃない、だって私のウイルなんだから!」
ティズものっかって大法螺吹かないの。
「そんなことよりも、鑑定結果は良さそう? 悪そう? この結果によって私達の夕食につく飲み物が水になるか蜂蜜酒になるかが決まって、ついでに言うと鑑定の時間によってエルキドゥの酒場の特等席を取れるか、長い行列を並ぶかも分かれるのよ」
「あららら、それは大変。 でも安心して、行列は並ばなくても済むよ」
「いくらになりました? やっぱりいつものレートで考えて銀貨2枚?」
「随分と良質の毛皮が一つあったからねぇ、ちょちょいと色を足して……でました!
合計は……」
◇