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プロローグ.ダンデライオン一座とドワーフのアルフ

「にっげろーー!」


怒声と共に、俺達は走りにくい湿原を全力疾走で逃走する。

ぬかるんだ道に足をとられるさまはまるで酒に酔ったオークであり、顔面はそれよりも酷い有様になっていることだろう。

 

「きしゃあーー!」


 背後にいるのはウオーターリッカー、その鋭い爪とぬるぬるした粘液、何よりも何に必要なのかまったく理解も意味も不明な長い舌を揺らしながら、湿原を跳ねる様に追いかけてくる。


 もう何度も振り返ってみてみるが、見るたびに吐き気を催してしまう。

 せめてドワーフみたいに毛むくじゃらだったらまだ愛嬌もあるんだろうが、サルの皮膚を全部引き剥がしたみたいな肉々しいピンク色が不快感を一割り増しさせている。

 

 あぁ、見るんじゃなかった……なんて感想を抱くのは追いかけられ始めてからもう4度目だ……。


 畜生誰だ、近道だからってこんなくそったれた湿原を通り抜けようだなんて提案した奴は……くそ、俺だった!


「フランク! 戦っちゃおうよ! たかだかウオーターリッカー23匹だって! なんてことないよぉ!」


「だったら今先頭で走ってるのを振り返って、そのでかい太鼓でも使って戦ってくれモックス! 俺の武器はこのマラカスみたいなぼうっきれだけだ! 投げて観客を沸かせることは出来ても化け物退治は出来ねえんだよ!」


「団長……ウオーターリッカーが接近中です……その、申し訳ないのですが我々の逃走速度が遅すぎて、もはや逃走にすらなっていないかと……追われ始めてから、五十メートルも逃げてません」


「うるせー分かってるよ!? 冷静に分析ありがとうよココア!」


「やっぱり、戦うしかないよぉ」


ココアとモックス、それと他の団員を合わせて13名……あぁと、一人2体ずつ倒せばいいのか……あぁくそ、なんか知らないけど逃げるより現実的に感じるようになってきた。

 

武器は……本当にジャグリング用のぼうっきれしかないけど……やるしかねえ!


「あーくそ! しょうがねえなモックス、今日のところはその口車に乗ってやるよ! そんかわり先陣切れよ! ココアは武器持ってるか?」


「武器は持っていませんが、惚れ薬なら少々」


「むしろ何でそんなもの持ってんだお前は!」


「冗談です」


「よくこの状況で冗談が言えるな!」


「曲芸用のサーベル二本と、投げナイフなら大袋の中に」


「どっちでも良いから寄越せ!」


「はい」


「よし……ヤロウ共! 逃げてばっかりじゃやられちまう! 反撃しろ!

ノルマは一人2体! 曲芸師の底力見せ付けてやれ!!」


『お・・・・・・おおおおぉお』


覇気も士気も最悪な声が背後の団員達から響き渡り、俺は心の中で一番近くのクレイドル寺院の場所を思い出しながらココアから剣を受け取る。


「行くぞお前ら! ダンデライオン一座! 化け物どもに眼にものみせてやれえええ!」


「いくぞーーー!」


『おおおおおおおおおおお!』


「あっ団長! そういえばですねその剣……」


ココアから、曲芸用のサーベルを受け取り、相変わらずのよたよた走りでウオーターリッカーへと全軍突撃を開始する。


なんかココアの声が聞こえた気がするがまあいい……モックスの体当たりで敵の動きを乱した所に全員で先制攻撃を仕掛ければ……。 2パーセントの確率くらいで敵が逃走してくれるかもしれない。


「いけ、モックス!」


「どいさ!」


モックスはストーンオーガと呼ばれる種族であり、腕力と体格だけならばウオーターリッカーをはるかに上回る。


硬質な皮膚は恐らく数度であればウオーターリッカーの爪も防ぐことが出来るはずだ。


「たいあたりー!」


なんのひねりもない不恰好な体当たりだが、岩のような皮膚でリッカーの2倍はあるほどの存在の体当たりだ、ウオーターリッカーはその一撃を受けて隊列を乱す。


「いまだアアアア!」


俺はそれを好機と仲間達に合図を送る、モックスの働きを見て兵士達も勝利のイメージをつかんだのか、士気も上がった状態で敵へと襲い掛かる。


団員達の手に持っているものが、箒やモップ、鞭やフラフープというのが少しばかり心もとないが……まぁ大丈夫だろう。


少なくとも俺には剣があるのだから。


「っはああああああああ!」


『うおおおおおおお!』


モックスの体当たりによって倒れたウオーターリッカーに向かい、俺はサーベルを引き抜いて剣を振り下ろす。


 元戦士LV5の俺の感覚はやはり鈍ってはおらず、乱れのない刃がウオーターリッカーに走るが。


……かいん。


ウオーターリッカーの頭に剣がぶつかり、軽い音がして剣が折れる。


「へ?」


いかに安物とはいえ、甲殻も鎧も何もないウオーターリッカーを切りつけて剣が折れるわけがない……というかウオーターリッカーにダメージも切り傷も付いていない……。

痛そうにはしているけど。


「んー?」


ちらりと折れた刀身を見てみると、折れた部分の銀メッキが剥がれ落ちており、それが木製であったことを教えてくれる。


薄っぺらい木の剣を思いっきり振って叩きつけたのだ、それは折れる。


「へー……装飾の奴ら……頑張ったんだな……くそやろう」


 小道具担当への仕事に俺は一言のろいの言葉を残し、周りを見てみる。


 そりゃまぁ、箒やフラフープで魔物に勝てるわけもなく、皆が皆絶体絶命のピンチに陥っている。


 モックスも、転んだ拍子に足でもくじいたのか、うずくまったまま動かない。


 おいココア、お前随分と遠くまで逃げたな……。


「あ、つんだ」


 絶体絶命に陥ったときに出る言葉なんて意外とこんなもんだ。

 もう少しかっこいい台詞を残したかったんだが、切りつけられて怒り心頭のウオーターリッカーに組み伏せられてしまい、それはかなわない。


 曲芸集団ダンデライオン一座は、こんなアホみたいな最後を迎え、湿原に消えていく。

 

 薄れ行く意識の中で、俺は最後に神様にお祈りでもしてみようかと考えると。


 「どぅううううらあああああああああああ!」


 怒声と共に上に乗っかっていたものが吹き飛ばされる感覚を覚える。


「へ?」


顔面を泥まみれにしながら、そんな奇跡という奴を拝むために顔を上げると、そこには一頭の斧を持った熊がいた。


「お前さんら、無事か?」


いや、違った、熊の皮の防具を着ているから熊に見えたが、目の前にいたのは一人の大斧を持ったドワーフの冒険者だ。


「あ、ありがとう……アンタは」


「話は後だ、今はお前さんの仲間たちを助けてやらな」


そういうと、ドワーフの戦士は斧を担ぎ、情けなくフラフープやモップでウオーターリッカーの爪を必死になって防いでいる我が団員達の下へ、ぬかるみに足をとられることなく歩いていき。


「動くなよお前さんら!」


そう仲間達に忠告をし、 大斧を横一文字に振るう。

 たったそれだけ……たったそれだけだったはずだというのに、目前のウオーターリッカーは一匹残らず吹きとばされる。


「なっ!」

「はぁ?!」


スキルでも何でもなく、ただ彼の怪力により生み出された風圧が、ウオーターリッカーを吹き飛ばしたと気付くのには少々時間がかかり、団員達が何が起こったかを理解する頃には、吹き飛ばされたウオーターリッカーは既にこちらに向かって再度進軍を始めていた。


「やれやれ、知性がない奴らはこれだから……」


しかし、それでもドワーフの男は哀れむような言葉を漏らしながら大斧を担いでウオーターリッカーへと歩いていき。


俺達全員に背を向けた状態で、


その大斧を手放す。


瞬間。


「ぎいい!? ぎいいいいいいいいい!」


空気が凍る。 


圧倒的な力の塊が、その殺気をウオーターリッカーに向けている。

剣を向けられる恐怖や、拷問や尋問による恐怖とは違う……更に原初、更に根源に近い恐怖。


災害や、自然の摂理に直面したような到底抗うことなど出来ない、膨大かつ威厳あるその力の塊による、明確な殺意。


それを目前のドワーフは、ウオーターリッカーにぶつけ、それを受けたウオーターリッカーは、奇声を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ帰る。


知能も無く、たとえドラゴンであっても喰らい付くほど獰猛なウオーターリッカーが、目前の戦士に恐怖を覚えて逃げ出すなんて、聞いたことが無い。


「ふぅ、やれやれ。 とりあえずは一件落着ってこったな」


大斧を持ち、振り返った男は先ほどまでの殺気はどこかに消えうせており、素敵な笑顔をこちらに振りまきながら髭を自慢げにさする。


「あぁ……もうだめかと思ったよ、本当に……」


安堵に下がぬかるみだということも忘れ、俺はその場にへたり込む。


組み伏せられたというのに怪我一つ無いのは幸運であり、団員達の様子を見てみても、備品はぶっ壊れてしまったが、死人も重傷者もいなさそうで、不幸中の幸いに俺は安堵のため息を漏らす。


「まさかフラフープでウオーターリッカーに挑む奴がいるとは……若いのも良いが大概にしねぇといつかおっちぬぞ?」


「あぁ、本当にその点は今現在噛み締めているところだよ……もう二度となんの装備も無しにこのヴェリウス高原には近づかない」


「それが賢明だな……見た感じ大道芸人みたいだが」


「その通りさ、俺達はこの国を回る旅芸人、泣く子も踊るダンデライオン一座だ」

「ほぉ、かの有名なダンデライオン一座か……噂は聞いていたが……いやはや、というとお前さんが」


「あぁ、団長兼道化師のフランクだ」

「おぉ! まさかそんな有名人を助けることになるなんてなぁ! おっと、そっちも名乗ったんだからこっちも名乗らなきゃあな。 俺はアルフ、王都リルガルムからはるばる仕事でやってきた、しがないレベル5冒険者だ」


「レベル5って、団長と同じですね」


アルフの挨拶に、ココアが隣から口を挟んでくる……。


「いつの間に帰ってきたココア」


「今しがたです。 ご無事でなにより」


「何がなによりだ、一人で一目散に逃走はかったくせに」


「逃げてないです」


「じゃあさっきの綺麗なフォームの逃走は俺の見間違いか?」


「定規を忘れたんで取りに向かっていたんです。 逃走では有りません」


「何で、そしてどこに定規を取りに行くつもりだったんだ阿呆! 吐くならもっとましな嘘付け!?」


「あうっ!」


とりあえず軽い拳骨一発をお見舞いする。


「あっはっは、お前さんらも、どっかの誰かに似て仲が良いなぁ」


そんなコントのようなやり取りを気に入ってくれたのか、アルフは愉快そうにドワーフ特有の豪快な大声で笑う。


「まぁな、こいつらとは冒険者時代からの仲だ。 なんども切ろうと思ったが、何しても付いてくるんだよ……特にココアがな」


「違います、団長が私についてくるんです」


「はぁ……やれやれ」


「団長! とりあえずけが人の手当ては終了しました!」


そんなココアとアルフとやり取りをしていると、団員の一人がそう報告をしてくる。


けが人の手当てが終わったということは、すぐにでも一座の馬車を動かせるということである。


「じゃ、お前さんらももう心配ないみたいだからな、俺もここいらでお別れといったところかな?」


「もう行ってしまうのですか?」


「アルフ、先を急ぐようでも有るのか?」


「急ぎはしない……用事がぜーんぶ空振りだったからこのままリルガルムまで帰るところだ」


俺の声にアルフは考えるような素振りを見せた後、そう呟くように言う。


「なら途中まで同じ方向だ……助けてもらったお礼もしたい、いい酒も有るし、一緒に行かないか?」


ついでにこのヴェリウス高原を抜けるまでの護衛も頼みたいという下心丸見えな提案であったが。


「はっはっは、そういうことなら旅は道連れ。 ご一緒させてもらおうかね……だが、俺は酒にはうるせーぞ?」


「この国の名酒が馬車の中にずらりだ……ドワーフも絶対酔わせて見せる」


「はっはっは、いうねぇフランク」


アルフは嫌な顔一つせず快諾をしてくれ、こんなことから短い期間だが、俺たちダンデライオン一座と戦士アルフとの奇妙なたびが始まったのだった。


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